花畑の夢②
案内されるがままに丘の途中にある木と石とを組み合わせて作られた家にたどり着いた。ここがサリエスちゃんと女性の家のようだ。
二人暮らしなんだろうか、扉を開いてすぐに完結している室内。手前には台所と、靴箱と部屋の真ん中に食卓と椅子。そして奥は仕切りがしてあるようだが恐らく寝室だろう。
入って早々、まずサリエスちゃんの脚の治療が始まった。
ただ不思議なことに、女性はカーテンを全て閉めて外から光が室内に入らないようにした。
一応俺とユーテルで応急処置的なこともしておいたし、そこまで深い傷ではないので大事はないはずだ。
真っ暗な室内で女性は何やら呟き始める。すると急にサリエスちゃんの脚の傷がついたところに緑色の光が発光して、じんわりと傷が塞がっていくように見える。
「これは、治療のマホウってやつか?」
「そうだけど、厳密には違うと思うね。魔法は一人一つしか使えないんだ。彼女は夢を見せる魔法だから、たぶんそれを応用した何か、なんだろうね」
ユーテルの答えはなんだかわかるようなわからないような説明だが、今はふーんとしか言えない。きっと凄いものなんだろう。
治療が終わると再びカーテンを開けて部屋は明るくなる。
食卓の椅子に座るように案内され、サリエスちゃんは元気になって部屋の中で走り回っている。急に賑やかだ。
しかし机を挟んで向かいの椅子に腰を下ろすのは未だ俺たちに警戒の視線を解いていない女性だ。正直なところこの人に対しては恐怖がどうしても勝ってしまっていて真っすぐ目を見て話せる自信がない。
「名乗ってなかったわね。この子の母親のソニオよ。話も聞かずに空に飛ばしちゃって悪かったわね、テンペスト君」
少しの沈黙の後、女性は、ソニオさんは気怠そうに口を開く。鋭い目つきに変わりはないが、ソニオさんの声色はさっきと比べると柔らかな印象が少しある。さすがにちょっとは許してくれているのだろうか。
「全くだよ! 彼がどんなに怖かったか――」
「あなたは別よ、ユーテルさん。娘からも一通り話は聞いたけれども、花畑を吹き飛ばした理由をまだあなたの口から聞いていないわ」
ソニオさんは明確にユーテルに対して怒りを含めた口調だ。
「内容次第ではユーテルさんにも……。そうね、どんな旅がしたい?」
「ヒッ!」
ソニオさんは不気味な笑顔を浮かべて、ユーテルからは聞いたこともないような怯え切った掠れた声が出ている。正直俺もユーテルと同じ気分だ。夢を見せてくるってことは実質こちらからの回避は不可能なんじゃないのか…?
「そんな冗談は置いておいて。森で何かに襲われたそうね。なんだったの?」
「……ボクもここらへんで見るのは初めての大きな熊みたいな奴だったね。背丈が5メートルくらいはあったかな」
森の中でサリエスちゃんを追いかけていた巨大な獣、俺は森の外にいたからその姿をはっきりと見ていないが、森の中の樹木と同じくらい大きい黒い影はこの目にもはっきり見えていた。
ちなみに俺の故郷にも山間部には白い毛むくじゃらの大男が住んでるという噂があった。
「ふ~ん……それで、あなたその熊を追い払うために力を使ったのよね」
「そうだよ、思いっきり遠くに飛ばしてやったとも!!」
「花も一緒にね」
えっへんと自身気に話していたユーテルを窘めるかのようにソニオさんは細目で言葉を添える。
「いい加減しつこいなキミ! それくらいでやらなかったらボクが食べられちゃうところだったんだぞ!!」
「ええ、娘を守ってくれたことは理解したわ。勿論感謝もしています。でもね、あの花畑はこの町にとっても、サリエスにとっても特別なものなのよ」
確かにあの花畑はこの町の名所という位置にあるのだろうし、この町の人達も一生懸命に育てていたのだろう。怒りの原因はわかる。でも既に散ってしまった花畑をすぐに戻せ、という要求なら俺にもユーテルにもどうにもできそうにないが……。
「悪かった、と謝っても一向に許してくれそうにないじゃないか! どうしたら許してくれるのかな!」
さすがのユーテルからもだんだん苛々が募ってきているのがわかる。
もしかしたらこのソニオさん、とんでもない要求までしてくるんじゃなかろうか……。
「その獣、ちゃんと斃してきてちょうだい」
「へ?」
「その獣を遠くに飛ばした、って言ったわね。じゃあまだ森の中にいるかもしれない。この子や町の子どもたちはよく森に遊びにいくのよ。放っては置けないわ」
考えていたこととは反対に、ソニオさんの要求は至極真っ当ともいえるものだ。
まともな提案に驚きもあったが安堵もした。
「まあ確かに、人里から近いところにあんな大きな熊がいるのは看過できないね。森でばったり出くわしたら、普通の人ならまず食べられちゃうし」
「そういう事よ。じゃあ今すぐ行ってらっしゃい」
「今すぐ!?」
無茶振り、というわけでもないがソニオさんからの辛辣な対応は如何ともし難いものがある。
ユーテルは相変わらずぷんぷんと怒りながら家を出ていき、俺もとりあえずついていくことにする。
というわけで俺とユーテルは早速森へ向かうことになった。
ソニオさんから早く家から出て行ってくれというような圧を感じたからでもあるが……。
扉を開けた際、サリエスちゃんが手を振ってくれていたので笑顔でそれに応えて家を出た。
「あ~、なんなのかなあの人! ずっと上から目線だしいい加減こっちも苛々して仕方ないよ! テンペスト君もそうでしょ!」
ここまで来た道をそっくりそのまま引き返し、花の町の出入り口へ向かって歩くこと早数分。いまだにユーテルは怒りがなかなか収まっていないようで、俺に同情を求めてくる。
「まあわからなくもないけどソニオさんの言ってることもその通りだと思うぞ」
「全く、目の前であのでっかい熊を見てないからそういうこと言えるんだよ! ボクも余裕ぶっていたからキミも大したことないと思っていたかもしれないけど、ホントにあの熊を撃退するにはあれくらいの力が必要なくらいやばい奴だったんだよ」
森の中で鬱蒼と茂る木々と背丈が変わらないくらいの巨大な獣……の黒い影しか俺は見ていない。それを目の前にして対峙して、結果無事に町を守ったのはこのユーテルだ。
「それに単純に飛ばしただけだから、絶対あれくらいじゃ死んでない。あの人、アレを討伐して来いって言ったでしょ。正直なところボクにも自信ないんだよね……」
危機感を煽るようなセリフとユーテルの自身のなさそうな表情に驚く。
ユーテルの事だから、あれくらい余裕さ、みたいなことを言って森へダッシュするものかと思っていた。
「でも遠くに飛ばしたんだよな? もう近くにはいないんじゃないか」
「それはないよ」
「即答だな。なんでだ?」
表情が硬いままのユーべルは先ほどの怒りを喚き散らしていた雰囲気はどこへやら、急にさも深刻だといわんばかりに言葉を続ける。
「目前にしていた自分の獲物を横取りされたようなもんなんだよ、絶対取り戻しに来る」
いつもお喋りなユーテルはそこからどうしたのか、森の入り口にたどり着くまで無言だった。
さすがにここまで話さないとこちらもだんだんと怖くなってくる。
時間が経過したからだろう、既に陽は下り始め森の中は暗く見通しも悪い。この時間帯から森の中に入ってさっきの熊を探すつもりなんだろうか。
「もう暗くなるしこれから森に入るのは危険なんじゃないか……」
「うん、さすがに夜のうちは活動しないと思うから、とりあえずここで野宿といこう」
「すぐ先に町があるのにわざわざここで野宿するのか?」
「もしかしたらの保険だよ。もしもあんなでっかくてすばしっこい化け物が夜も動けるんだとしたら……ってことさ。キミは休んでていいよ」
そういってユーテルは風を操って落ちている枝を集め始めた。
よくよく見渡してみれば、あちこちに枝や花弁や葉っぱなどが散乱している。たぶん、昼間ユーテルが獣を吹き飛ばしたときの風のせいだろう。
そう思って暗い地面に目を落としてふと、地面に違和感を覚える。
「……んん?」
目を凝らして地面に顔を近づける。
「小石が揺れてる…」
地面に広がる土や砂、小石が小さく振動しているのだ。
顔がもう地面にくっついてしまいそうなくらいに近付いて初めて気付いたのは、もう周囲が暗くなってしまっているからというのもある。
風はいつも通り。ユーテルが力を使っている様子はなく、何事もなく枝集めを続けてくれている。
「ユーテル、なんか地面が――」
そう声をかけた瞬間だった。
ドン、と地面が揺れた。
一度だけではない。何度も何度も重なる地鳴りは周囲の雰囲気を一変させる。
激しく揺れる木々、森から逃げるように飛び立つ鳥たち。あまりの衝撃にまともに立つこともままならない。
「まずい!!」
ユーテルが集めていた枝を地面に捨て置き、森の中へ走り出す。
「ユーテル、これは!?」
起きていることを何一つ理解できずにユーテルに尋ねる。
「急いでソニアさんを連れてきて! キミは絶対に森に入っちゃダメだからね!!」
ユーテルはそう言って一人、暗い森の中に駆けていってしまった。
そうは言われたものの、この地鳴りが治まる気配はなく、自分自身も情けないことに腰が抜けてしまってるようで全然立ち上がれない、
「ははっ……情けないな俺……」
思わず乾いた笑みが零れる。
力の入らない下半身を思い切り叩きつける。
事態は明らかに異常。この地鳴りはきっと、あの獣の足音なんだろう。
森の中は暗くその様子を伺うことは全くできないが、詰まることろかなり近くまで来ていたということだ。だからユーテルは急いで飛び出していった。
だったら!
俺もちゃんとやるべきことをやらないと!
でもなんだろうこれ、なんか面白いくらいに両脚に力が入らなくて全く立ち上がれないんだけど。
どんだけ力を込めても両脚はうんともすんともいわない。
これ、腰が抜けてるとかの話じゃない。地鳴りがひどいとはいえ立ち上がれないほどのものではない。だってユーテルが走っていけてるし。
そんなこんなでいう事の利かない足腰と悪戦苦闘していると愉快な笑い声が耳に入り、顔を上げる。
「勇気があるね君は。でも、今立ち上がるのはお勧めしないよ」
悪ふざけした子供を窘めるような声色の主が、ソニアさんがすぐそこに立っていた。




