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水の底


 ふと、気が付いた。


 気が付いたことに気付いたのか。

俺の意識があることを。

 

 周りは真っ暗。

ああ、ここが、生贄のいなければならない場所なのか。

目を凝らす。

耳を澄ます。

川の音も雨の音も何も聞こえない。


 雨は止んだのだろうか。

村は救われたのだろうか。


 何にも分かりやしない。

なんなんだよ。この真っ暗な場所は。

腕をさすった。寒さも感じない。ああ、体があってよかった。俺が体を認識出来て良かった。

これが俺の心だけの世界だったら狂ってしまっていたかもしれない。

服は最後に着ていたやつだ。白い着物。

お腹も減っていない。庄屋のおばちゃんのおはぎが効いたな。


 そんなことを考えていた。

どれくらいの時間が経っているなんか分からない。

だって、川の底かも知れないし、生贄の捧げられた場所かもしれないし。

でも、雨の神様は痕跡も感じなかった。 



 ある時、泣き声が聞こえた。


「おっかあ。おっかあ。死にたくない。死にたくないよう」


 子供の声だ。

次に男の怒鳴り声がした。


「悪く思うな。この村は親のない子供は生贄になるんだ。親のない子供がいなければ、年寄りがなるんだ。なあ。そうだろう?オヤジ!みんな!」


 ゴロン。と重い音がして、


「やあーーっ」


 悲鳴が途中で消えてズボンっていう水音が聞が響いた。


 そうか。足の重りの石と投げ込まれたのか。


 また、生贄を出したか。


 あれ?庄屋の声じゃなかったな。庄屋がオヤジと呼ぶ人はいない。と思う。

大人の声。庄屋の後を継いだのは寛太だろう。

あれは寛太の声か?オヤジって言っていたのは庄屋の事か?

あれから何年経ったんだ?


 それから時々、子供の悲鳴となぜか怒りを含んでいる寛太の声がするようになった。


 子供たちは、俺の場所には来なかった。

別の真っ暗な中に居るんだろうか。それとも、ちゃんとあの世に行けていればいいな。


・・・寛太はなんで、生贄を出す村長になっちまったんだろう。

寛太は、あんなに俺が死ぬのを嫌がっていたのに。死なれて辛い思いをする奴がいるって分かっているのに。



 次に声が聞こえた時、それは子供の声じゃなかった。

雨のバサバサ降る音と共に年寄りの声が聞こえた。


「寛太。本当にワシを生贄にするのか?実の親を川に落とすのか?」


「ああ、本気だ。あの時だって喜助じゃなくて良助爺さんを落とせばよかったんだ。良助爺さんは洪水後の流行り病で死んじまった。子供で元気だった喜助は、もっと長生きできたのに。お前が殺した。お前がこの村に負けて殺したんだ。だから、俺はお前の後を継いで川が氾濫しそうなら子供を落とすのさ。でも、子供でなくても良いんだよな。使えなくなった年寄りでも落として良いんだよな」

「なあ。みんな、そう思わねぇか?川の神さんも雨の神さんも別に子供を指定しているわけじゃねぇ。これからは、村仕事の出来ねぇ年寄りを神さんに捧げようか?それとも子供の方が良いか?今まで通り、親のいない子から始まって、片親の子供になって、貧乏人の子供にするか?なあ。お前らが生贄が必要だって決めたんだろう?なあ。オヤジぃ。あんたがそれを始めたのだろう?」


「寛太。仕様しようがなかったんだ。あの時は、村人みんなの心が荒れていた。雨で家中にカビが生え。田も畑も腐っていった。みんな、もやもやとした怒りがあったんだ。だから、喜助を落としてから、村の男衆も大人しくなっただろう。あの時は必要だったんじゃ」


「へぇー。要は村人の怒りが自分に向かわないためか?」


「お前のためでもあったのだぞ!お前を生贄にしろという声もあったんじゃ」


「ああ、知っているさ。俺を落とせばよかっただろう。俺みたいに、えばり腐った悪ガキより、母ちゃんを亡くして一生懸命に皆の仕事を手伝っていた喜助の方が生きる価値があったんだ!」


 大人の寛太の声が悲鳴のようで子供のころの声と重なる。


・・・寛太。


 つぶやきは誰にも届かない。


「そうだ。これからは先のある子供じゃなくて、年寄りにしよう。ああ、そうしよう。手始めは、オヤジ。あんただよ」


「寛太・・・」


「なっ!やめろ!お前らーーーーっ」


 なにが起こっている?

バタバタとする複数の足音。「離せ」「やめろ」と怒鳴る寛太の声。


 ドボンッ!


 突然、真っ暗な世界の上から大人の男が後ろ向きで落ちてきた。

動作はゆっくりとしている。手は空をかいて上に上がろうとしている。足をばたつかせている。雪駄せったが足から外れ男の後ろに流れて消えた。


 そうか。水に落とされた男を見上げているのか。


 この男は・・・


 男ははかまに足を取られてもたつかせている。口から泡が上がって消えた。

見えない濁流に身体を転がされて、もがいている。

苦しいのだろうな。

なあ。


寛太。


 寛太。お前は村人に恐怖を与えすぎた。

天候が悪化すれば簡単に子供を落としたのだろう。そして、今度は親父殿だ。村人はお前を怖れて川に落とすこと選んだのだ。


 何かが当たる衝撃が寛太の身体をビクつかせている。

ゆっくり降りてきて、大人の姿の寛太が寝そべった状態で動かなくなった。




・・・息絶えたのか。


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