1st stage ─魚沼シンヤはアイドルになりたい─ その1
1st stage ─魚沼シンヤはアイドルになりたい─
「は、廃部ぅ〜〜〜〜〜〜〜〜〜⁉︎」
「そ、そうだよ?残念だったね〜…」
顔面蒼白で頭を抱え、膝から崩れ落ちる少年。
今日からめでたく高校生になった魚沼シンヤがなぜ絶望に打ちひしがれているのか。
そして苦笑いしている女生徒は誰なのか。
この状況を説明する為に、ほんの少し時間を戻そう。
毛先に癖のついた、ツンツンとした黒髪。
凛々しくもどこかあどけなさの残る顔。
強い目力と、その奥に宿る野心。
アイドルになりたい。
そんな彼、魚沼シンヤが東ノ宮学園に入学したいと思うのは至極当然のことだった。
なぜなら東ノ宮学園には『アイドル部』という部活動が存在する。
数多のタレントやモデル、そしてアイドルを排出した実績のある部活であり、名実ともに日本全国に知れ渡っている『アイドル部』。
その部活で経験を積むことこそ、アイドルになる為の近道だとシンヤは考えた。
運がいいことにその高校と同じ地域で育ったシンヤは、猛勉強をしてなんとか受験に合格。
そして入学式が終わるや否や、すぐさま『アイドル部』と掲げられた扉を開いたのである。
ギィーと開いた扉から、シンヤはひょっこりと顔を出した。
『アイドル部』。
中で待っている上級生はキラキラ輝く笑顔で迎えてくれるか、はたまたストイックな眼差しで値踏みをしてくるか。
様々なケースを想定して覚悟していたシンヤだったが、そのどれとも違う光景が広がっていた。
室内は教室二つ分ほどの大さで、畳まれた机とパイプ椅子以外にはインテリアの一つもない。
床は綺麗なフローリング。窓には遮光カーテン。
そして手前の壁一面には大きな鏡。
まるで上等なダンススタジオのような作りだが、ひとつだけ違うことがある。
それは部屋の一番奥。
床の中央が一段高くなっており、天井からはその場所を照らす為の照明が吊られている。
つまりそれはステージだ。
端の方に扉があるので、奥にまだ部屋があるらしい。
夢にまで見た場所。
本来なら叫びたいほど喜ばしい筈なのだが、シンヤは怪訝な表情を浮かべていた。
人がいないのだ。
それどころか一つの明かりも点いておらず室内は薄暗く、床もすこし埃が積もっているように見える。
シンヤは状況が飲み込めず納得のいく理由を考える。
「……もしかして先輩たちは校庭で勧誘してんのかな?」
きっとそうに違いない。
だとすれば部室に人がいないのも納得がいく。
うんうんと頷き踵を返すと、部室の入り口に1人
の女生徒が立っていた。
「やぁ少年!もしかして入部希望者かな?」
猫のようにニコリと微笑む女生徒。
髪は亜麻色のショートカットで、赤いフレームの眼鏡がよく似合う。
襟に付けられたローマ数字でIIと描かれた金縁で型取られた青色のピンは、彼女が2年生であることを表している。
眼鏡の奥の長いまつ毛と端正な顔立ちで、シンヤは彼女が『アイドル部』の部員であると確信した。
「俺、1年生の魚沼シンヤって言います!入部希望です!」
勢いよく頭を下げるシンヤに戸惑う女生徒。
「あはは、私は2年生の亀井凛子だよ。それよりも、もしかして君って『アイドル部』の入部希望者?」
「俺、ずっとずっとこの部活に入ることが夢だったんだ!今日からよろしくお願いします!」
「あ〜…ちょっと待ってね。君に伝えないといけないことが2つあるみたいだね」
顔を上げたシンヤは、なんとも歯切れの悪い彼女の言葉にキョトンとしている。
凛子は咳払いをして、人差し指を立てた。
「まずは1つめ。私は『アイドル部』じゃありません」
「えっ⁉︎綺麗な方だからてっきりアイドル部かと…」
「…君って結構人誑しだね〜。見どころがあるじゃないか」
上機嫌な凛子はポンポンとシンヤの肩を叩く。
「私はすぐ隣りの手芸部員だよ。そして廊下をものすごい速さで走る君を見たもんだから追ってきたってわけ。廊下を走っちゃダメじゃないか」
「すみません…」
「まぁ気を付けたまえ。それより、2つ目はとても言いづらいんだけどね……」
凛子の表情が目に見えて曇り、シンヤは首を傾げる。
「その……ね?」
シンヤの輝いた目を見て思わず目を逸らす。
しかし何かを決心して、凛子は深呼吸をした。
「……『アイドル部』は、今年で廃部になったの」
……廃部?
そんな馬鹿な。
聞き間違いだろうか。
血の気が引くのが自分でも分かる。
足先から感覚がなくなっていき、まるで地面が消えたかのような気持ちの悪い浮遊感。
シンヤはめのまえがまっくらになった。