涙を思い出した青年
サボってました(白状)
───────十月二十七日。
午後の十四時、麻上が入院してる病室に未音が訪れた。
花束を抱えており、彼は麻上のタンスの上に置かれてある花瓶に花を入れ替えた。
元同僚でありパートナー出会った麻上巴が昔の悪事に対する報復に遭い、重傷を負ったと聞き未音は休憩の合間に見舞いに走ったのだった。
入室し、未音は思ったよりも酷い彼の姿を見て少し驚いたが平静を装いつつ、具合を訊ねた。
「……どうだ、身体?
なんか、すごい災難な目にあったみたいで」
「なんでもいーからとっとと帰ってよ」
投げやりに飛ばされる麻上の口調に、未音は若干違和感を感じた。
弱々しい、元来の彼から発せられることは無いだろうと思っていた頼むような口調。
気になりながらも、報復されたショックで気が弱々しくなってしまったのだと思い考えないようにしたのだった。
「ま、折角だし居させてくれよ。
お前は……伊藤に復讐できる機会をくれようとしてくれた。
こんな別れ方にはなっちまったけれど、感謝してるんだ」
「───────感謝なんてされる筋合いはねぇよ!!
俺ァな、伊藤に復讐するお前を背後からナイフでぶっ刺して邪魔してやりたかったんだ!!
相変わらず善人ぶりやがって、気持ちわりぃんだよテメーはよォ!!」
荒々しく吠え、麻上は未音を否定する。
……麻上の心は、得体の知れない温かな感触があった。
その気持ち悪さを振り払おうと、彼は怒りを無理に沸かせた。
あまりにも稚拙な、その怒る様に未音は苦笑を浮かべながら答えた。
「分かってたよ、何か企んでることくらい」
「なっ………」
麻上が思わず絶句する。
異常なまでの未音の温かな笑顔を見て、恐怖さえ感じた。
だがそれと同時に蒼龍が何故、未音を復讐への道へと誘おうとしなかったのかを悟った。
自身の行いを悟り、それでも許そうとする彼は優しいのでは無い。
甘すぎるのだと。
甘すぎる彼の性格、その行く末は容易に想像出来てしまう現状がその証拠だった。
「オレは、それでも構わなかった。
何企んでても、それをさせる前に伊藤を殺せばいいからさ」
「甘いンだよ、何もかも……!!」
「そうか?
……そうだとしても、人の命を軽々しく奪う鬼達には冷徹であるつもりだけどな」
言いながら、未音は手に持っていたパイプ椅子を拡げて腰掛ける。
「それに、言っちゃ悪いがお前が変わらないままだったらオレは見舞いには来なかったと思う。
……まぁ、光さんに対しては相変わらずっぽいけどさ」
和やかな微笑みを浮かべて、未音が麻上を真っ直ぐ見つめる。
その視線に耐えきれず、麻上は思わず逸らしてしまった。
「そういやさ。ここ出たらどうするんだ、麻上は?」
「……さぁな、ハロウィンに死ぬのが確約されてるようなもんだし気にしてなかったわ」
半ば無気力な麻上の返答に、未音が首を傾げながら訊ねた。
「それって、どういう───────」
「巴、来てやったが……生臭いな、鬼の臭いがする」
しかし、未音の問いは答えられることなく。
突然の闖入者が会話を終わらせた。
時代錯誤の煙管を片手に蒸かし、随分と不遜な態度を取るその中年は麻上巴の父、その人であった。
未音を睨み、威圧するかのような声音で彼は話し掛けた。
「貴様だな? 卑しい匂いを引っさげおって。
まぁ、許してやるが親子水入らずの会話に邪魔だ、即座に退出してもらおうか」
「…………分かりました、私はこれにて退出させて頂きます」
大人しく未音が引き下がり、二人に会釈をした後に病室から去る。
巴は、殺意を込めた瞳で父親である男を睨みつけた。
「てめぇよォ、良く顔を出せるな?
恥って知らねぇのか?
小学校で習うってモンを知らねぇなんて素晴らしい頭してんな、さすが経営者サマってか?」
「お前は世間を知らんようだな。
私の会社がどれ程までに売れているのかすら把握出来てないのだからな。
恥を知らん訳ではない、恥など思うことがないほど、私が偉いのだ」
「そう思っちまうほどまでたぁな、頭が終わってんな」
「……それに、貴様が悪いのだ。
私の言葉に耳を傾けず、下らんことに執着をしおってからに。
お灸を据えってやったのだ。……その様子では反省はしておらんようだがな」
呆れたように、見下すかのように自身の息子に視線を向ける。
「で、話ってなんよ?」
「話、では無い。
事実のみを告げに来た、貴様は我が会社の跡を継ぐべく手始めに下請けで働くこととなった。職がない貴様には嬉しい事実だろう?」
自身の父親に言葉に、巴は耳を疑った。
「勘違いさせていたようだが……私は貴様の事を微塵たりとも愛しておらんぞ?
跡を継がせるための道具、マリオネットがお前の真の正体だ」
「───────」
さらに続けられた発言に、巴は言葉を喪った。
そんな巴の様子を嬉しそうに眺めた後、巴の父は巴に背を向けた。
「無様だな。
あぁ……やはり私は恥を知らん訳では無いな。
何しろお前のその姿を見て、恥ずかしいと思ったのだからな」
牙の抜けた狂犬を嗤い、その産みの親も病室から姿を消した。
一人残された巴の瞳から、水滴が零れ滴った。
それが“涙”であると巴が思い出した頃には、もう夜更けであったのだった。
彼の尊厳破壊はまだまだ続きます




