反撃
長らくお待たせしました。
『───────藤也ー』
十歳の夏のある日。
ミーン、ミーンと蝉の鳴き声に負けぬように友人……親友の名前を口にする。
今いる場所は因幡の屋敷で、鍵が開いていたので勝手に入って藤也の探索を始めた。
不用心だなぁなんて思いながら、誰もいない寂れた屋敷の中を徘徊する。
ミーン、ミーン。ミーンミーン。
蝉の鳴き声が響き渡る。しかし、その合間にザシュ、と。
───────何かを斬るような音が聞こえた。
『……ん? なんだろ』
気になって、音のする方へ向かう。
その音一直線に歩き、辿り着いたのは風魔の屋敷にもあるような地下の訓練所へと続く石階段だった。
「……なんか、気になるな」
足音をたてずに、慎重に足を運ぶ。
一段、一段をゆっくりと。
その途中に、
「う、おえぇぇぇぇ…………」
と、藤也が何かを吐くかのような声が聞こえた。
きな臭くなってきたなと思い、袖口に忍ばせた短刀を握る。
靴に仕込んだ暗器の出を確認して、オレは歩くのを再開させて部屋まで辿り着いた。
中に入り、バレないように様子を見る。
───────薄暗い部屋の中には、藤也の口にナニカを突っ込んでいる藤也の父親と。
口の中に、指らしきものを含まされている藤也だった。
「ほら、食べるんだ藤也。
食え、食え食え食え食え食え食え食え食え食え食え食え食え食え食え食え食え食え食え食え食え食え食え食え食え食え食え食え食え」
「むり……やめてよ、おと、うさん……」
口元に吐瀉物を垂らしながら、涙は枯れ果てたと目元の涙跡が証明していた。
そんな、悲惨な状態の我が子に対して関係がないと言わんばかりに藤也の父が近くにあった木の棒で彼の事を殴りつけた。
「食えと言っているだろう!?
いいか、これは肉だ。我々が普段から食す豚肉や牛肉と何ら変わりない、食用の肉なのだ!!!!」
「これは人の肉だよ、たべれない、ものだよ……」
親友の苦痛に歪む顔をこれ以上、見たくなかった。
…………気が付けば、俺が普段から隠していた短刀の刃にはベッタリと血が付着していて、
藤也の隣には、地面に倒れている藤也の父親がいるのだった。
腹から内臓をこぼして、瞳孔は完全に開いており、身体は冷えきっていた。
……だというのに、俺は冷静に父に黒電話を使い連絡をとった。
父が駆けつける前、俺と藤也は二人でその死体を前に、無言で座っていた。
膝を手で抱え、少し距離を空けて。
俺と、藤也の二人の心の距離だと、現しているかのように。
『…………ごめんね』
ポツリと、藤也が呟く。
何がだよと返すと藤也は笑みを浮かべ答えた。
『……前、弟さんが家出した時に偉そうに言ったけれど。
僕が、一番言えない立場だったんだ』
『お前は』
違うだろ、そう言いかけたがピタリと止まってしまった。
藤也の真剣な眼差しに耐えれずに、そして彼は、俺に言った。
『……もし、僕が因幡の暗示に飲み込まれたら。
君が殺してくれ』
その眼差しに対して、俺は頷いた、頷いてしまった。
その約束は、藤也にとってはとても大切で。
俺にとっては、俺と藤也が運命を決めた呪いであった。
…………でも、抗えることならば。
俺は、藤也と共に笑い、老い、生きて───────
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「───あらァ、ちょっとやる気出しちゃったとは言え、さすがに呆気なさすぎたわね」
玄司郎が、つまらなそうに呟きながらアイアン・メイデンを見つめる。
そこからは、致死量を軽く超えて血液が隙間から流れ出ていた。
アイアン・メイデンのみを残し世界を元に戻す。
一面の血世界を深き夜の帳へと。
残したアイアン・メイデンは、ポツリと不格好にその場に聳えているのだった。
「アタシの杞憂、だったのかしらねぇ?
…………ま、いーわ。ともかくこれでお仕事はおーわりっ!!」
玄司郎が、胸中に残る疑問を振り払い、棺桶から背を向ける。
───────その直後、じゃらりと、鎖の揺れる音が聞こえ、玄司郎がすぐさま振り返った。
「ひょっとして……生きてるわよねぇ!?!?」
呪術を唱えようとした、その時にはもう遅かった。
鎖は玄司郎が思ったよりも接近しており、玄司郎が振り向いた時には肩に突き刺さった。
「……チッ、やっぱり目を最優先させるべきだったか」
「痛た……アナタね、レディーの麗しいボディーに何してくれてんの?」
軽口を言ってみせるものの、玄司郎は額に冷や汗を滲ませ、目の前を警戒し始める。
アイアン・メイデンの扉には、小さな穴が空いている。
そこから鎖刀、彼の愛用している呪装具が飛び出てきたという証拠だった。
扉にヒビがはいり、破壊される。
そこには───────身体中から血を流し、全身に風穴が空いた蒼龍がいた。
風穴が空きながらも、細胞が恐ろしい速さで肉を繋ぎ合わせ風穴を塞ぎ始めていた。
目は空洞になっているが、自身のいる方向をハッキリと理解しているようで、顔は玄司郎の方へと向いていた。
あまりにも痛々しい姿に玄司郎は我が行いに苦言を呈するのだった。
「……グロ、十八禁でしょコレ」
「本来ならば、痛みのみを味わうだけなんだがな。
……如何せん、ちゃんと出来なかったモノを優先させちまうんでこうも不出来に再生をしちまう」
聞いて、玄司郎は悟る。
蒼龍が今、生きているのは呪装具のおかげであると。
そして、その呪装具の素材を彼は察したのだった。
「……エージから作ったわね?」
「あぁ、遺体を引き取りヤツの体内の血液を全て水槽へ移してその中に藁人形を詰めるだけ詰めた。
ざっと百個あたりだな」
「つまり、アンタ今は命が百個くらいあるってわけ?
……勝ち目ないし、逃げようかしら……っネ!!」
現状の自身を鑑みて、玄司郎は逃走を選んだ。
ここは身を引くが正解であると。
ストックの数が分からない以上、自身がとっておきの手段を使い、実際は体力をかなり消耗させている。
殺しきる前に殺される。玄司郎はその結論を見出し、蒼龍なら背を向けた。
無様と言われてもいい、なりふりなど構ってはいられない。
迎えるその日の為に生き延びる為、ビルの扉へと向かう。
「“地の元素を司りし玄武に命ず、その身強固な壁となりて我等が身を護りたまえ『玄武参ノ術式、玄鋼壁』─────!!”
そしてわずかな呪力、死への危機で一秒にも満たない速さでで別の術式の詠唱を完成させ、自身の背に土の壁を出現させた。
「“───────覇気無くした弱き者逃亡者を護りし壁を破壊せよ、魔界より出でた紅蓮の戦鎚よ。
朱雀五十ノ術式・鉢特摩”」
蒼龍はその壁に対して至って冷静に呪術を一つ唱える。大気が変化し炎が生み出され、その炎は蒼龍の背丈くらいの戦鎚となり壁を溶かしたのだった。
「うっそでしょ……!?
鉢特摩って、アンタそれすっごい非効率な術じゃない!?」
「処刑人の役割を得た俺にとっては必須だ。
一応言っとくが、呪術は複合以外ならば全て覚えたぞ」
あっさりと、答えながら蒼龍は鋭き眼光で玄司郎を睨む。
圧倒的な殺意。
それを受け止めた玄司郎の脳裏には死が浮かぶのだった。
「あらァ……イイ貌ね♡
たまんない、抱いてあげたいわ」
「相手はもういる。
……それに、もう御託はいいだろう?」
言葉と共に、蒼龍が鎖刀を放つ。
途中で形を変え、まるで蛇腹剣のようになった呪装具の刀身が伸び、玄司郎を斬るべく奔る。
しかし、玄司郎は既に扉の傍にまで到着しており、あとはドアノブを捻って中へと入るだけであった。
「……陀束」
蒼龍が武器の名を呟く。
すると、ドアノブに手伸ばしていた玄司郎の腕が突如として切断されるのだった。
血が噴き出る中、玄司郎が冷静に血が途中で透明な何か───────細い糸に滴り付くのを捉え、今際に理解した。
「……隠してたのね」
「隠したも何も、コレはコレに意識のない、逃げるやつのみしか切断出来ない呪装具なんだよ」
蛇腹剣が玄司郎の身体に巻き付き、両断する。
上と下に身体が別れた玄司郎は蒼龍に一言、
「……ようこそ、未音っちと同じ世界へ♡」
呪いを残し息絶えるのだった。
「同じ世界も何も俺は元からこの世界にいるってんだ……だから、未音には同じ道歩んで欲しくなかったんだがな。
はぁ…………疲れた」
地面に倒れ込み、蒼龍が仰向けになる。
数秒だけ目を閉じ、すぐに蒼龍は起き上がった。
「待ってな藤也……今から行くから」
そして処刑人は行く。
友との約束を守る為に、疲労が蓄積された身体を鞭打って。
───────残り僅かな体力を絞り、彼は奔るのだった。
一応、この作品の補足をしておくと大体の主な登場人物はその中の上位の強さを誇っています。
例えば未音くんは作品内では五本指に入る程の身体能力で、蒼龍くんは三本指に入るほどの戦上手です。
玄人さんは全分野で一位取ってます、出る作品違うだろレベルのバケモンです。




