Happy Birthday
───────路地裏に置かれているゴミ袋から残飯を漁る。
家族に棄てられたオレは、こうするしかなかった。
……家族、と言っても血は繋がっていない。
義父が、オレの母親と幼なじみだったらしく、その縁でオレを拾ったのだという。
時が経つにつれ、その人にオレは憎しみの目を向けられるようになり、虐待同然のことをされ、そして外へと追い出された。
この現代社会において、齢にして16の子供が一人で暮らせれるハズなどなく。
こうして、オレは残飯を漁るのだった。
「ねぇ、ねぇ、おにーちゃん!!」
ふと、背後から声を掛けられる。
今は構ってるの余裕なんて無かった。
なにせもう三日、まともな食事にありつけることはなく、道端に生えていた雑草と公園の水道水で飢えを満たしていたからだった。
そろそろ、しっかりと栄養のついたモノを食べないと栄養不足で死ぬ。
そして何しろ、オレの身なりは今、非常に汚い。
しかし、少女はお構い無しでさらに話しかけてきた。
「おーい、おにーちゃんってば!!」
「……なに? あんまり、オレに話しかけない方がいいよ」
……少女もドブのような臭いを我慢して話しかけてくれているだろう、そこはありがたい。
しかし、だからこそそんな優しい少女に、悪印象を抱かさせてしまいそうで、怖かった。
汚いモノに平気で踏み入る、おかしな少女だと影で囁かれるのは、少女が良くても、オレが嫌だった。
こんな優しい子が、おかしな子だとバカにされるのは我慢できない。
───────でも正直、誰かと話したいという欲求はあった。
何日も話してなかったから。してたとしてもコンビニの店員との事務的な、機械的な確認だったからだ。
人の温かさに、久々に触れたいという、願望は溜まり続けていた。
「ん、見た目とか、においとかの話なら別に気にならないよ?
むしろ、こんな状態のおにーちゃんのこと放っておく方が間違ってるとわたし、思うんだ!!
ねぇねぇ、お腹、減ってるの? さっき、この近くのコンビニでご飯買ってきたけどいる?」
その言葉に、オレは思わず振り向く。
そこには───────中学になりたてだろうか。
それくらいの、少し大人へと近付いている、可愛らしい童顔の、黒の長髪の少女がいた。
手には確かに、少女では食べきれなさそうな量のコンビニ弁当があった。
……もしかして、オレがここにいる数日の間、ずっと見ていたのだろうか?
『視線』を感じることはあった。哀れみを込めた視線だったり、汚物を見るような視線だったりと、様々と。
しかし、そんな視線に紛れてたまにやけに優しさがこもっている、どうにかしたいという視線を向けられることがあった。
その視線の主がきっと、この少女だったのだろう。
わざわざオレのために買ってくれたのか。
すごくありがたい、けれどオレは何も恩返しが出来ない。
「……でも、オレは君に何も恩返し出来ない。
いずれ、飢えて死ぬ身だろうし」
「諦めちゃダメだよ!!
だっておにーちゃんまだハタチにもなってないでしょ?
見た感じ、分かるもん!!」
言いながら、少女に腕を引っ張られる。
温かな、柔らかい掌を感じてオレは、この少女は根っからの優しい子なんだなと感じ入った。
……いや待て、どこへ連れていく気だ?
「待って、どこに───────」
「わたしの家!! お父さんとお母さんに言うの!! うちのお父さん警察官だから、こんなになるまでほっぽったおにーちゃんの両親を怒ってもらわなきゃ!!」
……参ったな。“絶対に折れないぞ”と彼女の瞳がメラメラと燃えて語っており、オレはこの少女に諦めさせることは無理なんだろうなと悟った。
しかし、施されっぱなしは嫌なのでこの少女に根負けする代わりに、オレは少女に訊ねた。
いつか、必ず恩返しをする。
そう、胸に誓って。
「……君、名前は?
あ、オレは……源未音
って言うんだ」
「未音……いい名前!!
私ね、橘花友紀奈って言うんだ!!
よろしくね、未音おにーちゃん!!」
───────建物の影で少し薄暗かった彼女が姿が、明るく照らされる。
屈託のない太陽のように明るくて、綺麗な笑顔で彼女は自身の名を明かした。
太陽のような少女、友紀奈に手を引かれ、オレは彼女の家へと案内される。
立派な一軒家、その中には眼鏡をかけたとても優しそうな男性と、少女と顔が似ている穏やかな女性がいた。
友紀奈はその二人に、オレのことを紹介してくれたのだった。
「えっとね、昨日話してたおにーちゃん!!
名前はね、未音って言うみたいなの!!
あ、ごめんね未音おにーちゃん、この二人はわたしのお父さんとお母さん!!」
「どうも、未音くん。娘から君のことを聞いてたよ。
僕の名前は橘花楓季
……役職はあえて伏せさせてもらうよ。
こっちは由奈、私の妻だ」
男の人、楓季さんが手を差し伸べ、握手を求める。
オレは握手に応じて、楓季さんに訊ねた。
「あの、娘さんから話を聞いてるって……?」
「あぁ」
短く頷いて、友紀奈の方へ視線を向けて楓季さんが語り始めた。
「……実は昨日、友紀奈が食事中にね君の事を話していたのさ。まだ未成年だろうに、親に棄てられたのか、ゴミ袋から残飯を探している少年がいると。
その時からすぐに君のもとへ向かいたかったのだが……少し私と、妻の両方に急用があってね」
言いながら、楓季さんが買いたてのタオルと着替え一式を渡してくる。
そして笑顔で、
「まずはお風呂に入りなさい。昨日の朝は雨だったハズだ、ところどころまだ服も濡れてるじゃないか」
オレを風呂へと直行させる。
臭い、とかよりもどちらかと言うと体調面を気にしてる、そんな感じだった。
ちょうど、真冬ということもあって雨のせいで濡れた服は防寒としての意味はなさず、常に肌には氷を押し付けられているような感覚だったのでお風呂へと入れてくれるのはありがたかった。
「あ、ありがとうございます……本当に何から何まで申し訳ないです」
深く頭を下げて、お礼をする。
楓季さんは微笑みながら、
「当然のことをしただけさ。困った人を助けなければ、私が警察を志した意味が無い」
そう、言うのだった。
彼にとってはオレなんかに手を差し伸べることと、空き缶拾いをすることになんら違いはない、そう言うかのように。
その、満ち溢れている善意の塊にオレは涙を滲ませながら、お風呂をいただいた。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
風呂に入って、着替えてる最中に、
「ただいま」
と、どこかで聞いたことのある、涼やかな声音が聞こえてきた。
「あ、お姉ちゃんおかえりー!!
今ね、昨日に話したお兄ちゃんがお風呂に入ってるよー!!」
「そう。……人助けはこれっきりにした方がいいよ友紀奈。
優しいと思ってた奴が、根っからの屑なんてのは、よくあることなんだから、アンタそのうち酷い目にあうわよ」
それは、声の主なりの、友紀奈の姉なりの心配だった。
……確かに、友紀奈の行動は少し怖いと思うところがあった。
普通、父親や母親がいるからと言って面識のない男を、それも見てくれも汚い男をこうやって連れ込むことはすごい危ないことだと、学校でも教えられてるハズだ。
しかし、
「えーお姉ちゃん冷たーい!!
お姉ちゃん、お兄ちゃんの状態見てなかったから言えるんだよ?
もう、ほんとに凄かったもん!!」
友紀奈は、そんな姉の優しい心配をバッサリと、明るい様子で否定した。
「……そ」
言っても無駄だった、と言いながらその少女の足音だろうか、階段を上がっていく音が聞こえた。
ちょうど、オレも着替え終わったので、脱衣室から出ようと扉に手を開けようとした瞬間、目の前の景色が変わった。
目の前には、美人、と形容しかできない、オレが一方的に知ってるだけであろう少女がいた。
……そういえば、そんな姓だったな、と。
そんな、呆けた感想を脳裏に過ぎらせながら。
「……貴方、源くん?」
「……え、」
覚えてた、のか。
というより、知ってたのか。
彼女の名前は橘花楓、オレが高校1年生の時、一緒のクラスだった子だ。
ずっと、美人だななんて思って目で追っていた。
全く、ほんとに全然関わりなんてなかったんで少し意外だった。
「……そ。
貴方なら、安心ね。
あのさ……ところで、その」
“なんでそんな姿になったの”、と聞きたげな様子の少女。
今の俺の姿はとても酷いものだった。
髪の毛は伸びきって、前髪で鼻先まで隠れててしまっていて、髭なんかも伸びっぱなしで、無精髭が完全にホームレスだと告げてしまっていた。
「……まぁ、色々とあって。
それよりも……えっと、」
「楓でいいよ」
「じゃあ、楓さん。
楓さんは、オレのこと知ってたんだね。
いや、クラスは一緒だったけどさ」
「あぁ……まぁね。何でかわかんないけど貴方のことは結構、気になってたから。
……あとは、その、元カレから」
あぁ、と納得する。
彼女と付き合っていた男が話してたりしたのか。
……まぁ、ソイツにはよく硬式ボールを顔に向かって投げられてたから多分、ろくな事では無いだろうけど。
「……アイツ、よく言ってたの。
君のことをよく鳴くサンドバッグだったって……まぁ、それが別れるきっかけなんだったんだけどね。
普通、そんなことしないしないでしょ?
それを、ベラベラと自慢げに喋るものだから、そこから嫌悪感マックスって感じ」
「あー。なんかアイツがなんも言わなくなったのはそういう……」
「まぁ、あと一個貴方を知ってる理由があるけど……覚えて無さそうだしいっか」
……最後、何を言ったのか聞き取れなかったが。多分、どうでもいいことなのだろう。
……というか、オレ、完全に邪魔だなコレ。
楓さんが通れるようにさっと退いて、
「どうぞ」
「あ、じゃあお構いなく」
楓さんが横切る、その瞬間、甘い匂いが鼻腔に充満する。
とてもいい香水を使ってるんだろうな、なんて思いながら更衣室から出る。
その直後に、
「未音くんちょうど良かった。いくつか聞きたいことがあるから、いいかな?」
「あ、はい」
楓季さんに連れられ、リビングに着く。
椅子に座ることを促されて、失礼します、と呟いて座る。
眼鏡のズレを正して、楓季さんが口を開いた。
「さて……それじゃあ話し合いをしよう、|源
未音くん」
……あれ、友紀奈は確か、未音としか言ってなかったハズだけど?
俺の顔を見て察したのか、楓季さんが落ち着かせるように何故知ってるのかを話してくれた。
「すまない、君のことは良くも悪くも、二重の意味で有名人なのでね。
名を聞いただけで分かってしまった。
……亜人種課、君は知ってるだろう?」
楓季さんの言葉に頷く。
……亜人種課。それは、現代にいる鬼達を主に取り締まる組織。
区分的には警察だが、独立された機関である。
「その、亜人種課の中で君の家族……源家って、平安から生きてる鬼達を狩るこのを生業としてる一族でね、今の義博……君のお父さんはすごい色々と耳にするよ」
鬼。平安時代に現れた人の形をした、人とはかけ離れた身体能力を保持している生物。
……これは余談ではあるが。
オレは鬼と人との間に生まれた存在である。
義父の義博いわく、それが俺の事を邪険に扱う理由だという。
「……すまない、脱線した」
コホン、と咳払いして会話を切り替える楓季さん。
「君の境遇は聞くまでもない。
証拠も十分だ、彼らを警察内で取り扱うことは可能……と言いたいところだがね」
どこか忌々しげに舌を鳴らして、楓季さんが続ける。
「源家は治外法権みたいなものでね……警察では手が出せない。
その代わり、彼らが人に手出しをしたら鬼と同じ処理をすることとなる。
そこをつければいいが、彼らは間違いなく君が半々ということをいいことにあれこれと言って逃れようとするだろう……ほんと、胸糞が悪いけどね」
「いや……こちらこそ申し訳ないです。
ご心労と、ご迷惑をおかけします」
深く頭を下げる。
「さっきも言ったけど当然のことをしただけさ。
義博と僕は知り合いだし、しっかりと釘を刺すようにするよ。
これで大人しくはなると思うけど……」
どこか不安げに言う楓季さん。
義父がそんなことで止まる可能性は低い。
しかし、正直、こうしてくれてるだけでもすごくありがたい。
「いえ、満足ですよ。
……そろそろ、お邪魔しま───────」
「えーお兄ちゃん泊まっていこーよー!!」
出ようとしていたが、袖を引っぱり、子猫のような甘えた声音で友紀奈にそんな提案をする。
……いや、さすがに、それは甘える訳にはいかない。
楓季さんだって、さすがに迷惑だろうし。
と思ってた、オレが甘かった。
「そうだね、泊まっていきなさい。
私としてもそれは賛成だ。ちょうど、誰も使ってない客間があるんだ」
「え、いや、さすがに申し訳なさすぎるというか」
「でも未音くん、最近はここいらは物騒なんだよ?
殺人事件なんかも頻発してる、明日の朝帰ることにしなさい。
それに、友紀奈と話をしてやってくれ。あの子、君の事が好きみたいだからね」
彼はどうやら友紀奈の味方のようだった。
……こんなにお世話になってしまって、恩を返したくても返せれる自信が無い。
でも多分、この厚意を拒絶するのはそれこそ仇で返すようなものだと思った。
「分かりました。それでは、有難くお借りします。……ちょうど、オレも友紀奈ちゃんとお話はしたかったので」
「───────ほう、会話は許すけれど、娘を誑かすのは許さないからね?」
レンズを光らせながら、楓季さんが言う。
その言葉には、隠してるつもりだろうが父親らしい殺意が滲み出てる、そんな気がした。
「まぁ、冗談は程々にして。
友紀奈と一緒にテレビでも見てやってくれ。
……好きかは分からないけど、友紀奈は今サッカーを見てる。分かるところでいいから、話に合わせてあげてくれ。
あいにく、私は小説しか趣きがなかったモノでね」
「サッカー……か」
オレは元々サッカーが好きで、高校もサッカー部に最初は通っていた。
……義博が顧問に脅しをかけて、俺を強制的に退部させられるまでは。
いわく、“貴様のような醜い存在が活躍するなど虫酸が走る”とのことだった。
頑張ってただけに、辞めさせられたことはショックだった。
その事が口論となって、最終的に追い出されたのがオレがさまよっていた理由だ。
サッカーの試合が気になって、友紀奈の隣に座る。
友紀奈は無言で、集中して試合を見ていた。
「……好きなんだ、サッカー」
「うん、好きだよ。未音おにーちゃんは?」
「好きだよ。部活にも入ってた。
けど、辞めさせられたんだ」
ぴくりと、友紀奈の眉が微動する。
……しまった、言うつもりがなかった。
こんなに集中して試合を見ている子の観戦をなるべく邪魔したくはなかった。
罪悪感が芽生える。
しかし、
「入り直そうよ」
「え?」
「だから、サッカー部のもっかい入り直そう!!
わたし、応援するから! おにーちゃんがTVに出てサッカー頑張ってる姿を見てみたい!」
太陽のような笑顔を見せる友紀奈。
───その少女の笑顔を見てオレは、彼女への恩返しを決めた。
今、友紀奈の言った言葉の通りになろうと。
義父がなんて言うか分からないけど、頑張ってサッカー活躍して、友紀奈を喜ばせてあげようと。
その、明るい笑顔によって示しられた道がオレの最高の未来だと信じて、決意する。
「……わかった、オレ、頑張ってみる。
ありがとう、友紀奈ちゃん」
少女の頭を撫でる。
嬉しそうに頬を緩ませながら、子猫のようにその心地良さに友紀奈は身を委ねるのだった。
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夜が明け、オレは自分の靴を履き、橘花さんの家を去る準備を整える。
玄関には、一家が集まっていた。
「あの、何回も言わせて下さい。
───本当に、ありがとうございます。
オレ、これから頑張っていきます!!」
「うん、頑張りなさい。
君はまだ楓と同じ年なんだ……先は長い、しっかりとね。
あ、義博にはもう電話で言ってあるから安心してね」
微笑みながら、全員が見送ってくれた。
……さて、オレは義父に直談判しに行こう。
たとえ、渋々でも、妨害があってもいい。
絶対に、オレの意志を通させる。
瞳に決意を灯し、オレは自分の家へと向かうのだった。
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巨大な、武家屋敷めいた建物の前に立つ。
引き戸を音を立てながら開けると、目の前には義父である源義博が立っていた。
鷹のように険しい目つきでオレを睨み、オレのことを非難する。
「……奴に頼るとは、一体どこで縁を作った?
面倒なことをしてくれたな、屑め。
やはり、やはりお前なぞ拾わなければよかった」
後悔と苛立ちが混じった情を、溜息と共に吐き出す。
コイツの悪態に、オレは構ってられない。
何故なら、オレはコイツに言っとかなければならないことがあったからだ。
「……オレ、サッカーまたやるから。
アンタがどんな妨害してこようとやってやる。
楓季さんの娘さんと約束したんだ。今度は絶対に諦めないからな」
「そうか。好きにするといい。
お前なんぞに構う暇など当分はない。私は私で忙しいのだ。
……まぁ、あんなことでへこたれた貴様なんぞに続けれるかと問われたら私は首を横に振るがな」
義博が視線を背けて、自身の部屋へと向かう。
……なんか、案外あっさりだったな。
でも、それはそれでいいことだ。
アイツは邪魔する暇なんてない、そう言った。
なら、その間に活躍しまくってプロへの推薦を握ってやる。
心に宿る闘志を更に燃やして、オレは制服に着替えて学校へと向かうのだった。
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─────それから月日は流れ、一年が経った。
義博は言った通り邪魔なんてすることはなかった。
その代わりというか、シューズ代とかは自己負担だったので深夜バイトも同時に行い、賄っていた。
顧問の先生に入部届を渡した瞬間、泣いて喜んでくれた。
脅されたとはいえ、オレを辞めさせてしまったことに後悔や罪悪感を抱いてしまっていたらしい。
先生にこんな辛い思いをさせた義博に見返してやると決め、そして友紀奈ちゃんにも恩返しを絶対に果たすと誓って、オレは練習を頑張った。
頑張って、頑張って、頑張って。
汗泥まみれになりながらもオレは───────念願のプロへの推薦を勝ち取った。
今日は、それを言いに行くために橘花邸へと向かっている。
あの日から、オレは週一の割合であの家に顔を出していた。
楓季さんや由奈さん、そして友紀奈や楓さんと談笑を交わすことを心の支えとした。
部活の邪魔をしてこなかったとはいえ、それは義博だけだったからだ。
奴の息子の、義貴なんかはオレを見かけると足の骨を折ろうとしてきたりした。
……まぁ、義貴はヘタレなんで骨なんてホントに折られることはなかったが、その代わりにユニフォームをズタズタに裂かれたりシューズをダメにされたりはしてた。
そんな嫌がらせに耐えてこられたのは、きっと、この家での談笑、そして友紀奈との約束があったからだ。
家の前に着き、呼び鈴を鳴らす。
ドアからひょっこりと楓季さんが顔を出した。
「あぁ、いらっしゃい未音くん。
あがってきなさい」
「ありがとうございます、今日は、凄く大事な話があって来ました。
……友紀奈ちゃんはいますかね?」
最後の質問で楓季さんは察したのか、微笑みながら答えた。
「今はいない。まだ部活だと思うよ?
まぁ、男二人で仲良く話そうよ」
そう言い、楓季さんがリビングまで誘導してくれる。
いたたた、なんて呟きながら楓季さんはソファへと座った。
……どうしたんだろ、痛めたのかな?
「腰、なんかあったんですか?」
「ん、あぁ。……ヘルニアを患ってしまってね。当分は事務仕事に専念しろって偉いさんに怒られたよ」
困った困ったと、明るく笑う楓季さん。
ふと、その笑い声が止まる。
「───────おめでとう、未音くん。
プロ入りなんだろ? すごいじゃないか、友紀奈も泣いて喜ぶよ」
「……やっぱりバレてましたか」
「いや、楓が帰ってきた時に言っててね。友紀奈はまだ知らないハズだ」
この人の前ではお見通しだった。
「……前に、読書が趣味と言ったけどね。
ホントは、サッカー選手になりたかったんだ。
でも、家の都合で鬼狩りになることを強いられてしまってね。
その辛さからか、自然と読書に逃げていたんだ。
読んでるうちは、夢の事を忘れられるからね。
だから、君がこうやって活躍してくれて、我が事のように嬉しく思うよ」
独り言のように言う楓季さんの表情は嬉しさもある。けれど、自分もこうなりたかったと、羨望も混じってる気がした。
「……オレがこうして来れたのは、楓季さん達のおかげです。
ただの、鬼と人間のハーフのオレなんかを拾ってくれた……飢えて、死ぬだけだったオレに光を与えてくれました。」
この人達には感謝しきれない。
……目頭に涙が溜まってるのが分かる。
「これからもっと、もっと頑張ります!
……楓季さんが、皆さんが誇れるような、そんな人間になって、みせます!!」
オレの言葉に、楓季さんは微笑んだ。
その頬には涙が伝っていたのだった。
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友紀奈が帰ってきて、そこからは楓さん除き四人で談笑をしていた。
オレが推薦されたと聞くと友紀奈は泣きながら“嬉しい!! お姉ちゃんにも言ってあげないと! あーあ、今日がバイトじゃなきゃ良かったのになぁ!!”って喜んでくれた。
……楓さんは知ってるとは、とても言える空気ではなく、三人して気まずく笑っていた。
「そういやさ」
ココアの入ったマグカップをテーブルに置きながら、友紀奈がオレの顔をチラリと見て、
「おにーちゃんのお父さんとかに恩返しするの? おにーちゃん」
「え」
一瞬、ピクリと身体が反応してしまう。
あんな奴らに恩返しなんてしたくない。
確かに、幼少の頃はしっかりと育ててくれた。
結構甘やかされた記憶がある、特にデパートの時なんかは欲しいものがあったら買ったりしてくれた。
けれど、そんな思い出があっても、どうしても彼らには恩返しなんてことはしたくなかったのだった。
「いや、しない」
「駄目だよおにーちゃん!!」
がぁーっと、怒った子ライオンのようにオレを睨んで、友紀奈が勢いよく立ち上がる。
「おにーちゃんがおっきくなるまでしっかり育ててくれたんだから、そこはしっかりと恩返ししなきゃ!!
……確かに、おにーちゃんをあんな状態になるまで追い出したんだし、わたしも正直に言うとおにーちゃんには酷いこと言ってると思う!
けどさ、やっぱりわたし、おにーちゃんには自分のお父さんとお母さんにも仲良くして欲しいと思うの!!」
「……友紀奈、すまないけどね」
「お父さんは静かにしてて!! 反抗期になるよ、わたし!!」
なにか辛い思い出があるのだろうか、楓季さんはそれだけですぐに黙って珈琲を飲み始めた。
「ブラックは沁みるなぁ、心に」なんて事を呟きながら、オレと二人で話してた時とは違った、どこか心底、悲しそうな涙をポロリと零した。
「…………………………」
友紀奈の言うことは分かる。
けれど、今更、和解なんて出来るだろうか?
「できるよ、未音おにーちゃんならさ!!」
オレの考えを見透かしたかのように、友紀奈が励ますような笑顔を浮かべる。
……参った、本当に参った。
友紀奈にそんな笑顔をされたら、オレは頷くしかない。
「……わかった、わかったよ友紀奈。
頑張るよ。あの人らに恩返しも、和解もすることも」
「……………………!!」
ぱぁっ、と明るい笑顔を浮かべ、
「うん! わたし、すっごく応援するね!!」
友紀奈は励ましてくれるのだった。
「あ、あと!!」
友紀奈は、人差し指をオレの目の前に立てると、
「学校にもちゃんと行かなきゃダメだよ!!
悲しいことがあっても、絶対にね!!
お姉ちゃんから聞いたよ、おにーちゃんがたまに授業サボってるって!!」
ぐわぁ、と先程の子ライオン同様の怒り顔となった。
……多分だけど楓さんは、友紀奈が黙ってないだろうなと思って言ったんだろうな。
「…分かった、それも、頑張るよ」
可能な限りで、そう内心で呟きながらオレは友紀奈に言う。
「はい! 指切り!!」
しかし、またもや考えは見透かされていたのか、もしくは偶然か。
少女は、甘ったれたことは許してくれなかった。
……こうなれば仕方が無い。
観念して小指を差し出す。
「ゆーびきりげーんまーんうそついたらはりまんぼんのーます」
そんな、恐ろしい謳い文句を友紀奈は歌い、約束を交わすのだった。
その直後、
───────ピンポーン
ふと、呼び鈴が響いたのだった。
……お客さんだろうか?
楓季さんは心当たりがあるようで由奈さんの方へ視線を向けて、出るのをお願いした。
「すまないけど、お願いしてもいいかい?」
「えぇ、分かったわあなた」
由奈さんが微笑んで立ち上がる。
それと同時に楓季さんが勢いよく立ち上がり、
「未音くん、実はね……キミにサプライズがあったんだ!」
手を鳴らし、茶目っ気な笑顔を見せる。
隠し持ってたのか、友紀奈がクラッカーを取り出して、その破裂音を、部屋に響かした。
「え、さ、サプライズ……?」
「あぁ、由奈が取りに行ってくれたのは君のプレゼントなんだ。
中身はね───────」
「逃げて!!」
楓季さんが言いかけていたが、由奈さんの大声で止まった。
見たことの無い、険しい顔つきを一瞬見せて楓季さんが玄関へ繋がるドアを開ける。
そこには、
「お前は……!」
驚いた声をあげる楓季さん。
そこには、指名手配されている連続殺人事件を起こしている男……名前は確か、伊藤 守人がいた。
背は恐らく二メートルは超えている。
その規格外の背に恥じない、ふさわしい筋肉が彼の来ている白スーツ越しでも分かる。
……そういえば、同級生が噂にしてたっけ。
伊藤守人は、その白スーツを返り血で真っ赤に染めている事から、あだ名となった“血染め男”の由来だと。
そのあだ名は確かにふさわしい。
何故なら、伊藤のすぐそばにある肉塊……▉▉さんだったモノの吹き出した液体で、見事に血染まっていた。
「探したぜェ……橘花ァ。
あの時の借りを返してやるよ。俺達の狩りでなァ!」
その手には、現代とは考えられない武器を持っていた。
まるで、桃太郎の鬼が持っていそうな金棒をソイツは持っていた。
……その金棒からは禍々しぃ気配を感じた。
「……お母さん?」
「友紀奈、見ちゃダメだ……!!」
呆けている場合じゃない。
とりあえずは、友紀奈を逃がさないと。
ふと、楓季さんと視線が合う。
向こうも考えは同じだった。
裏口……庭から、オレは友紀奈を抱えて逃げようと踵を向けた瞬間、庭には見知らぬ男が複数人立っていた。
「おいおい、言ったろう?
……俺達ってさ、つまりは俺はひとりじゃないって気付けよばぁかがよォ!!」
ガラス戸が割られる。
咄嗟に友紀奈に覆いかぶさって良かった、ガラスの友紀奈に刺さらずに済んだのだから。
「……いったい、誰から聞いた?
捜査官の内部の者か?」
「いいや、違うよ。
……明導院って情報屋が教えてくれたんだよ。
お前のお家はここだってさァ」
忌々しげに下を鳴らしながら、楓季さんが恨み言を吐き出す。
「……あのオカマめ、やってくれたな!」
「そういうこったァ!!」
金棒が、振り上げられる。
あれほど、まるで竹刀を振っているのではないかと思わせるほど軽やかに持てるなんて恐ろしい腕力だ。
金棒が、振り下ろされる。
それはまるで、激流の如く。
楓季さんを▉▉と同じ運命を辿らそうと───────
「─────甘い!!」
「う、ぐおぉぉぉぉぉ!?!?」
同じ運命を辿らされる、そう思ったが違ったようだ。
振り下ろされる直前、楓季さんは伊藤の腕を掴み、そして軽やかに投げ飛ばした。
見事なまでな合気道。
熟練されたバレエのような、そんな魅力があった。
「……へぇ、やるじゃん。
流石はかつて、茨木家殲滅作戦の時に大活躍した男だよ。
覚えてるか? 俺もその中にいたんだぜ?」
ゆっくりと起き上がりながら、伊藤が再び金棒を握る。
楓季さんは───いつの間に持っていたのか。
手に、刀を握り締め、刀身を伊藤に向けていた。
「……そうだったのか」
「あぁそうだ。
俺らは今、敵討ちしに来てんだよォ!!」
再び、伊藤が飛びかかる。
楓季さんは腰を低くし、刃を構えた。
「…………ぐうっ!? こんな時に……」
しかし病魔による腰への痛みが唐突に、死神の鎌の如く楓季さんに襲いかかるのだった───────
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
グチャリ、ぬちゃりと醜い音が響く。
ハンバーグのタネを作る時、似たような音が響くがまさにそれだ。
▉▉さんだったソレを、目の前の巨漢は愛おしそうにこねていた。
……友紀奈はきっと、喋ることを忘れてしまってる。
でも、静かにしてくれてるのが幸いだった。
男が熱心にこねているから? 否、指示がないから他の奴らもオレ達を殺そうとしに来なかった。
……多分、こいつの進行を邪魔してはいけないのだろう。
この狂人的な司会進行役が許さない限り、仲間であるハズの彼らは怯えながら、しかし目の前の餌にハァハァと、目の前の馳走を我慢している汚らしい、飢えた野良犬のような息遣いで、彼らは待機していた。
「……あぁ、そうだ」
ふと、唐突に思い出したのか伊藤がオレを見る。
ゆっくりと歩きながら伊藤はオレと視線を合わせるようにしゃがんだ。
「……あのさ、君が大事に抱えているその子、渡してくんない?
早く殺してあげないと、親子仲良く天国へ送ってあげないと可哀想だろう?」
「な、───────」
……何を言っている? コイツは異国の人間だったのか、言葉が理解できない。
友紀奈を強く抱き締める。
いや、オレたちは確かに同じ国の、同じ亜人種として認定されている、迫害されやすい同類だ。
ただ、脳が理解を拒んだだけだった。
……友紀奈だけでも、友紀奈だけでも逃がさないと。
でも、同時にそれは不可能だと脳が理解してしまう。
どいつも、オレなんかよりも体格がガッチリとしている。
走って逃げたところで、捕まるだろう。
鬼は、人の約1.5倍程の身体能力があるみたいで、成人した鬼の平均的な五十メートル走のタイムはだいたい五秒以内。
……オレは、スポーツもやってたし、鬼と人のハーフとはいえそのタイムを僅かに上回っている。
しかし、後ろには壁のように伊藤の部下が立ちはだかっているし、伊藤は多分、オレよりももっと早いと思う。
抵抗や逃走なんて、出来るはずがない。
……だが、そんな絶望的な状況でも絶対に渡さない、そう決意する。
例え、ボコボコにされて死のうが構わない。元々この命はこの少女によって救われたモノだからだ。
オレは力強く、首を振り伊藤の頼みを断った。
「うーん……何言っても、脅しても渡す気なさそうだなぁ。
時間もそろそろヤバいだろうし、しょうがない、君の▉▉には恩があるんだけど……」
伊藤が後ろのヤツらにやれ、と指示を飛ばす。
伊藤の言葉に、迅速に忠実に。まるで猟犬めいた男達の嬲りが開始された。
先ず、ナイフで右の肩を深く突き刺される。
次に、その右腕の骨を驚異的な力で折られた。
ここまでする必要があるのかと頭に疑問が湧いたが、元々、伊藤達は快楽的連続殺人鬼として有名だったし、愉しみたいだけなんだろう。
───右腕は力が出ない、右側がガラ空きになってしまい、そこから友紀奈が奪われそうになるが片腕で抱き直して、友紀奈に覆いかぶさり、その魔の手を拒んだ。
“やめて、もういいよ”と少女が声を震わせながら悲鳴のように、嘆願するかのように言う。
だが諦めることなんて、してたまるか。
この少女に、人生を救ってもらった。
ならばオレは今、この状況で友紀奈の命くらい救わなければならない、それが道理だ。
「兄貴ぃ……コイツ、しぶといっすよォ?」
「じゃあさ、先に足を砕いちまおう。
両腕砕いたところでタックルとかされても嫌だしさ……大人に歯向かったんだ、お仕置くらいは覚悟してるだろうしねェ?」
伊藤の言葉に、男たちは俺の脚の骨を折りにかかった。
───見事に脚の骨は折れた、痛い、痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い。
けれど、諦めるわけにはいかない。
絶対に、絶対に護ってみせる。
▉▉さんがミンチになった時に、轟音が響いた。
きっと、隣人の人が何かあったのだろうと察して通報するに違いない。
仮にしてたとしたら、時間はかなり経っている。伊藤が、ミンチで遊んでいたおかげで。
僅かな希望を抱いて、オレは耐える。
動かせるのは片腕だけになった、ほぼ絶望的な状況の中、一筋の光を見出して、耐える。
「しぶといなぁ…ならさ。もう片腕、逝っちゃえよォ!!!!」
───しかし、あまりにもしぶとかったのか伊藤は堪忍袋の緒が切れてしまったらしい。
伊藤の金棒による一撃で、オレの左腕は、胴体と分離された。
なんて奇跡、その一撃は友紀奈を巻き込まず、オレの肩ごと胴体と分断させたのだった。
そんなことよりも…マズイ、友紀奈、友紀奈が、危ない。
何も抵抗出来るはずもなくなったオレはサッカーボールのように蹴り転がされ、男たちは友紀奈と対面する。
男達の厭らしい、吐き気のする笑顔を前に、少女は静かな、怒りの炎を瞳に灯していた。
「……フゥン、怒る勇気はあるんだ」
「あるよ、お父さんをお母さんを、未音おにーちゃんをこんな風にした貴方を、わたしは許さない」
「……いいねぇ、せっかくだし最後の一言くらいは言わせてやるぜェ?
オレ、中学生の女の子殺すのはハジメテだからさぁ」
言って、男が床に転がっている刀を拾う。
それは、それは▉▉さんの刀だったものだ。
「……ゆ、きな……」
胴体をくねらせて伊藤の元へ這い寄る。
……噛み付いてやる。
痛みで、一瞬だけ怯むはずだ。
刀を離してくれたら嬉しい。
「未音おにーちゃん」
友紀奈の、声が聞こえる。
顔を上げると……瞳を涙で濡らした少女が、始めて会った時のような、明るい、太陽のような笑顔を見せて───
「ばいばい」
そう、別れを告げながら殺人鬼に首を切断された。
首を切っただけと思えば、身体を次々に裂かれる。
まるでそれは、調理しているコックのような刃物捌きだった。
「……やめ、ろ……やめろ……や、めろよ」
その子は、生肉じゃない、調理なんてする必要は無い。
だのに、男は辞めること無く調理を続ける。
胸糞悪い、最低最悪の乱雑切りを。
───最後に、左足首を縦に斬り裂いて、その解体ショーは終わった。
歓喜に満ちた男達が狂気の笑みで湧くが、すぐにピタリと止んでしまった。
何故なら、庭の窓から大鎌を手に構えた男が現れたからだ。
髪は煙のように白く、そして黒いコートを纏っていた。
……その顔を知っている。
以前、ニュースで見たことのある顔だった。
殺人鬼を即座に仕留める日本が誇る対亜人の英雄。
その名を───────
「……煌月、玄人……!?」
伊藤がその名を口にする。
それと同時に、オレを囲んでた部下達がその鎌によって全員、首をはねられた。
煌月の目を見ると、宝石のように蒼い眼は怒りがあらわになっていた。
その覇気は皇帝の如く。伊藤という野蛮な族は、その覇気の前に圧倒されてしまっていた。
「……クソがっ!!」
伊藤が、懐から丸い何かを放り投げる。
その丸い何かは煙を撒き散らして、オレたちの視界を奪った。
しかし、英雄がどこかからカチャリ、と何かを取り出す音が聞こえた。
何かが、風を切る音が聞こえた。
そのすぐ後に、なにか苦しそうに声を上げる伊藤の声が聞こえた。
「ぐぅお……こんな煙の中で、なんてやつだ、クソ!!」
忌々しそうに言い残し、伊藤はこの邸宅から出る。
……革靴が床を踏む音が聞こえるが、それは伊藤に向かうのではなく、オレに向かって近付かれていた。
……違う、オレじゃない。貴方はあの男を追ってくれ。じゃないと、友紀奈が、皆が報われない─────
「少年、話を聞こうか?
……といっても、まずは治療からだな」
「あ…アイツを……」
「すまない、人命を優先させてもらう。
君は生存者……まだ、助かるんだ。
しかし、上もオレもなんて無能なのだ。
こういうことがあるから、バディをつけるべきだろうに……!!」
言いながら、男はなにか、電話をかけ始めた。
「────アァ、アアァァァァ」
……自然と、悪くないのにこの人に怒りを抱いてしまう。
なんで、もっと早く来てくれなかったのか。
なんで、アイツを追わないのか。
なんで───なにも護れなかったオレを、助けようとするのか。
「あァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!!!!!!!!!!!」
ワケもなく、吼える。
犬のようにみっともなく、吼えちらかす。
───こうして、夕暮れと共にオレの絶望は終えるのだった。
そして新たに、オレは、誕生した。
復讐者として。