2 天使たち
「な、なんだよあれは……」
俺はあんぐりと口をあけ、窓外に広がる想像を絶する光景に見蕩れた。
突如として空に空いた巨大な穴からは、禍禍しい光芒と共に次から次に異形の未確認生物が大量に吐き出され続けている。
凶悪な大牙を生やしていたり角を無秩序に隆起させていたり目玉を身体中に付けていたり、どいつもこいつも規則性のないおぞましい象をしているが、共通しているのは、その背中に美しい純白の羽根を生やしていることだった。
「奴らは処刑官だ」
ミーは顎を上げて、つまらなそうに言った。
「これから、貴様ら人間に対する罰を与える実行部隊というわけだ。天使の位階は大天使。下層の天使どもで、戦闘特化型の天使で知能もそれほど高くない」
「か、下層? あ、あれで?」
俺はごくりと喉を鳴らした。
遠くから見ても――神々しさが半端ない。
「うん。上から8番目の位の天使になる。ま、下っ端だな」
8番目、と言われてもピンと来ない。
とにかく、奴らがヤバイのは分かるんだけど――
「ち、ちなみに、キミは何番目に偉いの?」
「私か?」
ミーは美しい右眉をぴくりとあげた。
「くくく。私は偉いぞ。偉さがパないぞ。聞いて驚け。私は――」
智天使のミーナクシュットガルド様だ。
ミーはそう言うと、すごく偉そうに胸をはった。
「けるびむ……?」
俺はきょとんとした。
ミーはムッとした様子で眉を寄せた。
「なんだ、そのリアクションは。もっと驚け。もっと戦け」
「い、いや、正直、ピンと来ないっつーか」
ミーは不満そうに顎をあげた。
それから人差し指を立てて、
「いいか。私はな、神に最も近いとされる熾天使長に次いで2番目の位階にあたる天使だ。とんでもなく偉いんだ。この全宇宙で3番目に偉いんだから、普通の人間なら、もう直視するだけで恐縮死してしまうほどに偉いのだ」
恐縮死ってなんだよ。
心の中で思ったが、口には出さなかった。
言っておくが、とミーは立てた人差し指をくるっと回した。
「あの大天使ども。あやつらも、下層の天使と言えど、本来ならば人間が視認することすら畏れ多い存在なのだぞ。無論、その戦闘力も貴様ら人間の比ではない。まあ、貴様らの文明ではまず勝ち目は無いな」
「そんなに――強いの?」
「当たり前だろうが」
ミーは眉根をきゅっと寄せ、俺を睥睨した。
「天使とは神の遣いだぞ。奴らならものの半月で地球上の人間を全て駆逐出来る。旧約聖書に出てくるだろう」
「せ、聖書って――」
インドラの矢だよ、とミーは言った。
「この世を焼く神の雷だ。貴様らは、相応の罰をその身に受けねばならん」
俺ははあ、と間の抜けた声を出した。
ミーから吐き出される言葉はどれもこれも頭に入ってこない。
現実味がまるでない。
一言で言えば荒唐無稽だ。
非現実であり得ない物語だ。
単なるファンタジーだ。
しかし。
なのに。
俺はまた窓の外を見た。
目の前の悪夢のような光景が、ミーの話を雄弁に肯定している。
「あ、あれ、自、自衛隊でも、勝てないよね?」
「なんだ。神と喧嘩しようというのか」
「そ、そういうわけじゃないですけど――このままじゃ僕ら人間は、滅びてしまうわけでしょ?」
「自業自得だろうが」
ミーはふんと鼻を鳴らした。
「ま、人間が私たちに勝つなんて無理ゲーだな。負けイベントだ。日本の軍隊? は。例え世界中の軍隊が力を合わせても無理だ」
「や、やっぱり? それって、核兵器を使ってもってこと?」
「核兵器もナパーム弾も劣化ウラン弾も全て効かん。あ、いや、核は少し効くか。原子力爆弾を一斉に十発命中させたら、一匹くらいは死ぬかな」
「い、一匹? 核爆弾十発で、たった一匹だけ?」
俺はごくりと喉を鳴らして、再び窓外を見た。
あの天使ども――
数万匹はいるぞ。
ちなみに、とミーが言った。
「私は一人で下位天使を全員、瞬殺出来るくらい強いぞ」
「う、嘘だろ?」
「嘘言ってどうする。言っただろう。私は第2位の天使だ。格が違うのだ」
「じゃ、じゃあ、キミは、一人でこの地球を滅ぼせるの?」
「地球どころか、太陽系もろとも吹き飛ばせる。つか、ぶっちゃけ、天の川銀河系までなら軽く灰燼に帰すことが可能だ」
ミーは目を細めた。
なんにしても、だ。
ミーはそこまで一気に喋ると言葉をとめ、俺を見た。
「人間は今日でおしまいということだ」
そして、あくびを噛み殺しながら、最後通告を行った。
「これより、天使による人類虐殺を開始する」