1 終わり
部屋でゲームしてたら窓から美少女が入ってきた。
よっこらしょ、と言いながら入ってきた。
ゴスロリっぽいヒラヒラのスカートを履いているので、サッシを跨ぐとき、ちょっとパンツが見えそうになった。
俺は少女を見て固まった。
ヘッドセットをしてるので耳からは爆音が響いている。
オンゲなのでよそ見をしてたら仲間に怒られるんだけど――俺は彼女から目が離せなかった。
「よっ」
美少女はそう言って、右手を上げた。
俺はそこでようやく、ヘッドフォンを外した。
「あ」
俺は目をパチクリさせた。
「あんた、誰だ」
「私は〇☆↓★×♂∑だ」
少女は腰に手を当てて、ふむ、と言いながら部屋のぐるりを見回した。
「なかなか居心地の良さそうな部屋ではないか。広すぎず、狭すぎず。アジトにするにはちょうど良いわ。うし。今日からここをミーの寝床にするぞ」
少女はそのままトコトコ歩いて、ぼすん、とベッドに座った。
「ちょ、ちょっとまて」
俺はごくりと息を飲んだ。
「い、いきなりなんなんだよ、お前。誰なんだよ、お前は。とにかく、名を名乗れ。警察呼ぶぞ」
「だからミーは〇☆↓★×♂∑だと言ってるだろ」
少女は憮然と答えた。
「な、なに? 良く聞こえねーぞ」
「〇☆↓★×♂∑だ」
「い、いや、何語だよ、それ。つか、なんかその言葉聞いてると、頭が変になりそうなんだけど」
俺は思わず耳に手を当てた。
少女が意味不明の言葉を発するたびに、気が触れそうになる。
「だから〇☆↓★×♂∑だ。〇☆↓★×♂∑」
「や、やめろ! やめてくれ!」
俺は頭を抱えて蹲った。
なんか知らんが、その単語が死ぬほど不愉快だった。
俺が煩悶していると、少女は「ああ」と短く数回頷いた。
「そうかそうか。この世界には〇☆↓★×♂∑なんて言葉は無かったな。えーと、ちょっとまてよ……地球の言葉でなんつったっけ」
少女はしばらく考え込んだ。
それからそうだそうだと一人ごちると、「私は使徒だ」と続けた。
「し、使徒?」
「そ。それが一番ニュアンスが近いかな。神からの遣い。天使」
「て、天使って――」
「名前はミーだ。ミー様と呼べ」
少女は威張るように薄い胸を張った。
俺はどうするべきか迷った。
警察を呼ぶべきか。
或いは、大声を出すべきか。
この状況なら、恐らくほとんどの人間がそのどちらかを選ぶ。
「そ、その天使さんが、なんでこんなところに」
俺は第3の選択肢を選んだ。
即ち。
話を聞いてみようと思ったのだ。
無論、彼女の話を真に受けたわけではない。
けど――この少女は、どこか不思議だった。
何と言ったらいいか、神聖な感じがした。
思わず平伏しそうになるっていうか。
なんつーか。
神々しいのだ。(あとちょっとタイプだし)
「この世界を滅ぼしに来た」
と、少女はとても物騒なことを言った。
「野蛮に堕落した人間どもを駆逐するために遣わされたのだ。だから、世界の人間を皆殺しにするまで、ここを使わせてもらう」
「へ、へぇ」
声が裏返った。
ヤベえ。
やっぱり、相手にしちゃいけないコだった。
目が。
目がマジのそれだ。
「人間どもは父なる神の期待に応えられなかったのだ」
少女は勝手に続けた。
「まったく、これだけ自由を与えてやったのに、貴様らは病も貧困も差別も戦争も、何一つ克服出来てない」
阿呆どもめが、と、少女は悪態をつく。
「慈悲たる神にも我慢の限界というものがある。もはや、お前たちの判決は下っている。もう直きだ。もう直きに終末の喇叭が鳴る。それが合図だ。その音が世界に鳴り響いたとき――」
空に大穴が開く。
少女は足を組み換えた。
そのとき、またパンツが見えそうになる。
俺は彼女――ミーにバレないように、ベッドの下からスマホを引っ張り出そうと手を伸ばした。
「ふぎゃ」
その手を踏まれた。
「なんだ。警察を呼ぶか」
「で、出来れば」
「もう少しまて。もうすぐだ」
ミーはちらと壁掛け時計を見やった。
俺も釣られてみた。
午後1時25分。
その長針がカタリと6度動いた瞬間――
パーパーパー。
窓の外から、凄まじいラッパの音が鳴り響いた。
「来た」
ミーは呟いた。
俺は慌てて立ち上がり、窓から身を乗り出した。
すると。
「マ、マジかよ」
空に。
穴が開いていた。
この世の黒を全て集めたような暗黒。
雲ひとつない空に、巨大な大穴が開いている。
そしてその穴から。
夥しい数のグロテスクな天使たちの群が、まるで地獄から這い出る怪物のように排出されたのだった。