閑話 頑張れ! 政見放送たん1
総裁選で勝った板場 虎之助は、前総裁兼日本国首相の高梨 宗介に引き継ぎを受けていた。
「いいですか。心して聞きなさい、虎之助くん」
「はい、高梨さん」
「首相道とは、叩かれることと心得なさい。日本は守れて当たり前。問題が起これば叩かれる。どんなに偉業を達成しても、褒められるなどないのが政治家というものだ。滅私奉公。プライベートをなくすという意味ではなく、私的なことまで叩かれ責められながら、日本のためにすべてを捧げることと思いなさい。そうだね、例えば君なら、名前が人を怯えさせる、なんて叩かれるかもしれない。それでも、耐えなくてはいけないよ。どれだけ国民に理解してもらえず、叩かれても、国民に尽くさなくてはならないよ」
「はい」
そんなまさか。そう思いつつも、盛大に叩かれる政治家はいても、マスコミに盛大に褒め称えられる政治家、政策を思いつかないのは確かだった。
日本を守れて当たり前。誰にも評価されずとも。
そうだ。この肩には、日本国民全ての命が乗っているのだ。
覚悟はもとよりしていた。それがより強固になっただけだ。
「ああ、年寄は説教臭くていけないね。今日でこの景色も見納めか……美しい夕日だ」
執務室から外を眺める。
それぞれの秘書二人も感慨深く空を見つめた。
空が切り取られたかのように、四角く白いウィンドウが現れた。
秘書が素早く携帯で記録する。
「首相! あれは一体何でしょうか?」
「イベントの話は聞いておりません」
白い空間に、人が移る。
月のような白っぽい黄色の髪。髪型はおかっぱ。凛々しく引き締まった顔の少女。
まだ幼く、高校生かおそらくは中学生なのではないだろうか。
『本日より、東京の魔導ネットは、我らがムーンチルドレンが先制奪取した。私は司令官のムーンだ』
「田中くん。自衛隊に待機連絡」
「記録とどちらを優先しましょう」
「私が連絡します」
SPが連絡をしてくれる。
魔導ネット? ムーンチルドレン? 一つ確かなことは、空に映像を投影する技術なんて地球には未だないということだ。映画の中では当たり前のように常用されていても、現実では実現できていない技術などいくらでもある。
赤毛のくせっ毛の女の子が、蹴りやパンチをデモンストレーションする。武術の心得はあるようだ。素人以上プロ未満。
『ハートを燃やせ! 隊長のあかだぜ―!』
ゆるふわパーマの白髪の子がほえほえと笑うって手をふる。
『衛生兵のしろちゃんですよー。皆のハートをよしよししちゃうよー』
人間にはありえない青のショートカット。根本からの自然な感じは、地毛を思わせる。パンパンと指で何かを撃つ動作をする。
『ハートをスナイプ……スナイパーあお!』
紫色の長いストレートの気品ある少女は、胸を抑えてこちらを見下ろしてくる。
『気高く万物を見下ろす……偵察兵のむらさきですわ』
嘲笑しつつ、ムーンは口を開いた。
『我らは、今後東京、ゆくゆくは日本の魔導ネットを支配していくつもりだ。覚悟してくれ給えよ?』
そして、声を合わせ、指で四角を描く。
『『『『『みんな一緒に! ウィンドウオープン! ムーンチルドレンで検索してね!』』』』』
番組の宣伝か!!
「首相、防衛大臣をお呼びしますか」
「頼む。まだ引き継ぎ中のはずだから、新旧ふたりとも呼んでくれ。どこかの企業の宣伝なのかどうかも探ってくれ」
「かしこまりました」
「ウィンドウオープン! うわっ」
「前首相! 危険です!」
「私はいいんだよ、もう過去の人間だからね。見給え、空中にウィンドウが現れた……。動画サイトのようだね。出来たばかりのようだ」
「まさか、どこかの企業でしょうか?」
「それはないだろう。あまりに技術が高すぎる」
虎之助は秘書の言葉に首を振り、高梨前首相の作り出したウィンドウを見る。
そこには、たった一つだけ動画が載っており、たった一つだけチャンネルがあり、そのチャンネル、ムーンチルドレンでは『ふたなりレンジャー爆誕! 皆よろしくね♡ 次回侵略は次の日曜日!』と書かれていた。
「自衛隊は次の日曜日までいつでも出撃できる状態にしておくように。あと、JAXSAにも状況を注視しておくように連絡を。最後に、外務省はアップをしておけ。あと、やらかした企業がいないか念の為チェック」
そう言いながらも、ありありとお花畑なエイリアンアイドルが巡業に来たという荒唐無稽なストーリーが頭から離れず、イライラと言葉を付け足す虎之助だった。
「あと、エイリアン(仮)に映倫法と著作権と猥褻物陳列罪に該当しないように念入りに、念入りに注意しておけ! 魔導ネットだが、日本の管理をできるだけねじ込め、報告は常に上げろ」「虎之助くん」「高梨前首相……」
高梨前首相は、しっかりと目を見て告げた。
「まだ時間はあります。深呼吸して」
「しかし」
「深呼吸して」
すう、はあと息を吸って吐く虎之助。
「忍耐です。忍耐ですよ、虎之助くん。これがエイリアンの悪質ないたずらだとしても、相手の技術力は確かです。怒っては敵を増やします。味方を増やすのです。いくら腑抜けと言われようと、日本はそうして生き延びてきた。あくまでお願い。あくまで援助。忍耐と笑顔を忘れてはなりませんよ」
「わかり、ました」
「私は君が羨ましい。日本を頼みますよ。では、私は引き継ぎの資料を引き続き準備するので、君は会見の準備をしたほうが良い」
「そうだ、首相会見か。すぐに準備をしてくれたまえ」
「はい!」
「……であるからして、政府は、いつでも対話のチャンネルを開いております。くれぐれも、くれぐれも、18歳未満に見せられないような破廉恥な放送はご遠慮願います」
首相会見が終わり、足早に部屋に向かうと、先客がいた。
SPが首相を即座に囲う。
スーツ姿の女性のピエロが、そこに立っていた。
「政府はいつでも対話のチャンネルを開いているそうですね」
「そうだが。君は?」
「私は、ギルド政見放送の政見放送と申します。毎週日曜日、エイリアンの視点から日本の政策について論じていく企画を考えています。来週日曜日、是非首相の新内閣の目玉の政策についての討論を放映したく思います。ご協力願えますか?」
「それは承知した。だが……」
「ありがとうございます。では、来週日曜日、朝七時に第一会議室で」
そして、ピエロは消えた。
「首相! 忍耐です、忍耐!」
「うぎぎ警備システムを一新する! それとエイリアンに対して醜態は見せられん、政策に対する質疑応答について練るぞ!」
夜遅く、首相官邸に帰ると、娘が出迎えてくれる。もう夜も遅いのに。
「ぱぱー! お疲れ様!」
「雫ちゃん、パパ、今日も頑張ったよー!」
小学生の雫は、とても賢くて良い子だ。アナウンサーになるというのが少しだけ心配だが、娘の道を親が決めることなんて出来ない。親にできるのは、子供の選択肢を一つでも多く増やしてあげることだけだ。
「パパ、私、立派なアナウンサーになるから。覚悟しててね!」
「今日は雫、貴方の政策について一生懸命学んでいたのよ。将来はきっと政治家ね」
「アナウンサーだってば! 私、絶対に立派なアナウンサーになるの! 笑わない練習だって表情を作る練習だってしてるし、英語だって頑張ってるんだから!」
「そうだね」
それは政治家にも重要な資質だ。
何故か、何か引っかかりを覚えたが、私は秘書と帰った後も政策の応答について打ち合わせをしていた。
娘もかじりついて聞いていた。
うむうむ。小学生からこうなのだから、この子はきっと立派なアナウンサーなり政治家なりになるだろう。