深窓の令嬢は婚約破棄をしたい!〜夢はでっかく世界一周〜
はじめまして、わたくし“深窓の令嬢”でございます。
皆様、“深窓”の意味をご存知でしょうか?
『家の奥深いところ』という意味でございます。
さて、わたくしの身の上話となりますが、生まれてこの方、わたくし一度も家から出たことがございません。
加えて申し上げるのならば、自室から一度も出たことがございません。
え? 汚い?
それは大丈夫です。部屋にはお風呂もトイレもありますし、小さな台所もございます。
加えて申し上げるのならば、結構広々としておりますので、一人で暮らすには十分な部屋でございます。
ただ、難を申し上げるとすれば、窓がないことでございます。
自室から出たことがないわたくしは、外の景色を見たことがございません。
知識としてでしたら、外がどのような世界か存じております。
亡き祖父が残してくださった膨大な本がこの部屋の隠し倉庫にあったので、毎日そちらを読んでおります。
本曰く、外の世界には空があり、風があり、緑があり、雨があり、街があり、川があり、そして海があるとのこと。
わたくし恥ずかしながら、海という大きな水溜りの中で泳ぐのが夢の一つでございます。
話が逸れましたね、失礼いたしました。
わたくしがなぜ自室から出たことが無いかと申し上げれば、単に魔力持ちだからでございます。
この国では千人に一人の確率で魔力を持って生まれる子供がおりますが、魔力を持って生まれた子供は皆殺されるか、隠されます。
なぜなら、魔力は異端な力だからです。
この国を創りたもうた神様は、人間とは別に、魔力を持って生まれた悪魔もお創りになりました。
そう、魔力を持って生まれた者は、悪魔なのでございます。
悪魔の魔力は甚大で、子供には制御できず数々の不幸をもたらしました。
ある者はその魔力で親を殺めてしまったり、ある者は街を焦土と化したり、ある者は己自身を壊してしまったり。
負を呼ぶ悪魔が生まれた時、平民の親は子を捨てるそうです。
そして貴族の親から生まれた悪魔は、隠されるのです。
それが、わたくしでございます。
なぜ隠すかと申し上げれば、魔力持ちの子供も成人である16歳頃になれば魔力を自在に操れるようになり不幸をもたらさなくなるため、成人するまで隠して育てて、魔力を己で隠せる時に晴れて外の世界に出すそうなのです。
そして明日が、わたくしの成人になる誕生日でございます。
いよいよ外に出られるのでございます!
ですが、わたくしには気掛かりなことがございまして……。
それは……
「まあ! リリーちゃん! 目の下にクマができているわ! 可愛い顔が台無しよ! 今夜は早めに寝なさいね」
「はい、お母様」
申し遅れました、わたくし名をリリアン・ソリダオンと申します。
ソリダオン侯爵家の長女。
家族からはリリーと呼ばれております。
「明日は王城に伺うのだから、完璧に仕上げていかないとね!」
「はい、お母様」
こちらはわたくしの母で、親バカ……ゴホン、とても可愛がってくださってる親でございます。
わたくしの実母は、わたくしを産み落とした時に亡くなってしまいましたので、こちらの母は父の後妻でいらっしゃいます。
魔力持ちの子供を孕った者の多くが、出産の際にその力に耐えきれず亡くなるそうです。
わたくしの母も、わたくしの魔力に耐えられず亡くなったと聞きました。
こちらの義理の母は、わたくしとは友人のように接してくださり、自室に会いに来てくれる度に新しいドレスやアクセサリーを贈ってくださりました。
そんな義母は、明日の予定が何年も前から楽しみで仕方がなかったようです。
なぜなら、
「明日は婚約者でいらっしゃるグラサ殿下と初対面でしょう? とびきり可愛くしていかなきゃね!」
そう、わたくし、この国の第三王子殿下であらせられるグラサ・プルデンシア様の婚約者なのです。
そして明日、顔合わせをしなければならないのです。
なんという憂鬱。
わたくし何を隠そう、この暮らしが結構好きでした。
窓もない部屋に閉じ込められて、それが好きとは如何なものかとおっしゃる方もいるとは思います。
わたくしも初めはそうでした。
未知とは甘い蜜のようで、知らない場所へ、まだ見ぬどこかへ行きたいと思うのは人間の性でしょう。わたくしも幼い頃は部屋から出たいと幾度となくわがままを申しました。
けれど、この暮らし、結構楽しいのです。
衣食住には苦労しませんし、一日中好き勝手していても誰も咎めません。
成人近くなり魔力も安定すると、火水土木風氷金、を自在に操れるようになりなったので、不便など一つも無いのです。
毎日本を読んで、魔力を磨き、美味しいご飯を食べ、寝て、起きて、本を読み、魔力で遊ぶ日々。
最高以外に言葉がありますでしょうか?
ですから、わたくし、明日からの生活が嫌でしょうがないのです。
王族の婚約者は、成人になると王城で暮らし、花嫁教育を受けねばならないのです。
外の世界に出たら、もちろん魔力は隠さなければなりません。
己が魔力持ちだということは、悪魔だということは親族以外に口外してはならない最大級の秘匿なのです。
毎日魔力で遊んでいたのに、王城で暮らしたら魔力を使ってはならないなんて……それって何の嫌がらせでしょうか?
水を飲みたい時は、魔法を使わずどうやって水を手に入れるのでしょう?
寒くて暖炉で暖まりたい時は、どうやって火を起こすのでしょう?
ガラスのコップを落とした時は、どうやって割れたガラスを元に戻すのでしょう?
暑い時は風を起こさず、氷も魔法で作り出さず、どうやって涼むのでしょう?
植物を育てたい時は、どうやって土を生み出し緑を育てるのでしょう?
歩くのが面倒になって宙に浮きたくなったら、魔力持ちではない人はどうしてるのでしょう?
謎でございます……。
嫌だ嫌だと駄々を捏ねられるわけもなく、寝ると嫌がっていた明日がやってきました。
わたくしはその日初めて自室から出たのです。
「リリーちゃん、さあ! こちらへいらっしゃい!」
母の優しい声に呼ばれ、わたくしは分厚い部屋の扉から一歩足を踏み出しました。
廊下と言われる場所に出ると、母は両目いっぱいに涙を流してわたくしを抱き締めました。
背中に回された腕が腹を締め付け痛かったけれど、それ以上に母が喜んでくれたことが嬉しくて、わたくしの目からも生温かな涙が流れていました。
わたくし、外に出たのです。
わたくし、もう深窓の令嬢ではないのです!
感動の一歩を噛み締めていると、父がわたくしの肩に手を置きおっしゃいました。
「くれぐれも、くれぐれも魔力持ちだと悟られぬように」
自室から出て見た父の顔は、母と同じく涙で濡れておりました。
初めての屋敷の中の散策、もとい通過に、右へ左へと目と顔をキョロキョロさせていると、母が笑いながら、
「リリーちゃん、いつでもこの家に帰って来ていいからね。お城の勉強が辛くなっても、楽しくても、ここがリリーちゃんのお家だからね」
真っ赤に目を腫らした母は、何度もわたくしに言い聞かせてくれました。
屋敷から出ると、そこは外です。
外の世界です。
頬に当たる生温かな風。
見上げれば青い空。白い雲。
屋敷の庭と呼ばれる所には、青々とした木々と草花。
眩しいほどの陽の光。
そして、馬車。
初めて見た人間以外の生き物に、わたくしの胸は高鳴りました。
これが馬というのですね、想像したよりも大きいです。
乗り込んだ馬車はフカフカで、窓がありました。
わたくしが魔法を使わずとも動く馬車と、窓からの動く景色に、頭がクラクラしてしまいました。これが“酔う”という現象でしょうか。
両親に連れられてやって来たのは、この国の王城。
白くて大きくて、全体像を把握することが困難でした。
こんな大きな建物に、何人の人間が住んでいるのでしょう?
今日からわたくしもその一人となるのですね。
案内された部屋は、壁から柱から置物から家具まで全てが豪奢な飾りの、目が眩むようなキラキラした部屋でした。
勧められた通り椅子の前に立つと、侍女が椅子を引いてくれました。
至れり尽くせりとはこのことです。
わたくし、自室では自分のことは自分で全て行なってきました。
なぜならいつ魔力が暴走するか分からないからです。
幼き頃は乳母が命懸けでわたくしに教育をしてくださいました。
いつ魔力が暴走してもおかしくない危険な悪魔の子を育ててくれた乳母には感謝しても仕切れません。
なので、わたくし侍女に世話をされたことが無いのです。
と申しましても、もちろんわたくし専属の侍女はおりました。
けれどわたくしの侍女は、わたくしの自室には入らず、部屋の前にご飯を置いていくだけの人だったのです。
王族の婚約者であるわたくしは、きっと王城に住む限り侍女に至れり尽くせりになるのでしょう。
なんと申しますか、こそばぬい気持ちです。
「そなたが噂の深窓の令嬢か」
目の前の席に座られた殿方が、わたくしが挨拶する前に声をお掛けになられました。
わたくしは本で習った“作り笑顔”で、優雅に椅子から立ち上がり礼をしました。
「お初にお目にかかります。リリアン・ソリダオンと申します」
「ソリダオン家の秘蔵の娘と耳にしたからどんなに美人かと思ったが、大したことないな」
目の前の殿方は、そうおっしゃると、わたくしを値踏みするような眼差しで見ました。
その視線が居心地悪く、わたくしは視線を落としました。
「知っていると思うが、俺は王位継承権第三位、グラサ・プルデンシアだ。なぜ第三位か知っているか?」
「三番目にお生まれになられたからかと」
「そうだ。だが、我が母は王妃。つまり俺こそが真の王位継承者だ」
「はぁ……」
「お前は王妃になる覚悟はあるか?」
家族以外の他人と会話するのが初めてでしたので、受け答えに自信が無いわたくしは答えに困りました。
王妃になる自信?
無いに決まってるじゃありませんか。
と申しますか、美人じゃなくて悪うございましたね!
家族以外と面識がないわたくしは、美醜に関して本の知識しかございません。
たしかに本の中のお姫様のような可愛らしい容姿ではございません。
自己評価といたしましては、中の下くらいの顔でございます。
けれど、初対面のレディーに対してその言い草はあんまりではございませんこと!?
わたくしはカチンときました。
ので、こう答えました。
「王妃になる覚悟はございませんが、世界を手に入れる覚悟はございます」
「なんだと?」
「殿下、わたくしも問わせていただきます。国の長ではなく、世界の長になるご覚悟がございますか?」
「なっ……」
不敬は承知。けれど、先に不敬を働いたのはそちらなのだから、少しくらいの無礼は許していただきたいです。
「……そなた、俺を覇王にすると申すか」
「覇王ではなく征服者でしたら、お手伝いできるかと」
「如何にして、我を征服者とする?」
「殿下、世界を征服するとは如何なことでしょう? 国を乗っ取る? 人々を支配する? いいえ違います。
征服者とは、世界を知る者でございます」
わたくしは思うのです。世界を手に入れるとは如何なことかと。
世界を支配下に置いた者?
世界中の人々の頂点?
どちらも違うと思うのです。
真の征服者とは、世界を知り、世界の一部となり、世界をまたにかける人物ではないかと。
それはわたくしの夢でもあります。
一度も自室から出たことが無かったわたくしは、世界がどのようなものか知りませんでした。
いいえ、知識はございました。どんな国があり、どんな言語で、どんな人々が、生活をしているのか。知識はありましたが、見たことがありませんでした。
だから知りたいと思いました。
未知とは甘い蜜のようなもの。未知の世界を知るということはどれほど素晴らしいことなのでしょう?
自室での引きこもり生活に慣れて忘れていましたが、わたくし世界を知りたいと強く思っています。
「──フン、大口叩く割に、中身は夢見る乙女か。世界を知るとは如何様にするつもりか」
「まずはこの国の全てを己が目で見て周りとうございます。それからは世界を周り、世界を知りとうございます」
「旅行か?」
「いえ、調査でございます」
「なるほど……わかった。つまり俺と世界中を見て周りたいということか。可愛げがないかと思えば、なかなか愛いことを言う」
「え?」
「良かろう! 俺を征服者にすべく、世界をまたにかけることを許す! 俺と共に世界を知り尽くそうぞ!」
……あれ?
わたくし、そんなつもりは毛頭ございませんが?
あれ?
なんで殿下楽しげに笑ってらっしゃるんですか?
え?
視察と外交を兼ねて、来週から早速旅立つ?
ええ?
わたくしと殿下と護衛と侍女のたった数人で行く?
えええ?
怒涛の展開過ぎて頭が追いついていかないのですが!?
「この旅が終わる頃、俺は世界の征服者に。そなたは我が妻になっていよう!」
「あのぉ……」
「なんだ?」
「別行動でお願いします!!」
かくして、わたくしと殿下の珍道中が始まったのであります。
誰ですか? 世界を知りたいとか申した輩は。
誰ですか? 征服者とか申し出した輩は。
誰ですか? 殿下を担がせてしまった輩は。
……はい、全てわたくしでございます。
何はともあれ、世界中を見て知ることができる旅が始まりました。
わたくしの一番の気が掛かり、それは殿下と同じ馬車ということでございます。
「おい、お前。お前は俺と同じ馬車だ。俺の隣に座ることを特別に許す」
「はぁ……」
「フフン、そう喜ぶな。照れるであろう」
殿下はわたくしの気持ちを察する能力というものが備わっていないようで、勝手に話を進めては一人でおっしゃる方でした。
「殿下、せめて『お前』と呼ぶのはおやめくださいませ」
「なぜだ?」
「なぜって……」
「俺が『お前』と呼ぶ者はお前一人だけだ。何も困ることは無かろう?」
毎回『お前、お前』言われて、『お前』のゲシュタルト崩壊が起きそうなんです!
などと正直に申し上げられないわたくしは、溜め息を吐く他ございません。
「殿下に名を呼ばれたいのでございます。殿下のその濡れた唇で名を呼ばれたらと想像するだけで心が震えるのです」
と歯の浮くような愛らしくわざとらしい弁を述べてみました。
これ以上、お前と呼ばれないためであります。
すると……
「そ、そうか。そんなにも俺に名を呼ばれたいか。仕方のない奴め」
「どうかリリアンとお呼びください」
「ああ、わかった……リ、リリアン」
「ありがとうございます殿下!」
はぁ……名前を呼んで貰うだけで一苦労でございます。
これで本当に世界を見て回ることなどできるのでしょうか?
「おい! おま……じゃなくてリ、リリアン!」
「はい、なんでございましょう殿下」
「そなたは俺の隣にいろ。勝手に出歩くな」
この旅が始まってから、何かに付けて殿下はわたくし隣に侍らせたがります。
腰巾着だとでも思ってらっしゃるのでしょうか?
わたくしとしては、どうにか殿下と護衛の目を騙くらかして、魔法を使いたいのでございます。
馬車の旅は不便で不便で仕方ありません。
しかも殿下の手前、着飾らなければなりません。
連れてきた王城の侍女の手を借りながら、慣れぬ旅先で毎日着飾らなければならない苦痛は、きっと殿方にはお分かりになりませんでしょう。
ああ、なぜ殿下と一緒でなければならないのか。
馬車の中が暑いから風を起こそうと思っても、隣に殿下がいるため叶いません。
水を飲みたくても、殿下が同じ馬車にいては水を作り出すこともできません。
なんという不便!
なんという不都合!
「あの殿下……」
「なんだ? 俺のことも名前で呼びたいのか?」
「いえ、お願いがあるのですが……」
「良い、呼び捨てにしたいのだろう?」
「まったく違います」
「何!? 他にどんな願いがあるというのだ!?」
「わたくしも侍女と同じ馬車に乗りたいのですが……」
「ダメだ」
「お願いでございます殿下!」
「ダメだ」
「どうしてもでございますか?」
「……名を呼ぶなら考えてやらんでもな……」
「グラサ様! お願いでございます!」
「…………ダメだ。グラサと呼べ」
「グラサ、お願いです」
「……しょうもない奴め。明日だけだぞ」
「ありがとうございますグラサ!」
たった一日馬車を違えるだけでこの調子。
これは所謂、DVというやつでは?
そうこうしている内に、国の町の半分を見て回れました。
物資の関係上、一度城へ戻ることになり、わたくし達は半年ぶりに王都へ戻りました。
「良いかリリアン。顔合わせから半年が過ぎた。どういう事か分かるな?」
「いいえ、分かり兼ねます」
「結婚の儀式を執り行えるという事だ」
「はぁ……」
「まだ国の半分の視察が残っている。それにこれから他国に行くとなると、それ相応の危険も伴う。何かあってからでは遅い」
「はぁ……」
「であるから、早々に結婚の儀式を執り行おうと思う。異論はないな?」
「あります!」
「何!? なぜだ!」
「前から申し上げようと思っておりましたが……」
「なんだ、遠慮せず申せ」
「婚約破棄させてください」
「なんだと!?」
お父様、お母様、ごめんなさい。
わたくしもう耐えられません。
好きなように好きな場所で好きに生きたいのです。
「わたくし実は……」
「良い。皆まで申すな、分かっておる」
「え?」
「そなたは隠し事が上手くないようだな。視察団の者は皆気付いていた」
「え? まさか、そんな……」
「ああ、皆知っている。俺のことが大好きだということをな」
「……は?」
「良い良い、照れるな照れるな。俺に構って欲しくて言っているのであろう? 困らせたくて堪らないのであろう? 愛い奴め」
「あの……お話がよく拝見できないのですが……」
「心配せずとも夫婦になる故、そなたは何もせずとも良い」
このバカ王子、全然人の話聞いてないんですけど……。
「あの、わたくしグラサとは結婚したくないと申したのです」
「何!? なぜだ!」
「なぜって、デリカシーも無いし、パワハラだし、人の話聞かないし、勘違いばかりするし。何より、わたくしのこと好きではありませんよね?」
「は?」
「え?」
「何?」
「へ?」
「好きに決まってるであろう!」
「ええっ!?」
まさか、好きな相手にそんな態度を取っていたとでも!?
ただのわがまま全開王子だったではありませんか!
「俺はお前が好きなのだから、お前は俺の妃だ」
「で、ですが……」
「まだ何か言いたいことがあるのか?」
ええい、ここまでくれば申し上げましょう!
「わたくし、魔力持ちなのです。悪魔なのです。グラサ殿下の妃には相応しくございません!」
言った! 言ってやったぞ!
けれど、これは親族以外他言無用の秘匿中の秘匿。
もしかして悪魔だと分かったら処刑とかされてしまったり?
はたまた一生牢獄暮らし?
戦々恐々とするわたくしへ、殿下はこうおっしゃいました。
「なんだ、そんな事か。俺も魔力持ちだぞ」
「え?」
「王族はほとんどが魔力持ちだ。まぁ一般には公表していないがな。なんだ、知らなかったか?」
知りませんよ!
そうならそうと早く言ってください!
あの暑かった馬車での地獄の時間を返してください!
「これで我らを阻むものは無くなったな」
「……はい」
「共に天下を取るのであろう?」
「世界を知ろうとは申し上げました」
「何が違う。俺とお前、二人で世界を手に入れようぞ!」
かくして、わたくしの婚約破棄は夢と散りました。
これから一生このわがまま王子に仕えるのかと思うと胸が張り裂けそうです。
けれど、こうとも思いました。
この人となら魔法を思う存分使えてる上に、夢の世界一周も夢じゃなくなると。
「グラサ」
「なんだ、惚れ直したか?」
「はい。一生ついて行きます」
「フフン、俺の魅力をようやく理解したか。良いだろう、俺と共に歩むことを認める。途中で違えることは許さぬ。心してついて来い!」
「はい、グラサ」
わたくしの旅はまだ始まったばかりなのでありました。
「リリアン、家族には何と呼ばれていた?」
「リリーでございます」
「良かろう! 今よりお前をリリーと呼ぶ。異論は無いな」
「はい、グラサ」
この調子で世界一周できるのかしら?
わたくしが殿下にブチギレるのは、また別のお話。
続きが読みたいと思った方、
ご意見ご感想がある方、
評価いただけると幸いです。