1-17 裏ボスは背後に潜み
‥‥‥この国、メルドグランド王国は幸せな国だろう。
活発に人々が動き、交流し、発展をしていく様はまだまだ明るい未来がある事を見せており、希望があちこちに溢れている。
だがしかし、そんな幸せの中に舞い込んできた一つの報告。
聞けば、辺境の地にて魔物の中でもかなり上位に該当するエリート種の出現‥‥‥それも、国を滅ぼしたこともある傾国の魔物と呼ばれる、ナイトメアアラクネが出たという。
何、そんなもの恐れることはない。知能が高く、人との交流が可能であればむしろ利用すれば良い。
いや、違う。強がりでも傲慢から来るわけではなく、こちら側が不利だと分かっているからこそ、下手に機嫌を損ねずにうまく国にとって益になるように誘導する方が良いと判断したのだ。
自分こそがうまく扱えるという驕る心は持たず、王として国を守るために正々堂々と真正面から立ち向かう。下手に相手にできない魔物だからこそ、あえて自らが前に出て話すことで警戒を緩めさせ、国にとって害をもたらすことが無いようにお願いをするのだ。
‥‥‥王たるもの清濁をしっかり併せ飲みつつ国のために動けるようにとそう思い、この国の国王たる余、ベスタリアーン4世は心をしっかりと奮い立たせる。
「大丈夫ですわ、あなた。国を滅ぼした魔物と同じ種類であって、同じような思想を持っているわけではない。むしろ、人と友好的なものだと聞いてますわ。だから、緊張せずに王として堂々と振舞ってくださいませ」
「ああ、わかっているとも。国王たるもの気後れせずに…‥‥いや、ちょっと待て妃よ。何故ここにいる?」
もう間もなく王都のギルド長であるバルゾーンと打ち合わせをした約束の謁見時間が来ることに緊張する中、ふと聞こえてきた声のもとへ振り返った。
そこにいたのは、この国の国母たる我が妃エリザベッセ。確か本日はブルバロッサ公爵家夫人とのお茶会に出かける予定を聞いていたのだが‥‥‥報告にあった魔物の容姿が容姿だけに、彼女がいない時を狙って都合よく得られたこの機会にと思ったのだが、何故ここにいるというのだ。
「いやですわね、あなた。不安な時にこそ側にいるのが妃としての務めですもの。ええ、決してあなたがこれから会う魔物がかなりの美女で、うっかり手を出さないか不安になってやってきたわけではないですわ。夫人とは友達ですし、事情を話していますわよ」
「‥‥‥その手に持っている藁人形は?」
「何かやらかされないようにするお守りですわ。国一番の呪術師でもあるわたくしが作り上げたものだから、効果は抜群ですわね。あなたの髪の毛もしっかり詰め込んでいますわ」
‥‥‥ちょっとまてぃ。余がやらかすことが確定しているかのような口ぶりなのだが。あとさらりと、やってはいけないようなことをしていないだろうか妃よ。前にも確か、うっかりハニートラップにかかった際に使用されて、釘をガンガン打たれた覚えがあるからこそいっそ残さないようにと思い、清々しく断髪したというのに、どこで入手しおったのだ。
まぁ、今のやり取りのおかげで、これからの話し合いの場に置いての緊張感はほぐれただろう。
でも逆に、もっとヤヴァイ不安を得てしまったような気がする。‥‥‥余、やらかさないよね?
「‥‥‥‥なるほど、そこにいるのが今回の報告にあった冒険者と、その従魔になっているというナイトメアアラクネだな」
「はっ。ですが、この国にとっての危険度は低いと思われます」
「人の従魔になっており、国を転覆させるような思想も持っていないようです」
‥‥‥謁見の時間となり謁見室に入った時に僕らを出迎えてくれたのは、エルモスタウンが所属している国、メルドグランド王国の国王陛下というベスタリアーン4世。
国の王を前にして、今、王都のギルド長のバルゾーンさんと、エルモスタウンのギルド長ゴラムリアさんは僕らに代わってそう回答していた。
正直な話、王を前にしてどのようにしゃべるべきなのか形式自体も僕らは知らず、学んだとしても付け焼刃になるだけだ。
その為、説明をするのであればギルド長たちが前に出てやってくれるようで、下手な回答をすることはないはずである。
まぁ、ハクロの学習能力を考えると、彼女だったらすらすらと受け答えが出来そうだが‥‥‥まだ人の言葉を話せるわけでもなく、文字にして伝えるだけだと手間がかかる。
ゆえに、僕とハクロはしっかりと黙り込んで大人しく、跪いて報告を終わるのを待つことにしたのであった。なお、ハクロの場合跪きようがないので、目をつむって体を少しだけ前に倒し、恭しく礼をしている姿勢でいるけれどね。
【シュルル‥スピィ…】
ちょっと待って、今なんか寝息が聞こえたんだけど。
そう思いよく見ると、彼女は思いっきり寝ていた。説明が長いので、暇になったとでも言うのだろうか。黙っているだけだから、何もしていないと眠くなるのは分かるけどね。
それにしても、本日の報告では謁見室に国王と万が一に備えての城の防衛を任されている一部の上層の騎士たちがいるという事は聞いていたのだけれども、どうやら王妃様もいるらしい。
つるつるな頭であれども威風堂々とした国王陛下の側に、微笑んで立っている王妃様。
しかし、何故だろうか。話を真面目に聞いているはずなのに、王妃の方を見て騎士たちの顔色が少々悪いような気がする。後ついでに国王陛下も、ちらちらと王妃の方に目を向けているようで話に集中できているのかちょっと怪しい。
「なるほど、報告は以上だな?」
「はっ」
「これ以上は今のところありません」
観察している間に、いつの間にか説明が終わった様だ。
ハクロもようやく終わったのが分かったのか、いつの間にか眠息を止めており、ちらっと目を向けている様子。
「…‥‥ふむ、しかしナイトメアアラクネの様な国を滅ぼせる魔物の話は王族として学んでいたとはいえ、こうして実際に目の前にするとまた違う印象を抱くな」
「王よ、どう印象が違うと?」
「傾国の魔物、確かにその異名に違わぬ美しき容姿であり一夜を共にしたくもな、」
ゴリィッ!!
「ほげんぽぅ!?」
「どうされたのでしょうか!!」
「い、いや、なんでもない‥‥‥精々、ちょっとねじれただけだ」
…‥‥今一瞬、王妃が手に何かを持って動かしたのと同時に、国王が悲鳴を上げた気がするんだけど。
え、何をやったの?というか、何がねじれたの?
「コホン、とりあえず容姿からみてもナイトメアアラクネと言うのは疑うこともないだろう。だが、抱いていたイメージとしては恐ろしい魔物だったが、こうして前にして見ると大人しく、国を滅亡に追いやるようなものにも見えぬ。大人しく、それでいて主のその少年に従順…‥‥うむ、問題はないだろう」
気を取り直しつつ、そう告げる国王陛下。
どうやらハクロが危険な魔物として認定されて討伐されるような事態は避けられたようで、あとできちんと国中に公表し、今後やらかすような愚者が出ないように動くともおっしゃってくれた。
「実力自体は無理に見る必要もあるまい。本当ならばどれほどのものか見たくもあったが、下手にやらかして被害が出るのは避けたいからな…‥‥先日も少々訳があり、修繕費がかかったからな」
何があったのかと聞きたくもなるが、遠い目をしている様子だし聞かないほうが良いのかもしれない。
あと王妃様がにこやかにしていますが、何かを手に持ってぎちぎちと音が聞こえるのは気のせいでしょうか。
とにもかくにも、大した問題になることはなく無事に謁見は終わった。
あとは数日以内に国王陛下から正式にハクロに関しての通知が出されて、無事に冒険者業を再開できそうではある。
「おお、それと一つ聞きたいのだが…‥‥ジークという少年よ、良いだろうか?」
「何でしょうか」
「ここに来る前に、大体の事情をそこのゴラムリアから聞いておるのだが、そなたの名にルーガスという名前があったのが気になってな。祖父のフルネームを知っておれば、言ってくれぬか?」
「爺ちゃん‥‥‥祖父のですか?確か、ガリアン・ルーガスでしたね」
名前に関して、昔爺ちゃんに聞いたことがあった。
でもまぁ、普通に爺ちゃんと言ってばかりだったので名前で呼ぶようなことはほとんどなかったな。
「ガリアン…‥‥そうか。報告にもあったが、あの者が逝っていたとはな‥‥‥」
「国王陛下、何か祖父に関して知っているのでしょうか?」
「そうだ。同姓同名は多々あるだろうが、心当たりがあるのだ。魔障の森で過ごせたとなると一人しかおらぬからな。懐かしいな…‥‥『剛腕の老子』の名を久しぶりに聴くとはな」
懐かしそうに国王陛下がそう口にすると、ギルド長たちが気が付いたかのようにはっとした顔になった。
「剛腕の老子だと!?」
「そうか、道理でなーんかひっかかると思ったけど、確かにあの老子もルーガスの名があったはずだ!!」
「え、ええ?どういうことでしょうか?」
説明を聞くと、どうやら爺ちゃんは昔、冒険者の中でも限られた数の人にしか与えられない最高ランクの冒険者として『剛腕の老子』という異名を持った人だったらしい。
若い時からそう呼ばれており、何故それなのに老子と言われていたのかと言えば精神的に盛大に熟しており、お爺さんな部分が昔からあったせいだとか。
だがしかし、決して悪口で言っているわけでもなく、老子として知恵や力は本物であり、相当凄い冒険者だったようだ。
各地にあったダンジョンをいくつも制覇したり、ハクロとはまた違う国を亡ぼすような魔物と対峙して討伐に成功するなど数多くの功績をもっていたそうだ。
「だが、何時からかその姿は見ることも聞くことも無くなった」
「一時期は何処かの国にお抱え冒険者としていたらしいけれども、色々嫌気が刺したらしいね」
「冒険者としての地位も返上して、隠居したと言われていたが…‥‥そうか、そうだったのか」
かなりすごかったようで、それなのに今はもう亡くなってしまったことをその場にいる人たちは惜しむような声をあげる。
爺ちゃん‥‥‥確かに剛腕と言って良いほど、魔障の森で巨大な魔物をちぎっては投げ、圧殺し、振り回したりしたりなど色々やっていたけど、そんな異名を持っていたのか。
ハクロに関しての報告の場であったはずだが、いつの間にか今は亡き爺ちゃんを惜しむ会の様な雰囲気が漂ってしまうのであった…‥‥
今更ながら、爺ちゃんの新しい情報を知ってしまった。
でもまぁ、そんなに有名だったのかと思うと、爺ちゃんの無茶苦茶ぶりは納得できてしまう。
しかし、やめたとかそういうのを聞くと、何があったのか気になるな‥‥‥
次回に続く!!
…‥‥んー、この作品、あまり人気ないのかな




