1-12 ミノムシは語る、原因を
‥‥‥ぶらーんぶらーんと、しっかりぐるぐる巻きにされたミノムシ男。
よく見れば昨日のギルド内で暴れた人であり、話を聞くとこのエルモスタウンのギルド長らしい。
まぁ、捕縛してしまったが、副ギルド長として出てきたミリアムさん曰く、こうして捕らえても問題はないそうだ。
「むしろ、このギルド長が簡単に逃げ出せない強度の糸‥‥‥予備であといくつか欲しいけど、大丈夫かしら?」
【シュル、シュルル】
ぎっちぎちに固めて天井からつるしているギルド長を見つつ、ハクロに交渉するミリアムさん。
ハクロも快く引き受けて、がしっと握手を握り交わしている。
「この状況、ツッコミをいれずにやるとは、凄い人かも」
「いや、あれは単純に、現実逃避もしているねぇ。目の前に人を生やした蜘蛛を見て許容量を越えちゃったんだろうねぇ」
はははっと笑うギルド長。
だがしかし、次の瞬間びゅんっと何かがすごい勢いで飛んでいき、顔のすぐ横を掠めて天井に突き刺さった。
ザクッ!!シュゥゥゥ‥‥‥
「…‥‥今度は、バッジかぁ。あれ?このギルドの職員バッジって丸くしているのに、何で鋭く刺さっているのかなぁ?」
「うるさいですね。無駄口をたたいているのであれば、早めにこの状況の説明をお願いしますね」
「あれ?わたしの方が立場上だよねぇ?ギルド長なんだけどぉ?」
ガガガガガガガガザッシュゥ!!
「‥‥‥‥説明させていただきます!!」
‥‥‥そもそもの話、なぜ僕らがここに来ているのか。
それは昨晩、ハクロが人の身体を生やしたので、どうなっているのか聞きに来たのである。
何しろ僕は魔障の森で爺ちゃんから色々と学んだことはあるとは言え、ハクロのような魔物なんて知らないし、ハクロ自身も何故人の身体を生やしちゃったのかわかっていない。
ならば、魔物に関してよく知る人に話を聞いて見ようということで一番わかっていそうな冒険者ギルドに来たのである。
そして案の定、その予測は当たっていたようで、ハクロのこの姿の変化に関してギルド長は答えを持ってたようだ。いや、間接的な元凶にもなっていたらしいが…‥‥
「つまり、対人戦を経験したことがきっかけでなったと?」
「ああ、そうなるねぇ。とは言え、ただのダークネスタラテクトはそんなことに普通はならない。そう考えると、彼女の正確な種族はダークネスタラテクトではなかったのだろう」
「じゃぁ、本当の種族名は?」
「おそらく、今の姿になる前の状態は‥‥‥『ナイトメアタラテクト』だったのだろう。見た目が非常によく似た蜘蛛の魔物だが、危険度がかなり違うものだねぇ」
――――――
『ナイトメアタラテクト』
ダークネスタラテクトが産まれる中で、極稀に混ざって出現すると言われている蜘蛛の魔物。
見た目こそダークネスタラテクトによく似た黒い大蜘蛛だが、持っている能力が異なっている。
ダークネスタラテクトは狩りに向いた好戦的なハンターなのだが、ナイトメアタラテクトはそれよりも以上に知能が高く、より効率的に狩りを行うとされている。
例としては交戦した相手をわざと逃がし、仲間を引き連れて仕返しに来ることを狙って、討伐に来た冒険者たちが一夜にして全滅させ、多くの獲物としてゆっくりと食べた記録が残っている。
―――――
「うわぁ‥‥‥確かにその場で仕留めても良いけど、反撃に来ることを見越してわざと多くの獲物を手に入れるためにって‥‥‥」
「相手よりもほんのちょっとだけ強く見せかけ、倒せそうだと思わせて、徒党を組んできたところでより強い力で叩き潰すってことだねぇ。何年か前に、まだ若いナイトメアタラテクトの出現情報があって、討伐しに向かって痛い目を見たことがあるねぇ」
【シュ、シュルルル】
怖いよ~と、文字を書いて伝えて来るハクロ。いや、それ君の種族だからね?
「どうやら別個体のようだけど、ダークネスタラテクトのような容姿で、知能が高いと聞いて大体予想がついていたよ。まぁ、今回は更にその中でも『エリート種』を引いたようだけどねぇ」
「何ですか、それ?」
「簡単に言えば、同じ種族でも更に変わった成長を見せる魔物かなぁ。特定の条件を満たすことによって、より異なる姿の魔物へと変わると言われているねぇ」
カクカクシカジカと話を聞くと、魔物の中にはたまに通常の魔物とは異なる方向性で育っていくものが出現することがあるらしい。
例えば体当たり攻撃を仕掛けてくる岩のウサギ魔物としてロックラビットというのがいるのだが、そのエリート種は体当たりではなく魔法で岩を作って攻撃をしてくるそうだ。
特定の条件としては、岩を3回連続で相手の頭を叩き潰すとメイジラビットというウサギの魔物に姿を変え、岩以外の魔法を操って攻撃してくるようになるのだとか。
「そして、ナイトメアタラテクトの場合、エリート種は更に知能が人に近い、もしくはそれ以上と言われていて‥‥‥条件は、人との交戦を3回以上行うことだねぇ」
…‥‥エリート種ゆえに、知能が人みたいになり、無駄に襲うと面倒なことになる事を理解し、本来は表に出ることもなく静かに過ごしているらしい。
けれども、どうしても完全に静かに暮らしきれず、人と交戦してしまうこともあり、姿を変えた事例が存在しているそうだ。
「エリート種としての進化は‥‥‥『ナイトメアアラクネ』。記録上ではかつて、国一つを滅ぼしたこともある傾国の魔物としてあるねぇ」
「国一つ滅ぼした!?」
【シュルルルゥ!?】
ギルド長の言葉に、僕とハクロは驚愕して目を見開く。
「ああ、正確に言うと直接手を下さずにだねぇ。同じ魔物でも性格はかなり違ったようで、アラクネとしての姿はそれこそ美女と言えるようなもので、なまじ人としての知能を持っていたので国王をたぶらかし、政治を裏から握って悪政三昧しまくり、最後は革命に乗じて逃亡を図り、人々の手によって討たれたというねぇ」
「知能が高すぎて、人としての滅亡の道を選んじゃったのか…‥‥」
【シュルゥ…‥‥】
そんな記録があるからこそ、ギルド長はすぐにハクロの種族が何なのか導き出せたらしい。
だがしかし、納得いかない点が一つある。
「条件が、人との交戦を3回以上やるんだよね?僕が覚えているものとしては、盗賊たちを襲撃したと事と、ギルド登録初日に絡まれた時の2回ぐらいしかないんだけど?」
「多分、わたしを捕縛したことも交戦カウントに入ったのかもねぇ。そもそも、3回以上というあいまいな部分があるのはまだ詳しいことが分かっていないのもあるんだよねぇ」
「そう考えると、最終的な元凶としてはギルド長が一番可能性が高いということですね?」
「そうだねぇ。ははははは!!だから予想できたし、ツッコミをいれなくても分かっていたんだよねぇ」
吊るされながらも笑い、そう答えるギルド長。
でも、気が付いていますか?今の声、僕らじゃなくてそこでバッジが無くなったから大きな剣を持ってきた副ギルド長のミリアムさんですよ。
顔が「面倒事の原因はお前かぁ!!」とでも叫びそうなほど、凶悪な怒りの表情になってますよ。
伝えるべきか伝えないべきか迷ったが、漏れ出過ぎまくっている怒りのオーラに僕らは恐怖を覚えてお互いくっつき、目の前で起きてしまった惨劇を見る事しかできなかった。
ただ一つ言えるとすれば、ギルド長の生命力はただものではなかったことぐらいで、ハクロが糸で姿を見えないようにしないと直視できない状態になっても、ぴんぴんしているような声を出せたぐらいだろうか。
とにもかくにも、凄惨な殺戮現場が産まれつつも、話はここでは終わらないらしい。
「いやぁ、激しいねぇミリアム君。久しぶりに死にかけたよ」
ぴゅーっと何かが噴き出る音がしているが、その惨状は見せられないものになっている。
「でもまぁ、ナイトメアタラテクトからの、エリート種からの、さらに成長したナイトメアアラクネ‥‥‥実はこれって、これで済ませられないんだよねぇ」
「と言いますと?」
「エリート種によって国が滅びた例があるからね。発見次第、実はきちんと報告する義務があるんだよ。場合によってはすぐに討伐も必要になるけど、君の従魔は討伐する必要が無いようにも見える‥‥‥なら、安全性の確保と藪をつついて蛇を出すどころか鬼を出すような馬鹿が出現することを防止する目的も兼ねて、わかりやすく説明するために一緒に王城へ出向いてくれないかなぁ?」
「え?」
【シュル?】
…‥‥種族が判明すればいいなと思っていたことだったが、どうやら結構重大なことにもなっていたらしい。
そのため僕らは、直ぐに報告のためにこの国の王城へギルド長と共に向かうことが決定してしまうのであった。
「それにしても、本当に美人さんだねぇ。ミリアム君にもちょっと分けてあげればいいのに。独身生活がな、」
ザシュブシュウウウウウウウウウウウウウ!!
「ギルド長、ハラスメントに該当しますからね?場合によってはマスターギルドへ通報して、お仕置き部隊の派遣を要求します」
「いや、それ多分聞こえていないと思うのですが…‥‥完全に、トドメ刺しちゃっているようにも見えます」
【シュ、シュルルゥ…‥‥】
魔物よりも、人の方が怖いと思えた瞬間でもあった。
要約すると、姿の似通った別種の優れたやつで、恐ろしい記録の持ち主だったというようなもの。
でも、そんな話がある割には、ハクロがそんな恐ろしい魔物に見えない。
いや、目の前の殺人現場の方が怖ろしすぎるせいで薄いのか‥‥‥
次回に続く!!
‥‥‥よくあるギャグマンガで次には生き返っている主人公みたいな感じのイメージが、ギルド長にある。




