エピローグ
俺は、恐かったんだ。遼が、いなくなるのことが恐かったんだ。ずっと一緒にいた遼と時を歩めないのが。
遼が逝ったのは、意識を取り戻して三日たった時だった。
遼は、さながいない間に物語を震える手で書いて、書いて書き終わって、俺にこう弱いけど力のある声で言ったんだ
「隼咲、ありがとう。物語、書き終わったよ。なんとか、最期に間に合った。俺は、もう永くはないから。叶翔の成長を、見れそうにないね。隼咲と出会えて、よかった。隼咲の過保護にも、助けられることが、たくさんあったよ。そして、最高の心友だ。俺ね。本当は兄弟が、欲しかったんだ。さなえちゃんに、兄がいるって知って、しかも、その兄が心友の隼咲だったから、嬉しかったんだ。だから、言わせて。隼咲兄さん、さなえちゃんとの結婚を認めてくれてありがとうございます。いつも、俺のことを気遣ってくれて、ありがとうございます」
俺は、遼に何も言えなかった。涙があふれて止まらなかったから。どこかで、これが遼と話す最後の機会だって思ったんだ。
衝撃的なことも嬉しいことも言われて、どっちに対しての涙か分からない。俺の頭は、冷静のようで、ぐじゃぐじゃだった。俺は、深呼吸をしてから、なんとか声を出した。
「最期って、なんだよ」
「冗談、言うなよ」
「まだ、生きるんだろ?叶翔の成長を見届けるだろ? 」
「過保護って、そういう性格なんだから、しょうがないだろう」
「何が、隼咲兄さん?いつも通り、隼咲でいいから」
「お前達は、どう見ても、お似合いだから認めたんだ」
「どう、言ったらいいんだ?俺は、遼のことを心友で、さなの旦那で叶翔の父親で。そうじゃなくて。誰にも、負けないぐらい運命を抗って生きてる俺の最高の心友で弟だ」
と、俺は泣きながらポツポツ言う度に、遼は相づちを打っていた。
「隼咲、ありがとう」
「俺だって、お前に、遼に出会えて良かったよ! 」
「想いは、同じだね。隼咲」
遼は、嬉しそうに、笑顔で言った。
「隼咲兄さん、最近涙もろいね」
「誰のせいだと思う?弟よ」
と、ふたりで笑った。俺にとってはこの時が青白く弱々しくなってしまった遼の最期の笑顔だった。俺は、今でもこの時の遼を忘れない。
「隼咲、今まで書いた物語を俺が死んだら、さなえちゃんに渡して欲しい」
「あぁ、もちろんだ」
そして、数時間後。
さなえと叶翔、おじいちゃん、おばあちゃん、お父さんとお母さんと俺に看取られて、幸せそうな顔をして、二十六歳という若さでこの世を旅立った。
俺と同い年でだ。世間では、若いという世代でも、等しく死がある。
俺は遼との約束通りに、さなに物語を渡した。
「遼さん、こそこそしてると思ったら・・・」
「さなに、遼からもうひとつメッセージを預かってる」
『さなえちゃんと、どこまでも一緒に生きれて、幸せだった。さなえちゃんも、そうだったらいいな』
「って、俺と話してたときに言ってたんだ」
遼は、病室でさなに言っていたかもしれない。
だってさなと話しているときに、眠ったのだから。
でも、これは言わないといけないと思った。遼にとっては、あの言葉は特別だから。
さなは、泣いた。泣けていなかったぶん泣いた。遼のために。
「私も、遼さんと、どこまでも一緒に生きれて、幸せだったよ」
さなえは、笑顔で、棺の中でねむっている遼に言った。
遺影のなかで、遼は幸せそうに笑っていた。
季節が巡った数年後。
さなえは、楠木家の喫茶店を切り盛りしながら、叶翔を育てている。
毎日のようにさなは、父親である遼のことを叶翔に、聞かせた。それは、叶翔が自分の父親のことに興味を持つようになって、
「お母さん、教えて!お父さんって、どんな人?」
さなに、頼むからだ。遼が遺した物語を、読み聞かせている。叶翔が、喫茶店の手伝いを始めた。
「お父さんのように、この喫茶店を継ぎたいんだ。だから今からね、三代目マスターになるために修行するだ」
と、言ってる。さなは、とても嬉しそうな顔をしている。遼のじいちゃん達も嬉しそうにして、料理を教えているぞ。
遼。ふたりは、前に進んでいるよ。天国で、見守ってくれよ。
心友がいなくなる恐怖がありながらも、隼咲は物語作りに協力します。
あなたにとっての物語は、どうですか?
読んでいただきありがとうございます。