私の旦那様は骸骨です
「メアリー、外は雪が積もっているけど……寒くはない?」
「別に……」
暖炉のともる豪勢な調度品がそろう部屋で、メアリーは豪華な朝食をとりながら気のない返事をした。ど田舎の没落寸前男爵の娘、しかも行き遅れの二十二歳だった彼女は、昨日、目の前に座るこの男と結婚したのだ。男の名はアーネスト・ボン・スケラルネッガと言う。品の良い黒色のジュストコールを纏い、優雅に紅茶の香りを楽しんでいる彼は、メアリーにとって破格の相手だ。なんせ国一番の黒魔導士であり身分も侯爵とメアリーとは釣り合わない。性格も穏やかでメアリーには常に紳士的に接してくれるし、職務にも真面目だ。
とまぁ、身分、人格ともにメアリーにはもったいない相手ではあるのだが。
「よかった。僕は骨だからわからなくて」
そう、目の前の男は骸骨なのである。
顎骨がカタカタ鳴っているのは笑っているのだろうか。そもそもどうして生きていられるのか、何故しゃべれるのか。突っ込みどころは満載だが、メアリーは朝食を済ませたら早く部屋へと戻りたいとばかり考えていた。
(お父様ったら、いくら田舎の行き遅れの男爵令嬢だからって、人間かどうかも怪しい人と結婚させるなんて。かといって離縁なんかしたら、侯爵様の支援がない我が家は没落まっしぐらね……)
事は3か月前、メアリーの父が婚約話を持ち掛けてきた。持参金も少なく容姿も平凡な男爵令嬢など誰も欲しがず、とうとう行き遅れになってしまったメアリーに、である。父から話を聞いた時はメアリーは舞い上がった。黒魔導士だからか変わった格好をしているらしいが真面目な男らしい。その上身分は侯爵だ。持参金も不要と言われたら文句などあるはずもない。むしろどうしてメアリーなのかと思ったぐらいだ。
「──アリ、かまわない?」
「え? はい」
考え事をしていたら侯爵がメアリーに何かを話していたらしい。聞いていなかったとは言えずメアリーは適当に相槌をうった。
「ありがとう……」
「え?」
アーネストが突然、両手を顔に当てぶるぶると震わせるものだから、メアリーは固まってしまった。純真な乙女のような仕草だが、骸骨にされてもメアリーには奇妙にしか見えない。
「では、行こう?」
「え……どこへ?」
もしかして墓場にでも連れて行く気か、などとは聞けるはずもなくメアリーは身構える。
「どこって朝食をとったら庭を散策しないかと……やっぱり僕が怖い?」
「それは……」
予想を斜め超えた怖さだったとは言えずメアリーは俯いた。骨だと知った事も衝撃だったが、今思えばアーネストは初対面の時からおかしかった事をメアリーは思い出していた。
初めてアーネストに会った日、彼は覆面姿で現れた。初秋だというのに動物の毛がふんだんに使われた手袋と厚手の皮のローブといった完全防備で。その後も毎回同じ服なものだから、ある日、暑くはないのかとつい聞いてしまったら、怒ったのかしばらく無言だった。メアリーはやってしまったと思ったがなぜか婚約が成立した。彼は黒魔導士だ。色々と理由があるのかもしれないと、その後は深く追求することを、メアリーはやめた。
婚約した後も、アーネストは国を脅かす魔獣との戦闘もあってか、なかなか会いに来ず、会えてもどこか距離を置き、口数も少なかった。とあるデート日など、遅れてきたかと思えば、血まみれのまま会いに来られ、仕事がそこまで忙しいのかと同情し労ったら「っ──くそが!!」と叫び声をあげて帰ってしまった。
罵声か糞なのかよくわからない言葉を言われた為、今度こそ婚約破棄だなとメアリーは思ったが、翌日、なぜか花束や大量の宝石が送られてきた。どうしてとメアリーは思ったが、国家魔導士は魔獣討伐の為、昼夜問わず王族に招集されると聞く。自分の時間もないはずだ。叫び内容から事態を推測したメアリーは、なるほどと納得し、これは詫びなのだろうと思うことにした。
結果、恋心など芽生えるはずもなかったが、貴族同士の結婚は大概がそういうもの。没落寸前の令嬢が文句など言えるわけがない。たとえプロポーズが2m離れた位置から「結婚してほしい」と、ぽつりと言われただけだったとしても、人格に大きく欠陥があるわけでもないから良いか、とそのまま結婚を承諾したのだ。
そんなアーネストの本当の姿を知ったのは初夜だ。
結婚式ですら覆面姿だった男との初夜にメアリーは緊張した。さすがに今夜は全てを見せてくれるだろうと。たとえどんな外見だろうと彼を受け入れようとメアリーは思っていた。魔獣との戦いで顔や体に傷が残る者は多い。ひょっとしたらアーネストもそうではないかとメアリーは思うようになっていた。だからどこか距離を置くのではないかと。貴族の結婚は義務とはいえ、そこに愛が無いのはメアリーだって望んでいない。だから寝室に訪れたアーネストに意を決して言ったのだ。
「アーネスト様、たとえあなたがどんな姿であろうと私は構いません。お姿をみせてくれませんか」
と。
だが、メアリーの発言にアーネストは素っ頓狂な声を上げガチャンと尻餅をついた。普段は寡黙な彼とは思えない行動だ。おまけに尻餅をついた音がおかしく全身がガチャガチャと鳴っている。ローブの下に魔道具でもつけているのかと、メアリーはとくに驚かなかったが、アーネストはメアリーの態度を決意の表れだと思ったのだろう。「わかった……」と低い声で承諾すると纏っていたローブから覆面まで、すべて脱ぎ捨てた。
ふわりと舞うローブに視線を奪われ、メアリーはまさか突然、始めちゃうのかと驚いたが、露わとなったアーネストの姿に「ギャー骸骨!!」と絶叫し気を失ってしまった。
そして目が覚め、今に至るのである。我ながらよく朝食を一緒にとれたものだと思うが、空腹と没落には代えられない。実家には3人の弟妹がいるのだとメアリーは心の中で念じ続けた。
「ごめん、怖かったよね。まさか骨とは思わなかっただろうし。黙っていたのは不誠実だったと思う。それなのに君はこうやって僕と朝食までとってくれて……」
「いえ、私もおなかがすいてましたし。それに没落したくなかったので……はぐっ」
思わず心の声を暴露してしまいメアリーは慌てて口元を抑えた。目の前の男は骸骨であるため表情が読み取れないが、失礼である事には間違いない。
「あ、あのアーネスト様っ、今のはそのっ
「気にしないで。僕も言えた立場じゃないから。僕はわけあって結婚を急いでいてね。でも首都の連中には僕が骨だって知られてるし、そんな男に嫁ぎたい女性は誰もいない。だから僕の事をあまり知らない辺境の貴族で、婚期を逃した女性なら、逃げずに話しぐらいしてくれるかな、と君の父君に話を持ち掛けたんだ」
(なるほど……どおりで話が旨いと思ったわ。ぽわんぽわんの父が侯爵との婚約をもぎ取れるはずないもの)
「失礼ですが、アーネスト様は何故、結婚を急いでたのですか?」
彼は骨だ。子供を望む為とも思えない。
「理由は言えない。でもメアリーを妻に迎えたいっと思ったのは本当だよ」
「私を?」
メアリーはアーネストとの思い出を振り返ってみたが、彼がメアリーに惚れるような出来事は皆無だった。会話だってろくにしていない。話したとしても、いつだって2m距離を開けて話しかけてきたし、むしろ嫌われてるのではと思っていたぐらいだ。
「憶えてない? メアリーったら初対面で僕の恰好を暑くないかと聞いたでしょ? あの時、君ならって思ったんだ」
「え?」
(全くわからない……)
「わからない? 僕の服は仕事柄、魔獣の皮や毛を使っているからね。大概の女性は見た瞬間、逃げちゃうか畏怖の目で見るんだ。でも君ときたらそこは完全にスルーなんだもの。可笑しくって。骨が鳴りそうでじっとするのが大変だったよ」
(あの時の無言はそういう……)
「可笑しかったので私を選んだのですか?」
「可笑しかったのは確かだけど、それは違うよ。まだわからないって顔だね。そうだな、ある日僕が血まみれのまま、デートの日に現れた時の事を覚えている?」
「ええ……」
くそがどうのと急いで帰った日の事かとメアリーは思い出す。
「あの日は魔獣と戦っていてね。婚約者に会う日なのにとぼやいたら、王子に転移魔法で君のところまで飛ばされたんだ。血まみれの僕に、君の第一声ったら「お疲れ様」なんだもの。普通は血を見たら驚くよね? なんて面白、いや、度胸のある人だなって思ったんだ。早速デートしようと思ったら、王子の奴がすぐ引き戻すものだからっ」
「それで、くそがと言って帰ったのですね」
(あら、いやだ。お手洗いだと思っていたわ)
「つまりそこらの令嬢と違い、驚かないので私を選んでいただいたと」
「……まぁ、ぶっちゃけ言うとそうだけど、メアリーはちょっと斜め上が素敵というか」
「斜め上? それよりも骸骨なら骸骨と一言、教えていただきたかったです」
「ごめん……結婚前に言うべきだったよね」
「ええ、もし言っていただければ、気絶はしませんでした。そっち方向は鍛えていませんでしたので」
「そっち方向?」
「強面な絵画を見て、いかなる顔でも驚かないよう鍛えておりましたので。アーネスト様、申し訳ございませんが、骨格模型を購入してもよろしいでしょうか? すぐにでも訓練をしたいと……アーネスト様?」
アーネストの顎が大きく開く。
メアリーは初夜に決して驚かないよう、ありとあらゆるオカルト絵画を見てこっそり鍛えていたのだ。顔が傷だらけだったり、眼球が無かったり。顔中つぎはぎだらけだったりと。そうすればアーネストの傷を見ても、平然と初夜をこなせる。彼を傷つけなくて済むと。家族に精神を心配されながらも頑張ったのだ。
「………」
「アーネスト様?」
さすがに強面の絵画で鍛えたなど失礼だったかと、メアリーは思ったが、アーネストは骨を響かせ大笑いし始めた。
「あはは!! ダメだ笑いが止まらない、訓練って……くくくっ。やはり君だけだよ。僕を恐れず笑わせてくれるのは。君は知らないだろうな。僕がこの姿になってから滅多に笑えなくなった事を。だから怖かったんだ。君といられる時間を失う事が。本当はたくさんお喋りだってしたかった。でも僕は話すと骨の音がなっちゃうから雰囲気が台無しになっちゃうし。おかげでプロポーズはそっけなくなってしまうし」
しょんぼりとアーネストが肩を落とす。正確には肩の骨だろうが。それで2m離れたプロポーズだったのかとメアリーは吹き出してしまった。メアリーの中でつかみどころないアーネスト像が砕けていく。生真面目で寡黙だと思っていたアーネストはずいぶんとお喋りで子供っぽいようだ。
(変ね……なんだか心の中が温かくなってきたわ。骸骨を可愛いと思う日が来るなんて)
「メアリーが笑った……初めて見た」
「初めて?」
「すごく可愛いよ。メアリー……僕との今後を考えてくれてるなら、骨格模型じゃなくて、ぼ、僕で訓練をしてくれないかな!!」
アーネストがガチャガチャと全身を振るわせて言ったが、メアリーはあらぬ方向を見ながら何やらぶつぶつと呟いている。
「メアリー? 僕は今、生涯で2度目のプロポーズをしたんだけど……あ~嫌ならいいんだ。実家の事は気にしないで。離縁しても支援は続けるから」
「なんてこと! 妻として笑顔は大切ですのに! アーネスト様! 私、笑顔の教本を読んで頑張ります」
「聞いてないね……まぁ妻をやめたいようじゃないし、いいか」
カタカタとアーネストが乾いた笑いをこぼす。
「それとねメアリー、笑顔の教本や訓練は必要ないから」
「何故ですか?」
まさか離縁したいとおっしゃるのでは? と、メアリーは身構える。
「できたら君を笑わせるのは、僕でありたいんだ。君が僕を笑わせてくれたように」
「アーネスト様……」
「だから……まずはその、い、一緒に庭の花を見に行かないか? 冬に咲く珍しい花を君に見せたいんだ」
恐る恐るアーネストがメアリーに手を伸ばす。その骨をメアリーは優しく握りしめた。
■■
二年後、メアリーは歴史上、最も有名な女性になった。魔族の姿にひるむことなく、停戦に持ち込んだ英雄として。
とくに国中の乙女たちを、ときめかせたのはメアリーとアーネストの愛の物語だ。骨に変えられた夫を、愛の口づけで解いた話は長く語り継がれる伝説となった。
だが、あのメアリーだ。真実はというと、大幅に脚色された話ばかりなのだが。
一つだけ確かな事がある。
メアリーとアーネスト──二人の笑顔は絶える事はなかった、ということだ。
★★幕後★★
メアリー 「アーネスト様が年下だったなんて!!」
アーネスト「愛に年齢差なんて関係ないよ」
メアリー 「そういう問題ではありません。結婚当時が二十二と十六ですよ!! 六つも離れた人と初夜を遂行しようとしていたなんて。一歩間違えれば犯罪……しかも人の姿がこんなに美形だったなんで狡い」
アーネスト「まぁまぁ、骨より人のほうがいいじゃないか。それに僕はもう十八だからね。そろそろ」
メアリー 「私、骨は愛せても……美形には耐性がありません。訓練してまいります!」
アーネスト「え!! 訓練って誰と? ちょっと待ってメアリー。二年もお預け食らってそれはないよー」
FIN