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夜空なのか。
多分、月だ。
黄色い円。それなら、月だろう。
トルストは、不意に体が軽くなるのを感じた。
「うわ、まだ生きてるんですか?」
目を大きくした女の顔が、逆さに映った。かわりに、月が見えなくなった。そうらしい。見ているのは空だ。
「凄いですね。ここら辺、血だらけですよ。でも、強かった。思ってたより強かった」
女は笑いながら、勝手に喋っている。
指輪を返せ。
「しょうがない。でも、少しの間だけですよ」
何を言っている。これは私のものだ。ツエノと私が結ばれた証だ。
「良かった。やっぱり結婚指輪でしたか」
そう言って、女は自分の胸の辺りに指輪を置いた。
「まあ、あなたは悪い人じゃないけど、優秀すぎたんですよ。これからいっぱい鉈欧のためにならないことをするわけですよ。だから、殺さなくちゃいけなかったんですよ」
私が優秀だと。そんなわけがあるか。
「シイカ君には悪いと思いますけどね」
女はまだ、勝手に話している。
「それに弱い方から先に死ぬし、良い人ほど先に死ぬし、朗読者だし、どうあってもあなたは早く死ぬ人だったんですよ、多分」
シイカは、元気でやっているのか。
おい。
「なんですか?」
シイカは元気なのか。
トルストは、そう言ったつもりだった。




