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尾花に会ってから、十日ほど経っていた。
真結は、鉈欧を獲った後のことを考えていた。鉈欧を、どのような国にすべきか。どのような国を目指すべきかについてである。
それは、どうやって根島国のような朗読者が先頭、主体となり引っ張っていく国を作るかに至っている。
追月地区を奪い返し、再び奪われないようにする。
おそらく、尾花は移民を考えている。いきなり兵を送り込むのは難しい。その兵を移民と称するのであればどうか。真結はそう考えた。そしてもし後続があれば、奪った追月地区へ根島国から、または壬海から民を移動させるだろう。
これが国を動かすということなのか。
尾花の言う通りだ。まったくうまくいかない。そして、鉈欧側が何も手を打たなければ、今度は尾花の思惑通り、鉈欧はいずれ根島国か壬海に吸収されてなくなってしまう。当然、そういうわけにはいかない。そんなことさせるわけがない。
鉈欧は俺が生まれた国だ。俺の国だ。
「うわ、煙、煙。何してるんですか。窓開けてくださいよ、窓」
うるさい。そして、部屋の中が明るくなった。買い物から帰ってきた久光が、地鳴りのような足音を立てて、窓を開け放った。入り口も開けたままだ。
喉が痛い。熱い感じがする。練成で作った灰皿には、既に三本の煙草の吸い殻があ
った。そこへ、今吸っていたものを押しつける。入り口から風が吹き、漂っていた白煙が尾を引いた。
「こんなに暑いのに閉めきってるから、ほら、もう汗だくじゃないですか」
そう言われて、額を手の甲で軽く拭うと、ぬるりと滑った。足元を見ると汗のしずくが溜まっていた。だが、暑いとは感じない。体の表面がひどく濡れているという感覚だけがある。
久光が渡してきた水の入った器を受けとり、それを全て飲んだ。喉の痛みが少しやわらいだ気がする。久光が買い物に出かけてからだから、三十分かそこらだろう。最初の一本目以外、いつ火をつけたのかまったく覚えていない。
「結構長くいるのに、あんまり愛着ないですよね、ここら辺。やっぱり、人が多いからですかね」
「ああ、そうかもな」
久光にはまだ何も言っていないが、旅立つ日が近いということがわかっているらしい。
いつも余計なことばかり言っているくせに、そういう大事なことは聞かなくてもわかる、という意味不明な性格には本当に感心する。
「俺は、木の家っていうのが気に入った。まあ、この建物じゃ家というより、小屋みたいなものか」
「普通に生活してる人たちの家と比べても、ここは小さいですね。寝るだけなら十分ですけど。どうせ料理もしないですし」
久光は、木の窓枠や柱を手の裏で叩きながらそう言った。
「煙草の匂い、物凄くしみ込んでますけど、いいんですかね」
「何も言われてないからな。よくわからない」
「でも木の造りって、壊してまた新しいのを建て直すんですよ。だから多分、大丈夫ですよ」
「ああ、そうだな。お前の言う通りだ」
そう返事をしながら、真結は一度、南風二島を見ておくべきかと考えた。
北、そして東西の島へは行った。だが、南の二つの島へはまだ一度も行っていない。
人の出入りが、厳しく見られていた。少なくとも船では入れない。他の島へは民と同じように、大きな船に乗り、平然と入ることができた。
南のその二つの島は、根島国の中で最も貧しい生活をしているという。そして、これはわかっていることだが、その二つの島では朗読者が生まれることが多い。
この国の仕組みを考えれば、本当ならその二つの島は栄え、裕福な生活ができることになる。そこの民は、他の島の民よりも優遇され、何か特別な権利でも持っていておかしくはない。だが、実際はその逆である。
これは、根島国の闇と呼んでもいいと思う。そして、その闇を無理やり作り出しているのが尾花で、その闇がこの国を支えているのだ。
この国が今の形を保つためには、その二つの島は、貧しい方が都合が良いのである。そうすれば、朗読者は金のために国に申告する。そこで初めて、その二つの島に住む両親は金を得て、他の島へ住むことができる。正直、彼らを民と呼んでいいのかわからない。まるで他の国に支配された小国のようである。昔の鉈欧に似ているかもしれない。
生きるのが困難なほどではないが、明らかに他の島より生活の質は劣る。久光の話ではそんなものだった。だから、子供を羅亜南に売ろうとする、ごみのような親が現れたりするのだ。
「俺でも、南の二つの島へ入り込むことはできそうか、久光」
真結は手と歯で引っ張るようにして、その硬いパンをちぎった。
「無理ですよ、絶対。私でも本当に苦労したんですよ」
「海の中を進んでもか?」
「気配を殺すのが難しいんです。見つかったら色々めんどうになりますよ、これから。それよりも、真結様は鉈欧に戻った後のことを考えてください」
練成で作った刃の薄い刃物でパンを切りながら、久光はそう言った。そして切ったパンの上に、細かく切られた肉や野菜を乗せる。使うのは箸である。真結は逆に箸を使わない。必要ならフォーク、スプーン、ナイフなどを練成で作りあげることができるため、別に使えなくていいと思っている。久光もこっちへ来た時はまったく使えなかった。だが、今は自在に使っている。竜廓の街で買ってきた朱色の箸を使い続け、先の方が少し欠けてしまっていた。木製だが、表面は天然の樹脂で覆われ、簡単に腐ったりはしないのだ。朱の色は塑山で採れる鉱物の色らしい。
「誰か来ますね」
口を動かしながら、久光はそんなようなことを言った。まだ口に食べているものが入っているのに、さらにそこへ押し込むから、そんなことになるのだ。
知っている顔。そして、知らない顔。
「お前」
真結は自然と声を出した。
「生きてたんだ、シイカ君」
久光は二呼吸ほど遅れ、馬鹿みたいに大きな声でそう言った。
「お知り合いですか、向山様」
「はい、この者はシイカ・アキシアルという、死んだミラモ・アキシアルの弟です。私の友人です」
シイカの隣りに立っていた男に向かって、真結はそう答えた。だが、目はシイカの方を向いていた。
「わかりました。私はこれで」
男は頭を下げ、来た方へ去っていった。
「真結さん、勝手に知り合いだと言って、門を通してもらいました。すいません」
「実際、知り合いだろ」
真結はそう答えたが、自分の言葉になぜか自信が持てなかった。
「今までどこに行ってたの? 私なんてもう、本当にシイカ君は死んじゃったんだって思ってたんだからね」
座ったまま身を乗り出し、久光はそう言った。目には涙があった。だが、顔は笑っている。
「すいません」
「でも、なんで朗読者? それ朗読者みたいな、なんだろ。朗読者?」
久光は涙を拭い、パンを手に持ちながら、首をひねった。
「何もないが、入るか、シイカ」
とりあえず、真結はそう言ってみた。
真結も戸惑っていたが、入口で立っていたシイカも戸惑っていた。
「パンもおかずもあるよ、食べなよ。でも、なんで朗読者になってんの、シイカ君?」
「失礼します。朗読者と言っていいのかわかりませんが、何かが変わったのは間違いないです。リムも召喚できます」
「扉を閉めろ、シイカ」
犬が鼻で扉を押し、シイカがしっかりと扉を閉めた。窓から入ってくる光で、十分に明るい。




