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昼。
北風島から戻ってきた久光は、どうしよう、どうしようと騒ぎまくっていた。
そして、若干涙ぐんでいた。
借りていたいつもの部屋だったが、久光が馬鹿みたいな力で扉を開け放ったため、扉は外れ、内側に倒れてしまっていた。
久光は、真結の肩辺りに顔を押しつけていた。
とりあえず、うるさい。
犬やふくろうは、倒れた扉を立て直そうと奮闘しているが、さすがにそれは上手くいかない。
「ちょっと落ち着け、久光」
「シイカ君がいなくなっちゃったんです、いきなり。どうしよう、真結様」
「どうしようって、探すしかないだろ」
混乱する久光の勢いで、真結も少し慌てていた。覆いかぶさってくる久光の頭を左手で押さえつけ、右手で練成を行った。
犬の後ろ足が、太くなる。
ある程度離れていても、犬やふくろうに手を加えることができる。
犬はいきなり二足で立ち上がり、前の足で器用に扉を立たせた。
それから、そのまま元の位置まで引きずってはめ込み、直してしまった。
ふくろうはそれを見てから、真結の方を見るが、どうもそれどころではないようだ。
しばらく、久光が何を言っても、真結はてきとうに相槌を打っていた。
胸の辺りがやたらと冷たくなってきた頃、ようやく久光は泣き止んで離れた。
「落ち着いたら言えよ、久光」
涙なのか鼻水なのかよくわからないもので、真結の服は濡れていた。それを脱ぎ、真結はたたんであったものに着替えた。それから、久光が肩にくくりつけていた物入れの中を物色した。あった。見たことのない銘柄である。こっちで買ったライターで、火をつける。一度強く吸い、窓から顔を出した。
特に変わった感じはしない。味の薄い、ただの煙草。他に、何と表現したらいいのか。
「どうです、煙草。なんか良くわからなかったんですけど、店の人が珍しいやつだって言ってたんです」
「ああ、うまいよ、それなりに」
「そうですか、良かったです」
久光は、ぼろ切れで鼻をかんだ。
「で、あの弟が連れ去られたんだって?」
「違うんです。シイカ君が、新世界に行く方法を考えてるって言って、実際にやってみたら、いなくなっちゃったんです。シイカ君が目の前から、いきなりいなくなったんです」
「は?」
練成で作った灰皿に、軽く灰を落とす。
「もしかしたら、本当に新世界に行けたのかもしれないけど、あのまま死んじゃったのかも」
久光がまた泣き始めた。ふくろうが一飛びして、久光の膝辺りに寄り添った。
「そう言われてもな」
新世界へ行く、というのがよくわからない。そういえばあの時、そんなことを言っていたか。
「シイカは、どんな方法があるって言ったんだ。とりあえず、何をしたのかを教えろ」
真結は煙草を灰皿に置いた。それから、水入れに手を伸ばし、一杯注いで久光に渡した。
「あ、ありがとうございます」
水を受け取ると、器と首を大きく傾けて、久光は水を飲み干した。そして一息、口から吐いた。
「シイカは何をした」
「シイカ君は、別に何もしてないんです。私が、召喚したリムにシイカ君を包んで、そのまま解放したんです。そしたらリムと一緒に、シイカ君も消えちゃったんです」
真結は首をひねった。
「リムで体を包み込んで解放したら、シイカが消えた。そんなこと起こり得るのか?」
「まさか、こんなことになるなんて思ってなくて、何も考えずに、すっと、やってしまって」
リムで包んで新世界へ行くなど、まったく聞いたことのない話である。しかし、そんな簡単に人が消えるか?
別の場所に飛ばされたってことも考えられるし、リムの中で潰されて死んだとも考えられる。というより、普通はリムだけが消滅し、何も起きないのではないだろうか。
「シイカは、なんでまた、そんなことを言い出したんだ?」
「それは私にもわかりません」
「衝撃で、ただふっ飛ばされただけで、見にいったらシイカが転がってるなんてことはないだろうな」
「家の中だったんですよ。それに、近くは探しました」
久光は落ち着きを取り戻していた。時々、久光は感情をぶちまけ、手をつけられなくなることがある。王宮にいた時もそうだった。それもあって、壬海へ行かされたのだった。
「まあ、そのうち見つかるだろ。気にするな。俺らはどうせ、まだここを動けないんだからな」
正直なところ、シイカがどうなろうとあまり気にはならなかった。たとえ、このまま見つからなくても。死んでいたとしても。
シイカは朗読者ではない。根島国の内情を知るのには使えただろうが、今回のことで久光を責める気にはまったくなれなかった。
尾花が動いている。おそらく、トルストだろう。壬海で何をするつもりなのだろうか。そちらの方が、気にかかる。
気持ちは変わらない。
できれば、壬海の兵が鉈欧へ入ってくれたらと思う。鉈欧にとって街二つは、この根島国にとって島一つ丸ごと奪われたようなものだ。当然、降伏しようと言い出す者も出てくるだろう。
まだ秋ではないが、もしかすると、有り得るかもしれない。そうなれば、もう取り返しがつかなくなる。
仕方がないが、父を殺すことになる。
それは自分でやる。他の誰かに任せるつもりは毛頭ない。
その時は父が王者だ。俺は、ただの向山真結として、王に挑むだけだ。
高尚な理屈は、特に思いつかない。鉈欧を塑山に渡すぐらいなら、さっさと殺した方が良いに決まっている。難しいことは何もない。
一度、俺はもうそれをやっている。あの時はまだ何者でもなかった。良く言っても、父、覇者の手先だろう。いや、俺は今も何者でもないだろう。
歴史はこうやって繰り返されるのかもしれない。だが、それはその時の最善の手なのだと真結は思った。




