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 人口は、百九十万人。


 場所は壬海の首都、比酎ひちゅう


 石造りと少数の木造の建物が混在していた。


 連れてきた部下は十人。


 北風島から北東へ飛び、さらに深く内陸部へ入った。


 街自体は海岸まで伸びている。

 大陸中央側から海へかけて、ゆるやかな坂になっていた。内陸側が高い。

 

 根島国を出て、十日余り。


 仕事の内容は、暗殺だった。だが、まだ誰を殺すのか決まっていない。


 壬竜課の表向きの仕事は、壬海の国王が住む館付近の治安維持全般だった。実際、行っている。自分を含め十一人、全員が朗読者である。


 いつもの根島国のやり方だった。同盟を組む国に対し、朗読者を貸す。


 元々のものなのか、何が関係しているのかは明らかではないが、人口の少なさに反して、根島国で朗読者が生じる確率は、他のグルー大陸の国の十数倍も高い。また、羅亜南、布馬も、根島国に匹敵するほど朗読者の人数は多い。


 おそらく根島国の各島は、グルー大陸から生まれたものではない。


 羅亜南のあるフォート大陸の最北西部の出っ張り、その部分が、塑山の北へ大きくえぐれた形とちょうど合うはずなのだ。


 根島国の六つの島がそれに入るとは考えにくい。大きすぎるのである。


 だから根島国の島々は、フォート大陸が南へ動いた後、海から顔を出したと考えられている。六つの島の間の海は、底がかなり浅い。


 新しい人生が始まるような感じがする。だが、慣れた感覚はやはり忘れられない。表の人間のふりをしながら、裏で人を動かし、殺す。


 そこまで劇的な変化でもなかろうに。トルストは、自分に向かってそう言った。


 別の人間になることでもしない限り、別の人生など歩めるわけがないだろう。ただ、場所が変わっただけだ。どこにいようと、これからどこへ行こうと、私は変わらずにいるだろう。


 恨み、悲しみ、喪失がある。

 どこまでもついてくる。


 私はそれでいいのだが、シイカだけは、どうにも心配なのである。

 だからと言って、何かをするわけでもない。ただ、心配するだけである。別に、シイカはそんなことを望んではいない。


 私は私で生きればいい。


 シイカは、そう言った。


 苦しいが、結局、これが私の選んだ道なのである。


 わざわざ、自分で苦しんでいるだけなのだ。誰に頼まれたわけでもない。ミラモは、何も言わなかった。


 壬海の建物は、根島国のものよりも二回りほど大きい。


 この館も、根島国の一の丸を横に三つ並べたぐらいの大きさである。窓は木の板で、上に動かし、開閉する。城下のようなものはなく、敷地自体はかなりせまい。だから、守りやすい。


 誰から守るのか。それを考えれば、また話は別だ。あくまで、外からの襲撃には強いというだけだ。


 春先ぐらいの肌寒さを感じていた。震えるほどではないが、上下にスーツを着ていても、まったく汗をかかないのである。


 ワイシャツの上に、皮のひもを使い、小銃を固定している。左の脇の下に銃がある。


 館には王族が住んでいる。ここで政治は行われない。根島国なら、城内にある議事堂が、ここでは街の中にあった。内政に王は口を出さない。


 おかしな感じがするが、首相は二人いて、他の国との外交にも王は出ていかない。対して根島国は、首相が全てを行っている。特に外交に関しては、議会はまったくと言っていいほど口を挟まない。


 王族が六十人前後、住んでいる。一国を統べる一族が、六十人である。老人から、生まれたばかりの赤子までいた。三世代である。ほとんど子供は二人という、奇妙な一族であった。その他、仕えている人間も住んでいるため、百人かそこらになる。王家の姓は蔵上くらかみという。


 トルストは銃を握り、そこにあることを確かめた。まだ慣れない。それに、いざとなった時、これを使うかと言われると、違うと即答できた。


 朗読者にも個人差がある。人と同じように、様々な違いがあるのだ。能力差、個体差と言った方が的確かもしれない。


 自分は召喚よりも練成の方が得意だった。速く動かすことに長けていた。速さは、リムの金属を移動させる速度。そのせいか、硬度が低い。また、召喚の大きさになると一度に大量の動きを必要とし、感覚的にも別のことをしているため、素早さは生きない。


 館は石造りで塀はない。足の短い草が建物を囲んでいる。手入れがされ、踏みならされていないところも手の指ほどの長さである。とても濃い緑色をしていた。


 下から数えて、窓は上へ十ある。つまり、少なくとも十階建てである。


 あの時とよく似た隔たりを感じる。


 館の屋上を、トルストは見上げていた。


 いくつかの窓、石の凹凸、こちらを見ている二人の子供。砂っぽい風の向こうである。ほほえむように、トルストは目を細めた。強い日差しであるが、館がちょうどの位置にあり、影はトルストまで十分に伸びている。


 上に続いているのか。それとも、横に続いているのか。本来の形などというものは実在するのか。


 私は今、隔たりを見上げている。


 子供が手を振った。トルストは、軽く頭を下げた。


 もう一度見上げる。


 それは空まで続いているように思われた。おそらくは、存在しないであろう角度。見えないもの。どこからか。胸を締めつける。


 まるで、終わりを待つような人生である。だがそのなかで時々、妙に自分を揺さぶるものがある。自分から近づいたもの。向こうからやってきたもの。普通に生きていれば、出くわすもの。私がただ、そうだと思っただけだ。


 海へかけてのゆるい坂だった。だが、それは大陸規模での話。


 南を見る。


 よく手入れされた足の短い草が続いている。トルストにとっては、ただの平地にしか見えない。

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