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試験が近かった。
学力を測る試験だ。
再来週、三日ほどかけて学校で行われる。成績が、卒業後の配属に影響を及ぼす。だから皆、それなりに勉強する。
でも、それよりももっと重要なものがある。後ろ盾だ。
ミラモは死んだけど、周りの僕に対する態度は何も変わらなかった。
ただ、シイカに後ろ盾がなくなったのは、明らかだった。
つまり、もうシイカは上には行けなくなったのだった。それでも、食べていくには困らない。なぜなら、中学校に通っている時点で、既に選ばれた民の部類だからだ。
トルストは書類上、シイカの父親となった。朗読者である。だが、文官の類ではないので、政治に深く関わる人間たちの間では、それほど力は持っていないのも確かだ。
ミラモ・アキシアルという人間は、根島国の力の象徴、化身だった。
ミラモが一人いれば、塑山の朗読者が何人来ようと、獅子の形をしたリムが何十頭やって来ようと、恐れるには足りない。民は、そう思っていた。だから、ミラモが死んだことは公にはされていない。だが、噂が広まった。国が、ミラモは死んでいないと言うだけで、民は皆、知っている。シイカも、だから学校では何も隠そうとはしなかった。
同級生の親は、国の人間なのだ。皆、どうせ知っていると思った。
今もそうだった。墓まであるのに、ミラモは壬海へ行ったことになっている。
墓石に名は書かれていない。でも、僕とトルストさんが知っている。別に聞かれたって、構わない。トルストさんには、言うなとも言われていない。だから、僕はミラモの墓ですと答える。
「あ、いたいた」
声がどこから聞こえたのか、シイカは判別できなかった。見上げ、何もなく、振り返った。声の主だけは、一瞬でわかったため、そこまで驚きはしなかった。
「日曜日だから、家にいると思ったんだけど、いないからびっくりしちゃった」
「家を知ってるんですか、僕たちの」
「え、ああ、知ってた。たまたま。偶然」
空から降ってきた久光に、シイカはやはり驚かなかった。
「どうしたんです?」
「ちょっと、トルストさんのことで聞きたいことがあってさあ。何か、変わった様子はなかったかな。あと最近、大きな仕事をしたとか言ってなかった?」
この女、ちょっとおかしかった。
恐ろしさすら感じる。
人として、何か変なのである。
「トルストさんの仕事のことは、全然知らないんです。国の人間ですから。僕にもそういうことは話してくれませんでした」
「本当に?」
久光が一歩前へ出て、じっと見てきた。少し、シイカは見上げていた。久光はのぞくように、まだ見てくる。
「何か、重要なことでも探しているんですか、久光さん」
シイカは半歩退いて、そう言った。
「いや、ただ調べているだけ」
それなら、なぜ、今にも手を上げそうな感じで見てくるのか。もう、シイカは走って逃げたくなっていた。
「あの、怪我をしていたみたいです。トルストさんは言いませんでしたが、重いものを持たないようにしたり、気をつけていたように思います」
「ふうん」
久光はちょっと首をひねりながら、下げていた首を元に戻し、シイカから離れた。
「怪我かあ。そういえば、何でここにいるの」
久光は、辺りを見回す。
「墓地じゃん、ここ。あ、これ、お兄さんのお墓?」
シイカは、首を縦に振った。
「塑山の人間にやられたんだよね。ミラモ・アキシアル。ミラモ・アキシアルさんか。年上だったっけ」
久光は視線を墓石に移し、そう言った。
「ぶっ殺してやりたいね、殺ったやつさ」
目玉が、自分を見ていた。
不思議と、シイカは久光のその言葉を怖いとは思わなかった。
シイカは、そうなのかもしれない、と思ったのだった。
あまり、考えていなかった。確かに、ミラモは人の手で殺された。ただ、死んだわけじゃない。
トルストさんから、おおよそのことは聞いていたし、グルー大陸のこともそれなりに知っている。塑山のことは、特に。だから、予想はついている。
「私に怒ってもしょうがないよ」
久光は、笑いながらシイカの頭に手を置いて、軽く撫でた。
「あと、なんか変わったことはなかったかな」
「いえ。壬海へ行くということぐらいです」
「これから街へ行くんだけど、シイカ君、案内してくれないかな。真結様に色々買い物頼まれちゃってさ」
「近いので、歩いて行きませんか。その間、僕の話を聞いてほしいんですが」
いいよ、と言った久光は、もう自分に背中を向け、歩き出していた。
多分、ずれているのだ。なんとなく、どう久光と接したらいいのか、シイカはわかり始めた。
昼にはまだ少し早い。だが、今日は日曜日である。
晴れてもいた。そして、涼しい。
多分、街は人であふれている。




