表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【長編ダークファンタジー・完結済み】朗読者の戦記  作者: 佐藤さくや
立ち上がる者
40/80

40

 妻が死んで、十一年になる。

 トルストが五歳年上だった。

 

 もう失うものはない。そういう人間は扱いやすい。

 危険に身を置きたがるし、恐れず、執念のようなものを持ち、仕事にそれをぶつける。


 自分がそうだから、よくわかる。朗読者にはそういう者が多い。だが、シイカは違う。


 それに、魂を削るような生き方をするには、早すぎる。今年で十五になるのである。まだ、ただの民として、普通の幸せを大事に生きていくことも、可能だと思うのだ。


 ずぶ濡れでトルストは歩いていた。

 雨は、雲が最後に持った水を全て落とし切るような勢いに変わっていた。


 門番の男に黒い板を見せ、橋を渡る。そこで翼竜を呼び出した。


 行く前に、シイカに言うべきだろう。はっきり断言できるようになったのだから、伝えるべきだ。自分の中では確定していたことだが、さらに塑山国内で捕まえた者から、直接聞き出したのだ。


 それは、ミラモが塑山に殺されたということだった。


 万が一、自分が壬海で死んだら、一生、それは不確かなままになってしまう。


 雨は、まだやみそうにない。翼竜は低く飛んだ。


 いや、もう少しだけ考えよう。シイカがこれからどう生きていくつもりなのか、先に聞くべきではないだろうか。


 そもそも、自分はそこまで踏み込んでよいのだろうか。もし、自分が国の人間でなければ。いや、もしと考えるのは止めよう。


 もし、は有り得ないのだ。


 シイカに世話をする人間を雇わせるという手もあるな。


 海の上。翼竜は、さらに低く飛ぶ。


 トルストの四肢が、不意に硬直した。


 体の内側に、ふわりとした感覚が生じた。


 練成なのか。


 わからん。これはなんだ。私は、何を見ている。

 ミラモか。


 トルストは、感じ慣れた気配に気付いた。


 ここはお前の記憶の中なのか。


 声に出しているつもりだが、トルストの体は硬くなったままだ。だが、翼竜は飛び続ける。


 何か書き物をしている老人。


 背にミラモを乗せ、飛んでいる巨大な翼竜。


 視界に、海の拡がりが戻ってきた。

 トルストは右を見た。赤くない。

 何も映っていない。夕日が消えた。


「お前」


 呟いた。トルストは自分の声を聞いた。それから目を閉じた。


 片方は、ミラモの持っている新世界の記憶の断片だ。


 そして、もう一つは実際にここで起きたことだと思う。


 あの時、血だらけのミラモを乗せた翼竜は、城内に降り立つとすぐに消えたらしい。練成で残った余力だけで飛んでいたのだ。


 トルストは翼竜を止めた。少し、高度を上げる。それから、南の方へ少しだけ体を回転させた。


 閉じたままのトルストの目がわずかに動く。翼竜が飛んだ軌跡が見える。


 高速で映像が進んでいく。進んでいるはずだ。だが、見える翼竜は後方へ前を向いたまま飛んでいる。


 その背中で、仰向けになったミラモはまったく動かない。


 死んだミラモを乗せ、翼竜がただ飛び続けていた。もう、塑山が見えそうなほど北側まで見た。


 眩しく感じる。


 トルストは目を開ける。たった今、自分の見たものの正体が何であるのかは定かではない。だが、確かな実感が持てる。絶対と思えるほどそれを疑えないのである。


 トルストは、それら全てをミラモの意志によるものと思った。


 幻かもしれないのだが、ミラモの意志に間違いないと思うのである。


 空に、光が生じた。

 途切れ途切れに雲間を抜ける光は、海までは届かず、おだやかに辺りの景色を照らす。


 ミラモ自身の言葉は、一つもなかった。


 「普段は余計なことばかり、だらだらと話していたくせに、こういう時だけ無口なのか、お前は。だらしのないやつだ」


 宙に浮いていた翼竜が羽ばたき、空へと舞い上がった。そして、北を向く。


「おい、何か言ってみろ。ミラモ」


 なんとなく、化けて出てみただけですよ。


 あの男ならそんなことを言いそうだ、とトルストは思い、少し笑ってしまった。

 


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ