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一ヶ月。
馬鹿みたいにのんびりと時が流れたと思う。
真結はさらに肌の色が黒くなった。だが、周りの人間とは少し色が違う。
周りは濃い茶色で、こげたような感じだ。自分は赤みを帯びた茶色である。南下にはそれなりに時間をかけたので、急に色が変わったというわけではない。増したというのが近いと思う。
塑山の動きが完全に止まった。
準備した金が、底をついたのである。
星老は何もしなかった。
壬海は、久光が双方で小さな騒ぎを起こしたため、少しだけ塑山が前に出て壬海が退いた。
大きなぶつかり合いは一度もなく、平時に戻った。
そして、鉈欧が土地を奪われた。
東南の一部。街二つ分である。
一つ堕ち、それから、もう一つ。
小さいとは、決して言えない傷である。
一つも堕ちないと予想していたので、真結は驚いた。
単純に、力で負けたらしい。原因をたぐれば、おそらくは父にたどり着くだろう。現場の人間の失敗で、たやすく街一つなど、堕ちたりはしないはずだ。何か根本的な誤りがあったに違いない。ただ守っていれば良いところを攻めに出る。そんなところだろう。
真結は、大きくため息をついた。
「まあ、まあ。そんなに落ち込むことはないですよ。真結様、大丈夫です」
あんこ玉とかいう、皮の内側のあんこがほぼ透けて見える、要はあんこの塊を指でつまみながら、久光は言った。元々色が黒かったが、久光も日に焼けたようである。完全に、根島国の街と人に溶け込んでいる。
この島と同じ竜廓という街で、腰を下ろしていた。また、小さな卵のようなあんこ玉を久光は口へ運んだ。場所は茶屋である。常に見張りの人間が二人ずつ交代でついてはいるが、街の中を自由に歩いても何も言われなくなっている。
六人。
いちいち久光が指を差して教えるので、全員の顔を真結は覚えてしまっていた。
だが、自分から何か話したりはしない。かわりに、よく久光がからかうつもりで、わざとらしく声を掛けると、その者たちはとても嫌そうな顔をする。
一つ目の街がやられたのが二週間ほど前で、二つ目の街がやられたのは、四日前であった。
情報はトルストから得ていたので、信用できると真結は思っている。
鉈欧の人口は、一千万だった。そして、この根島国もそれぐらいの人口である。
この国を、大きいと感じ始めていた。追月地区へ出た時は、よくわかっていなかった。そう。塑山へ出た時に感じたものと、とてもよく似ているのである。大きいだけでなく、重さがある。
鉈欧から二度、使者がきた。自分の安否を確認するためであった。
結果、自分は壬海に潜り込んでいた根島国の人間に連れ去られたということになった。
王宮から突然、自分は姿を消した。向こうではやはりそうなっていた。ただ、夜に抜け出し、南下しただけだった。しかも歩いてだ。空も、この根島国へ来るまでは一度しか飛ばなかったのだ。救いようのないまぬけばかりだ。
何か、小さい動きが必要になる。自分の周りに人を置く。他の国にも人を置く。そういうことをしなくてはならない。
鉈欧の王になるための道のりは遠い。そこへ行くまでに、やらなくてはならないことはたくさんあると思っていた。それが何なのか。時期が来れば、おのずとわかると思っていた。今が、その時期なのだ。
また動き出す。大陸を縦断したように、前へ進むのである。
真結は、一人、目をつけていた。トルストである。
あの男は、使えそうな気がする。城下では噂が流れていた。それを久光が拾ってきたのである。
何の失敗をしたのかは、定かではなかった。裏切り者は始末した、とあの男は言ったのだ。他に何かあるのか。それが関係しているのか。次に会った時、こちら側に引き込んでみようと真結は考えていた。
茶屋には二人だけであった。
ふくろうと犬はあの部屋に置いてきた。久光が来てからは、二匹と二人で歩くことになり、やたらと目立つようになってしまったため、部屋の中に置いておくことが多くなった。
自分たちが戻ると、二匹はいつも違うところにいた。
ちゃんと、自分の見ていないところでも動いているのである。逆に、自分がそばにいる時は動かないことが多い。
湯気の立たない程度に温かい茶を飲みながら、あの二匹は何を考えているのだろうと、真結は想像してみた。大半、自分の意志を反映しているから、自分と同じようなことを考えているのだろうか。それとも、何も考えてはいないのか。
「うわ、真結様、これ。岩塩なんですけど、甘いのに凄く合うんですよ」
ぼんやりとしていた。だが、ずっと食べまくっている久光が視界に入っていたからだろう。
胸の辺りが気持ち悪い。