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喰らった一撃は、巨大な槌か何かで殴られたほどの力で、受け切れなかった。
蹴りだった。
鳥のようなリムで空を逃げていたあの男は、急に方向を変え、自分に向かってきた。
自分と似たような質の朗読者だと思った。
トルストは、自身の一撃を叩き込むために備えた。
鎧として薄く、硬くなっていたリムの金属が、揺れるほどやわらかになった。
男が飛んできた。体一つ、落ちていると言った方が正確かもしれない。
自分は、見上げていたのだ。銃を持っていた。引き金を引けば、それだけで何発も連射できるそれなりの銃であった。
それを撃ちまくったが、男はぶ厚いリムの金属と腕で顔を包むようにしながら落ちてくる。血は見えなかった。爆弾は持っていなかったし、既に使うには距離が近すぎる。そして、遅すぎる。そう思った。
上で、男は体を開いた。それから、自分に背を向けた。
至近距離でリムの金属に覆われた頭を撃ち、気絶させようと考え、トルストは一瞬だけ間を置いた。
何か来ると感じ、リムの上で真横に飛んだ。リムから飛び降りたのである。
来たのは、男自身の体であった。ただ、落ちてきたわけではなかった。とてつもなく、加速していたのである。
おそらく、かなりの量のリムの金属を、圧縮して纏っていたのだろう。叩きつけるような感じで、脚を振り抜いてきた。当たると思った。全身の、溶けかけていたリムの金属を左の肩口に集め、それを受けた。まさに金槌であった。だが、自分のリムの金属は水のように全方位に砕け散り、衝撃を殺してくれた。
男と眼が合った。自分は、右の手を伸ばしながら、銃を男に向けた。男の方が、速かった。
男は自身の頭を覆っていた鎧を解放したのであった。
トルストは、撃ってしまった。眉間より上の側頭部だった。
銃で相手を気絶させるのは、裏の人間で、しかも朗読者を相手にする場合に多く立つ者なら、皆が知っている方法だった。
結果、トルストは男を殺してしまった。
間違いなく、捕えられ、情報を奪われることを防ぐため、自ら死んだと思う。自分に撃たせたのだ。
その部下と自分以外、間者の存在に気付いていなかった。正体を誰も見破れなかった。
静かに、確実に捕えようとしたため、一人で動いた。それで失敗し、仕事が減った。全てを取り上げられたわけではないが、課長ではなくなった。だが、動かせる人間はまだ与えられている。
あの状況で、死を選ぶ。
トルストはまだ考えていた。わからないのである。一撃で自分を殺せなかった。大きな騒ぎになる。軍が動く。
既に根島国と塑山の間には、大きな亀裂が入っていた。あのまま、塑山へ戻れば良かっただけではないのか。逃げようと思えば、逃げることはできたはずだ。
気になって仕方がない。どこで死を覚悟したのだろう。それを、考えてしまう。
どんな表情をしていたか。どんな眼をしていたか。あの角度では、見ることができなかった。ゆえに思い出すことはできない。
色々と、想像してみるのである。
ちょうど仕事は減ったから、そういうくだらないことを考える時間は、これからもある。