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天空とまでは行かないが、低い雲よりも高い空だった。
一人の男を追っていた。
トルストも、一人だった。
自分の部下が、やっとたどり着いた情報だった。
ゆえに、ほぼ疑いはないと判断した。
捕えるつもりだった。生きた状態で。
だが、失敗した。逃げるだろうとは思ったが、自ら命を絶つとは思わなかった。
つまり、本当の意味では裏切り者ではなかったのである。
塑山の間者だった。
そんな危険な男が首相の秘書だったのは、本当に驚いた。素性は調べてあったが、全て嘘だったということだ。
どの国であっても、表の軍とは別に、隠密行動を主とする裏の軍を持っている。
自分はおそらく、その中間に属した性質を持つ動きをする軍の一員であろう。
だが、あの男は違った。完全に闇に包まれ、存在すら知られていない塑山の裏の軍の人間であった。
そこまでわかったのは、あの男が死んだ後で、追っている時はただの間者と考えていた。そういう意味では、間者ですらないのかもしれない。
トルストは、今年で四十八になる。
練成における、リムの金属をやわらかなままにしておくことに、長けていた。
通常なら、リムの金属で体を覆えば、それは堅い鎧となる。だが、自分は自らを素早く動かすために使った。
他の朗読者でもやろうと思えばできるのだろうが、自在に操ることはできない。
リムの金属はあらゆる方向に伸び、縮み、しかも下には軽いというおかしな性質を持つ。
それを纏い、激しく動くと頭がついていかなくなる。体に染みついた感覚に全てをゆだね、練成し続けていることを意識すらせず、扱う。
それで、やっと動けるようになるのである。
長い年月をかけて、そうするしかない。