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「せっかく護衛がついたのに、随分早く来たな」
「まあまあ、そうおっしゃらずに。真結様が最後にやらかした騒動のせいで、私も大変な思いだったのですよ」
声だけであった。夜中で、周りに光るリムはない。
戸を静かに滑らせ、久光が建物の中へ入ってきた。
戸を閉めると、足元に小さな花型のリムを召喚した。
眩しさに真結は目を細めた。
「お前、泥だらけじゃないか。傷でも負ったのか」
「いえ、傷はないです。それより、ちょっと眠らせてください。ほとんど止まらずに大陸を縦断したので、さすがに疲れまして」
「騒ぎが収まってから来れば良かっただろう」
「いえいえ、私がそばについていなければ危険です。ここで真結様に死なれるわけにはいきません。大事な私の雇い主ですから」
真結が立ち上がると、久光の眼は真結の鼻の辺りの高さとなった。
真横に深く掘ったような独特の二重瞼が、自分を見つめていた。
「ゆっくり、休め」
返事はなく、久光の体が不意に倒れた。それを、真結は支えた。久光が押してくる。
「おい、ここで寝るな」
自分の胸に顔をうずめたまま、久光は寝息を立て始めた。仕方なく足をすくい上げ、自分のベッドまで運ぶ。
ふくろうが久光の顔の横に飛んできた。じっと、見ている。
「なんだ、忘れたのか。王宮で、しばらく一緒だったろう」
ガラスのはめ込まれた窓を開け、煙草に火をつけた。吸うと赤く燃えた。
それから入口の戸を閉め、鍵を掛け、久光が呼び出したリムを解放した。一気に部屋の中が暗くなる。
窓のところにひじを乗せ、しばらく空を見ていた。
相変わらず、久光は寝息を立てている。ふくろうはその顔を凝視したまま動かない。犬は、自分の横で窓のところにあごを乗せている。
荒んでいたのだと気付いた。心が鎮まり、整っていくのを真結は感じていた。
吸うよりも多くの息を吐いた。煙は漂うでもなく、月の照らす夜の中へと消えた。
見知らぬ場所は塑山も同じだったはずだ。真結は自分で肩を揉んだ。
しばらくそうしていると、少しやわらかくなってきた。
無理に硬く細い血の管を、血が流れていく。
落ち着いているが、不思議と目は冴えている。
王宮にいた時も、悪い事ばかりではなかったのだ。久光と顔を合わせたのは、およそ三年振りであったが、何も変わっていないように思えた。むしろ、こいつがそう思わせなかった。
幼い子供のように顔や髪、服を汚したまま眠る。姓は久光。名は、夏という。
練成で作った灰皿に、煙草を押しつける。そして、木の床の上に腰を下ろし、仰向けになって寝た。横を向き、自分の腕を枕にする。すぐに腕が痛くなった。
むくりと体を起こし、真結は久光の頭の下から枕を抜きとった。
頭が落ち、小さな音がなる。すると久光は眠ったまま、笑った。
その枕を使い、再び真結は床に寝転んだ。




