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また、降ってきた。
ちょうど塀の内を一周し、用意された建物の前まで戻ってきたところであった。
一階しかない小さな家という感じだ。
時々、人が通っていく。
そのたび、犬とふくろうを見る。皮は着せていない。
むき出しの銀色である。
あまり雨に濡れると、皮にはかびが生えてくる。
根島国の人間は皆、独特の顔をしていた。
毛の色は自分と同じ黒だが、肌が浅黒い。
そして、線に丸みがあり、やわらかな感じがするのだ。
混血の人間の元と言えば、ああ、確かにと思う。
直接見たことはないが、星老の人間に近いものがある。写真入りの本で見たことがあった。
死んでしまった大翼竜仕も、写真で見たことがあったため、顔は知っていた。
惜しかった。
まだ、二十四歳だった。グルー大陸最強の朗読者も、策略と科学には勝てなかったということだ。
傭兵として雇った塑山が自ら手を掛けた。
真結は、そう考えた。
鉈欧と根島国が、手を結ぶ。
それを予想した者が塑山にいる。
それか、この根島国の内部に。こちらの方が可能性は高いだろう。
つまり、俺も命を狙われる可能性はあるということだ。
「向山様」
自分よりも先に、犬とふくろうがそちらを向いた。
姓で呼ばれることに、慣れていないのだ。
なにしろ、鉈欧の王宮にいた人間は、ほとんどが向山なのだった。
小綺麗だが暑そうな格好をした、あまり背の高くない中年が歩いてきた。
「あまり、南側へは近づかれぬよう、お願いします」
「なぜです」
「危険です」
「裏切り者がいるからですか」
真結は少し口を開け、笑ってみせた。
「そのようです。要人に死なれてはこれから先、二国が上手くやるのが難しくなりますので、お願い申し上げます」
「あなたが、私の護衛ですか」
「そうです。ロイ・トルストと申します。昨日まで、首相を護衛する課の長でありました」
「そちらの仕事は、もういいのですか」
「元は、首相が外の国へ行く場合の護衛を行っていましたが、そのような機会はほとんどないため、様々な仕事を行う形になっているのです」
「わかりました。これから、よろしくお願いします。トルストさん」
お前は一体誰なんだ。
そう、真結は自分に聞いてみた。
どこの紳士なんだよ。
自分のことを私などと言うのは、父の前だけであった。
だが、この男は自分の腹の中をわかっている。
どういう理由で、わざわざここまで来たのかを知っている。
ぼやけている。多分、それは遠くにあるものなのだ。
「どうかされましたか」
「いえ、遠くまでやってきたなと」
「一ヶ月ほどですか」
本当は鉈欧のことを言ったわけではなかったが、真結は逆にそうなのかもしれないと思わされた。
空に、いつか交える道を想った。向こうの道はただ、真っ直ぐに伸びている。一方、こちらは曲がりに曲っている。近そうで遠い。
犬とふくろうも、真結と同じ方向を見ていた。拡がる空は青い。
雨を落とした薄い雲が、長く伸びていた。




