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三月になった。
一日の中で雨が降り、そして晴れるというのを繰り返している。
そのたび暗くなり、また明るくなる。
いつも五月まではこんな調子だ。
トルストおじさんが自分の養子になれと言った。
どうしてそこまでしてくれるのかわからない。
ミラモとだって、特別に親しいわけではなかった。
むしろ、ミラモがただ迷惑をかけていただけだ。
しかも仕事の上司、上官であるにもかかわらずだ。
ミラモがたくさん稼いでいるのは知っていた。
お金は、国に届け出をすれば、小型の黒い金属の板と何人かの手書きの署名が入った紙に替えることができる。
その二つを島の役所へ持っていけば、再びお金に替えることもできる。
少なくとも、五年。
自分一人が楽に生活できるだろうとトルストおじさんは言い、ミラモの遺したその金は、国が保障するとも言った。
それらの管理をどうするか聞かれたが、自分が持つ以外に選択肢はないと思った。
一冊。
短編小説が二本入っているかどうかぐらいの厚さの小さな本が増えていた。
手書きの文字ではなく、しっかりと印字されたものである。
国に正式に朗読者であると認められる際に行われる、彼らの呼び名の元となる朗読を書き留めたものであった。
人によって、量も内容も異なる。
自身が記憶している新世界のことを全て話すのである。
そもそも誰の記憶であるのか、から始まる。
専門的な知識や、特殊な技術などを会得している場合、それをこの旧世界に再現すること自体がその朗読者の務めとなったりする。
特にそういうものもなかったミラモでさえ、三ヶ月ほど国の人間数人を相手に、淡々と話し続けたという。
この本でも、かなり内容を選んだだろう。
ミラモの記憶は一広高士という老人のもので、年齢は六十八だったのだ。
つまり、ミラモは人が生きた六十八年分の人生を話したのである。
これから僕が十五になるとして、自分の四倍以上の長さを生きた人間の人生だ。
これまでの自分の人生でさえ、色々なことがあったとシイカは思ったが、大きなできごとのいくつかだけが思い浮かび、視界はまた部屋の中に積まれた無数の本へと戻った。
南風島にいた頃の景色は、どれも似ている。
色は灰色で、伴う感情も同じ。いや、それ以上に暗い。
黒に近いものだ。重く、体を下に引っ張り、足を止めてしまいそうになる。
そうだ。僕の家族は、ミラモだけだ。あんなのは家族でも、親でもない。
胸の内にほんのわずか、弱さが滲んだ。
シイカは涙を拭いた。
まだ温かい涙。
雨が降り始めた。激しく、また激しく、全てを包み込んでゆく。




