21
苦しい。
夢か。そう思い、シイカは目を開けた。口が塞がれている。
「国の者だ。騒ぐな。シイカ・アキシアルで間違いないか」
男は、はっきりとそう言った。
黒い板を見せている。
シイカはほとんど目だけ伏せるような感じで、首を縦に動かした。
「城まで行く。支度をしろ」
あっさり、男は手を離した。洋式の服。黒いスーツを着ている。
シイカは戸惑いながらも男の前で服を脱ぎ、それなりの格好をした。
白いシャツと、黒い長ズボン。
学校の制服であった。
そばには、ミラモが下手な練成で作った小銃があったが、シイカは手を伸ばさなかった。
ベルトを締めていると、男は窓を開け始めた。
そして、翼竜を呼び出した。多分、ミラモがいつも召喚しているものより、二回りほど小さい。
男は飛び乗り、こちらへ手を伸ばす。素足のまま、シイカは屋根に出る。
男は靴のまま家に入ったらしい。
何も言わず、シイカは男の後ろに乗った。
海を渡り、男が言った通り、竜廓島の北東部へ来た。
竜廓市。
まだ空は暗く、街だけが点々とした光を放っていた。
その中で、よく光っているところが見える。
空。
それから、ゆっくり木々の高さまで降りていく。
翼竜は堀の内側へと降り立った。
「来い」
男は門番に小さな何かを見せながら、自分にそう言った。
シイカは裸足だった。それでも歩く。
踏み鳴らされた土は冷たく、なめらかだ。
初めて入る。
男は正面の建物の右へ歩み進んでいく。
確か、この建物が最も大きい、首相が仕事をしている場所だ。
塀の上と下に間隔を開け、花形のリムが並んでいる。その光に沿って、奥へ奥へと進んでいく。
横に長く、一階しかない建物を通りすぎる。
広場のようなところへ出た。周りを、小さな建物が囲っている。中央には幹が太い木が一本。その下には銀色の机と椅子がいくつか、乱雑に置かれている。
その広場も抜けた。大分、歩いた気がした。
右側の小屋のような建物の窓から、光がもれている。
「あそこだ」
「はい」
何のことなのかもわからず、シイカはそう返事をした。
「覚悟をしておけ。悪い知らせが入り、これからそれを見にいく。ミラモが死んだ。体が、あそこにある」
シイカは歩き続ける。男も歩き続ける。小屋は、正面。
男が、初めて振り向いた。
小屋の扉が開く。まぶしくて、男の表情は見えない。
「ミラモが、死んだ?」
「連れてきたか」
シイカは足を止めた。
聞き慣れた声。
「ここに」
男はまた、体を回す。狭くなった視界に別の人間が映る。
「来なさい、シイカ」
「トルストおじさん」
無意識に喉が震え、声が漏れた。
吸い込まれるようにして、建物の中へ入った。中には、さらに二人男がいた。その足元にミラモが横たわっていた。体には、布がかけられているが、顔は出ていた。
左側が、血だらけだ。
「朗読者は早死にする。ミラモはそれでも少し、早く死にすぎた」
後ろに立っていたトルストが言う。
いつか死ぬ。殺されるか、いや、殺されるな。どういう形かはわからないが、まあ、それが朗読者だからな。
頭の中をミラモの声と言葉がよぎる。
通り名は大翼竜仕。
指の先から、奥の奥。体の中心まで、全てが震えている。
ミラモのそばに立ち、顔を見下ろす。
シイカの噛みしめた歯と歯の間から、息と声が漏れた。
泣いてはいけないような気がした。だが、涙が流れる。制服の袖でそれを拭く。
何かがこみ上げてくる。
声が漏れる。シイカはまた涙を拭いた。
同じことを、繰り返す。
足の力が入らない。シイカはその場にしゃがみ、顔を伏せた。
「私が残る。もういい」
足音が遠ざかっていく。
自分を救ってくれた。実の親に売られそうになったところを、ミラモが助けてくれたのだった。
色々なことを思い出す。だが、朗読者としてのミラモだけを自分はあまり知らない。
明るく、ミラモはいつもてきとうで、笑ってばかりいた。
だから、こういう死に方が想像できなかった。朗読者としては、珍しくない死に方だ。戦い、死ぬ。ミラモらしいと言えば、そうなのかもしれない。
でも、早く死にすぎだ、ミラモ。
泣いたら駄目だ。
抗うように、シイカはそう思った。




