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 苦しい。

 

 夢か。そう思い、シイカは目を開けた。口が塞がれている。


「国の者だ。騒ぐな。シイカ・アキシアルで間違いないか」


 男は、はっきりとそう言った。

 黒い板を見せている。

 シイカはほとんど目だけ伏せるような感じで、首を縦に動かした。


「城まで行く。支度をしろ」


 あっさり、男は手を離した。洋式の服。黒いスーツを着ている。


 シイカは戸惑いながらも男の前で服を脱ぎ、それなりの格好をした。


 白いシャツと、黒い長ズボン。

 学校の制服であった。

 そばには、ミラモが下手な練成で作った小銃があったが、シイカは手を伸ばさなかった。


 ベルトを締めていると、男は窓を開け始めた。

 

 そして、翼竜を呼び出した。多分、ミラモがいつも召喚しているものより、二回りほど小さい。

 

 男は飛び乗り、こちらへ手を伸ばす。素足のまま、シイカは屋根に出る。


 男は靴のまま家に入ったらしい。

 何も言わず、シイカは男の後ろに乗った。


 

 海を渡り、男が言った通り、竜廓島の北東部へ来た。


 竜廓市。

 まだ空は暗く、街だけが点々とした光を放っていた。

 その中で、よく光っているところが見える。


 空。

 それから、ゆっくり木々の高さまで降りていく。

 翼竜は堀の内側へと降り立った。


「来い」


 男は門番に小さな何かを見せながら、自分にそう言った。


 シイカは裸足だった。それでも歩く。


 踏み鳴らされた土は冷たく、なめらかだ。


 初めて入る。

 男は正面の建物の右へ歩み進んでいく。


 確か、この建物が最も大きい、首相が仕事をしている場所だ。


 塀の上と下に間隔を開け、花形のリムが並んでいる。その光に沿って、奥へ奥へと進んでいく。


 横に長く、一階しかない建物を通りすぎる。

 広場のようなところへ出た。周りを、小さな建物が囲っている。中央には幹が太い木が一本。その下には銀色の机と椅子がいくつか、乱雑に置かれている。


 その広場も抜けた。大分、歩いた気がした。


 右側の小屋のような建物の窓から、光がもれている。


「あそこだ」


「はい」


 何のことなのかもわからず、シイカはそう返事をした。


「覚悟をしておけ。悪い知らせが入り、これからそれを見にいく。ミラモが死んだ。体が、あそこにある」


 シイカは歩き続ける。男も歩き続ける。小屋は、正面。


 男が、初めて振り向いた。


 小屋の扉が開く。まぶしくて、男の表情は見えない。


「ミラモが、死んだ?」


「連れてきたか」


 シイカは足を止めた。


 聞き慣れた声。


「ここに」


 男はまた、体を回す。狭くなった視界に別の人間が映る。


「来なさい、シイカ」


「トルストおじさん」


 無意識に喉が震え、声が漏れた。


 吸い込まれるようにして、建物の中へ入った。中には、さらに二人男がいた。その足元にミラモが横たわっていた。体には、布がかけられているが、顔は出ていた。

 左側が、血だらけだ。


「朗読者は早死にする。ミラモはそれでも少し、早く死にすぎた」


 後ろに立っていたトルストが言う。


 いつか死ぬ。殺されるか、いや、殺されるな。どういう形かはわからないが、まあ、それが朗読者だからな。


 頭の中をミラモの声と言葉がよぎる。


 通り名は大翼竜仕。


 指の先から、奥の奥。体の中心まで、全てが震えている。


 ミラモのそばに立ち、顔を見下ろす。


 シイカの噛みしめた歯と歯の間から、息と声が漏れた。


 泣いてはいけないような気がした。だが、涙が流れる。制服の袖でそれを拭く。


 何かがこみ上げてくる。


 声が漏れる。シイカはまた涙を拭いた。


 同じことを、繰り返す。


 足の力が入らない。シイカはその場にしゃがみ、顔を伏せた。


「私が残る。もういい」


 足音が遠ざかっていく。


 自分を救ってくれた。実の親に売られそうになったところを、ミラモが助けてくれたのだった。


 色々なことを思い出す。だが、朗読者としてのミラモだけを自分はあまり知らない。


 明るく、ミラモはいつもてきとうで、笑ってばかりいた。


 だから、こういう死に方が想像できなかった。朗読者としては、珍しくない死に方だ。戦い、死ぬ。ミラモらしいと言えば、そうなのかもしれない。


 でも、早く死にすぎだ、ミラモ。

 泣いたら駄目だ。


 抗うように、シイカはそう思った。


 

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