表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【長編ダークファンタジー・完結済み】朗読者の戦記  作者: 佐藤さくや
利用された者
20/80

20


 翼竜の翼が、街と垂直に風を切る。

 ふらふらと揺れている木箱を追い抜く。


 気付いたか。


 やはり翼の生えた象は不自然だ、シイカ。


 象には二人乗っていた。


 銃声。


 小さく、連続していた。当たるわけがない。

 自分は、真下に向かって落ちているのだ。


 もう、確実にやれる。


 翼竜が翼を広げ、大気を斜めに切り裂く。手をついて、ミラモは体を支えた。もう、象ははるか後方である。そして、東が前。星老の軍の方に飛んでいる。


 指をかけ、輪を二つ引き抜く。手の平の付け根のところで出っ張った部分を、押し上げる。


 ただ、手を離した。下は街。二つの手榴弾が後方へ流れていった。この高さだ。どこにぶつかろうと、必ず爆発するはずだ。


 もう一つは、集まっている防衛陣地に向かって放ってやる。


 五万もの兵をわざわざこちらへ集めたのだ。士気は十分あるだろう。


 とりあえず、あまり姿を見せない方がいいな。後から塑山にごちゃごちゃと文句を言われるだろうし。


 一度、速度を上げた。そして、高度も上げた。

 

 さっきの象の気配は、もう遠すぎてわからない。手榴弾がどうなったのかも。だが、さすがにのんびりはしていられない。


 山が近かった。


 街の外れ。まだ速度は落とさない。


 少し、横に長い円陣。


 獣が猛るように、翼竜は体を起こした。翼は風を巻き、急激に速度は落ちる。


 再び羽ばたき、浮力を生み出す。


 真下ではなく少し前寄りに羽ばたいている。翼竜もミラモも、まだ傾いていた。


 翼竜の背に片膝をつくような格好で、ミラモは輪に手をかけた。そして、引き抜く。


 円陣の上空だった。

 同じように、出っ張った部分を押し上げた。

 指先から腕へ何かが伝わった。


 秒すら、またいでいない。


 爆発。


 左手。まず、手首から先が散った。


 それから、風の塊がミラモの脇腹に突き刺さる。


 肌に密着した鎧を抜け、単純な力が肋骨を割る。


 そして、爆発は内臓へと達した。

 

 瞬間が訪れた。


 そこで、初めてミラモの眼球がそちらへ向いた。全てが速すぎて、まだミラモはそれらを認識できていない。


 空が、遠くなっていく。翼竜の姿も遠くなる。自分が、落下している。


 何かしくじった。その時と同じ、嫌な感じがする。


 ついでに空が汚い。そして、せまい。


 左側がねえ。


 ほぼ無意識に、ミラモは新たな翼竜を呼び出した。


 真下。翼竜がミラモをすくい上げる。


 なんだってんだ、一体。見上げた空には灰色の煙が漂っていた。


 左。動かそうとした、手、足、それら全てがない。いや、感じないだけで、本当はあるのかもしれない。


 起き上がろうとするも、意識が体をすり抜けるような感じがするだけだ。鎧を着ていても、駄目だったか。


 塑山が、俺を殺そうとしたのか。それか他の国がそう見せかけたか。


 練成はあまり得意ではないが、今回はしょうがない。


 どこも痛くないのだ。死ぬに決まっている。


 天を仰いだままの状態で、ミラモは翼竜に体を固定した。


 翼竜の全身に線のようなものが現れ、表面に隆起した。


 ミラモによる、渾身の練成であった。根島国まで多分、もつだろう。


 死体が見つからないと、後々、めんどうなことがたくさん起こる。


 いつかは死ぬと思っていたが、まさか、今日だとは思わなかった。

 本当に思わなかったんだ、シイカ。


 なんとかならないのか、一広高士。

 

 俺が死んでも、あんたはそっちで生き続けているんだろう。一番長い付き合いじゃないか。わかるだろ、あんたなら。


 俺はまだ死ねないんだよ。


 見えるのは、新世界。建物。

 小さな庭。長椅子に腰を降ろした、一広。

 数人の老人。

 

 すがるような想いで、ミラモはそれを見ていた。

 翼竜は飛び続ける。方向は変わっていた。

 

 シイカ。

 

 翼竜は、飛び続ける。方向は南東。

 ミラモ・アキシアル。

 通り名は、大翼竜仕だいよくりゅうし

 

 戦場は、いつも一つ余計にあった。

 自分と戦い続けた。戦って、戦って、戦い続けた。

 

 本当は抗い続けていたんだ、シイカ。

 俺は負けてない。

 負けてなんかいない。


 なあ。


 そうだろ。


 ミラモは、もう目を閉じていた。

 今まで、誰かに問うことなんか一度もなかった。

 

 ごめんな、シイカ。

 それから最後に、ミラモは一つだけ願った。

 

 海上。

 一つの夜が明け、歴史が変わった。

 

 陽が乾いた血と、冷たくなったミラモを照らす。

 

 翼竜は飛び続ける。

 羽ばたきをやめる気配はない。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ