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【長編ダークファンタジー・完結済み】朗読者の戦記  作者: 佐藤さくや
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 昨日で二十日経った。

 ほぼ、歩きであった。

 

 二人。真結ともう一人、中年の男である。

 男は死んでいる。だが、誰が見ても生きている人間のそれにしか見えない。


 鉈欧と追月地区の国境で一人、そして海を船で渡り、森の中の細道で一人、この街へ入る直前に一人、殺していた。


 別に殺さなくても良かったのだが、襲ってくる者は仕方がない。それにちょうど良かったのだ。


 死体の中には真結が作り出した犬とふくろうが入っていた。


 原型はなく、二匹は混ざり合い、水のように人体の隅々にまで潜り込み、自由に操っている。


 いつも二匹が着ていた獣皮は、適当にひもで縛った状態で真結の背にくくりつけられている。


 それを売り歩く行商人の従者というふうに見えなくもない。


 ただ、少しばかり着ているものが立派すぎる。


 元々同じ民族だけあって、顔や毛の色などの特徴は同じであった。


 この街に入ってからは、見慣れない肌の浅黒い者を時々目にした。


 だが、顔の線は根島国の者たちより直線的で、表情の冷たさもあった。移民との混血である。


 汗が滲む。

 何もしていないのに、やたらと喉が渇く。

 水よりも酒が安いというのは本当だった。


 壬海と塑山の国境が近いという証である。これでも涼しいというのだから、驚くしかない。


 無口な男の供を演じながら、今日の宿をとった。


 宿は二階建てであるが、他の建物はほとんどが平屋である。


「おい、出てくるなよな。部屋が血で汚れる」


 戸を閉めてから、真結は言った。


「明日には元に戻してやるから、もう少し我慢だ、いいな」


 出窓の木枠に体を入れて、真結は街を見た。


 さっき買った見たこともない煙草を取り出し、一口だけ吸った。


 煙が喉を通る前に、まずいと思った。それでも、胸の下まで煙を落とし込んだ。


 吐いた煙はすぐに街の風がさらっていった。生の草が焼けたようなえぐみが鼻の奥に残る。


 しかめた顔で左を見ると、扉のちょうど前のところに、男がうつ伏せの状態で横になっていた。


「おい、ふざけるな。戸を開けたやつがびっくりするだろうが」


 言うと男の体が転がった。真結の足元まで来た。


「不気味だからじっとしてろ」


 男は部屋の真ん中で手足を広げ、天井を仰いで動かなくなった。


 真結はそれ以上言うのがめんどうになり、再び街の方へ視線を移した。


 残ったえぐみは、最後に口から抜けていく。


 しばらくして、真結は一人で宿を出た。飯と、これをあと四、五箱欲しいと思った。


 もう、二本目を吸っている。


 通りへ出ると人が多くなった。


 赤く燃えている煙草の先を、真結は薄手の銀色に覆われた指先ですり潰し、火を消した。


 まだ半分以上煙草は残っている。箱へ戻し、懐へ大事にしまい、行き交う人の中へ入っていく。


 さすがにここまで戦火は及ばないだろう。


 そう思ったが、少しだけ心配になった。


 街が、灰になる。

 そんな予兆はどこにも感じられない。

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