15
当時、ミラモは十九歳だった。
南風島とそのさらに南東にある南風二島が荒れていた。
どういうわけなのか今も知らないが、その二つの島に、いきなり数十の朗読者の子供が生じたのだった。
一つの島でではなく、それぞれ一つの街にである。
他人の子をさらう者、そして、自分の子を売り飛ばす者が大勢現れた。
買い手は四方の国全てである。
特に、南がひどかった。羅亜南である。
フォート大陸、つまり羅亜南の最北部から南風二島までは、海を隔てて三百キロほどの距離があった。
そこを途中までは船で、そして島から出た船と海上で落ち合うまでは、リムでやってくるのであった。
根島国の民の方に、売買を斡旋している者がいて、かなり綿密に計画を立てて動いていた。
朗読者でないにもかかわらず、朗読者だとして売られる子供もいた。
あの時、ミラモは実際に見た。
治安維持と子どもの売買を取り締まるため、ミラモは南風二島に呼ばれ、島の周りを飛び回ったり、街の中を翼竜の背に乗った状態でねり歩いたりしていた。
夜だった。
ミラモは空を飛んでいた。南の方向、海面ぎりぎりを何かが飛んでいるのを見てとった。高く飛んだまま様子を見ていると、近くに小型の船を見つけた。
ああ、これか、とミラモは思った。初めて見る光景であった。
飛んでいたのはリムで、しかも形は翼竜であった。だが、それに乗っているのは、根島国の者ではないのだ。事前に情報を得ていたので、何が起きているのかは理解できた。
ほぼ船の真上の空。そこまで近づいた。いきなり、ミラモは翼竜を消した。単身、海へ落下する。
本当に、手で漕いで来たのではないかと思うほどの大きさの船で、頭が三つ見えた。
海が、一枚の壁のように視界にせまった。
子供。
瞬間、ミラモは翼竜を召喚し、海をかすめた。
見逃さず、そしてしくじらなかった。
悠然と夜に羽ばたく翼竜の足には、子供が一人ぶら下がっていた。
髪が長く、その時ミラモは女だと思った。それは、当時九歳のシイカであった。
ミラモはさらに二頭の翼竜を召喚した。自身が乗っているものとほぼ同じ大きさである。
一頭は船に突っ込み沈め、もう一頭は逃げる小型の翼竜を追い、捕え、海へ叩き落とした。
すぐに、異変に気付いた自国の人間が集まり、関わった者たち全てを捕まえることができた。子供を自分の翼竜に乗せ、島まで戻り、話を聞くと男だとわかった。
ミラモは引き取ろうとした。だが、その任務の上官だったトルストがやめておけと言った。
ミラモは、こいつを俺の弟にすると返した。
これっきりにした方が良い。
そう、トルストはつけ足した。
別に、あのおっさんの忠告を聞いたわけではないが、今も弟はシイカ一人だけだ。
ミラモはトルストの言いたいことがわかっていた。
それに、その場の勢いもあったが、最初で最後だという気持ちもあったのだ。
自分は間違いなく、シイカを救うことで、父や母に捨てられたという気持ちを塗りつぶしたかった。
父は、自分が朗読者として国に保護されてすぐに、向こうの内乱に巻き込まれたらしい。多分、死んだだろうと思った。父も母も自分のことが好きではなかったのだ。
もし、母が自分のそばにいてくれたら、自分はずっと朗読者であることを隠しただろう。
二十歳かそこら。いや、十八で良い。
金と安全を天秤にかけて、金を選択することができるだろう。
十六か十五でもいい。
国と母、父のため、朗読者として生きる。
誇らしい人生だろうと思う。
ミラモはトルストが持ってきた塑山の軍服を着た。
もう、シイカは自分の部屋で寝息を立てている。
夜、十一時。
家を出て、練成で穴にぴったり合う鍵を作り出し、錠をかける。
初めの頃はいつも上手くできず、扉の前で唸っていたが、今は一瞬で練り上げることができる。
呼び出した翼竜の背に飛び乗る。ミラモは体一つだけで、荷物はない。
大きく渦を巻くように飛び、上昇する。
数頭の翼竜が小さく集まって、その場に留まっている。右上から月が照らしている。
同じ高さまで達すると、乗っている朗読者の顔がよく見えた。顔を知っているというだけで、それ以上は知らない。皆、三十代前半ぐらいだと思う。
一人がミラモの方へ寄り、今回の任務の詳細を話し始めた。
やはり、今回も自分は前線らしい。しかも、一人だけ。
まあ、今回は根島国にも考えがある。本当に大事なのは、自分たちがこれから向かう西の国境ではなく、逆の東側なのだ。
真北へ飛んでいる。
塑山だけではない。
昔は星老や壬海についたこともあったのだ。それは自分が生まれるずっと前のことで、別に何の抵抗もない。自分はずっと塑山に力を貸す朗読者だ。
自分の名が他国に轟くのは良いことだ。それだけ自分の単価が上がるし、敵の動きも読みやすくなる。それで他の連中も動きやすくなる。
下は黒い海の拡がり。しばらく、これが続く。
退屈だが、こいつらと話すことは何もない。
あまり高く飛んでいないため、塑山南部の街の光は、ほぼ正面に見えている。
その光が、本当に少しずつ淡く、大きくなっていく。
だが、なぜか近づいている気がしない。
夜の光は、大体そう見える。いつものことだとミラモは思った。