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寝室に置いてある水に毒を入れたのだ。
窓から、真夜中に忍び込み、さらさらとやっただけだった。
こんなに簡単で大丈夫なのかと不安になったが、朝には女の悲鳴が階下の窓から聞こえ、伯父はしっかり死んでいた。
父の命令であった。
そうして、父は三男にして、鉈欧の国王となったのである。
腹違いの兄や姉の引きつった顔は最高だった。
真結が朗読者であることが公になったのは、その直後であった。
話したのは王になった父で、その時までずっと隠せと言っていたのも父であった。
おかげでまったく警戒されなかったが、伯父を殺すぐらい自分でなくとも簡単にできた気がする。上の階から、ひもを使って窓から入ればいい。わざわざ飛ばなくても良かったのである。
失敗が恐かったのだろう。
残念ながら、伯父も王の器ではないが、父も王の器ではない。
王者は、覇者に勝負を挑まれても、力で勝たなくてはならないのだ。歴史を見れば、例え朗読者でなくともわかる。王道と覇道は必ず交錯する。そして、またしばらくは離れ、再び、交錯。だから、勝たなくてはならない。
まあ、塑山の連中から見れば、こっちは飼い犬ってところだろう。
真結は立ち上がり、三分の一程度の長さになった煙草を指で天に向かって弾いた。
一瞬だけ炎は強い赤になって光った。
落ちてきた煙草に向かって、ふくろうが飛びつく。翼がぶつかり、灰が散った。煙草は高く舞い上がる。そのまま風が横に流れ、下へ落下していく。
真結は端まで歩き、街を見下ろす。
視界ははるか彼方まで開けていて、ちっぽけな吸い殻など、もうどこに映っているのかもわからない。
四階建てや五階建ての建物の屋上と、地面が区別できないほどの高さに真結はいる。
犬は前足をへりに引っ掛け、ふくろうは犬の頭にとまっている。真結と同じように遠くを見ている。
練成だけでここまで完全なリムを生み出せる朗読者は、類を見ない。だが、その分召喚が下手でもあった。
真結は、急に大きなリムを呼び出すことができないのだ。
二年前まで、真結はそういうことをするな、と父に言われ、人前では決して朗読者としての力を使わなかった。だが、鍵をかけた自室では、いつも練成で様々なものを作っていた。
王宮から見える風景や、時々歩いて覚えていた街の様子、そして新世界の記憶。それらを、粘土をこねる遊びのようにして、目の前に再現したりした。
リムの金属でできた小さな街の中に捕まえた蟻を放ち、それを見ていた。そのうち、蟻や他の虫なども練成で簡単に作れるようになり、動かせるようになった。
それが勝手に動くようになった。召喚と大差はなく、練成で小さな動物のリムを再現できるようになった。父はそれを褒めてくれた。
あれは、何年前だったか。いや、もうどうでもいい。結局、父は自分を道具としてしか見ていないのだ。
血のつながった弟や妹がいれば。兄や、姉がいれば。
もう、いい。考えたところでどうなるものでもない。
王になりたい。
そして、どこまでいけるのか試してみたい。
矛盾しているが、その一歩として俺は王宮を出る。そして、この国も出る。
盾を構えた者、塑山の背中から突くのだ。
真結は景色に背を向け、歩き出した。
犬は頭にふくろうを乗せたまま、その後ろをついていく。
早く、煙草の本当の味というやつを知りたい。