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毎日、噛み煙草を売っている。
通りは広く、行き交う人の数も十分である。
歩く速さもそこまで速くはない。観光客がかなり混じっているからだ。
道は太陽と同じ色で、舗装はされていない。
大きなパラソルには、白と緑色の放射状の模様があり、埃やら砂やらでひどく汚れている。
屋台というより、ただの手押し車である。葉やいくつかの木の実などが小さな容器に入っている。
場所は新世界、南アジア。
その男は、アウル・ダッタンという。
新暦二千十四年。五十七歳であった。
あれから、何年経つのだろう。
三十数年。三十五、いや、三十七年前だった。
アウルの娘がさらわれた。あれから、一度も会っていない。死体も見つかっていない。
太陽の下で、淡々とすぎていく毎日。
アウル・ダッタンの五十七年の人生。
それが、真結の持つ新世界の記憶であった。
姓は向山。
今年で十八歳になる鉈欧の王族である。
鉈欧は人口一千万を有する島国で、グルー大陸の北側にある。
海を挟み、塑山と対している。
だが、五十年前、海を渡って侵攻してきた塑山に敗北し、島の南側半分を奪われて、今は島の北側半分が鉈欧の国領となっている。
南は、塑山領の追月地区という名称に変わってしまっていた。
塑山の人間と鉈欧の人間はとても似ていた。元々は同じ国の者だから、それは当然である。
鉈欧は二百年前、旧塑山から独立した。
当時の塑山の王族の中で、分家にあたる者たちが島を任されていた。
大陸側の民と島側の民の間には、様々な格差があった。
本家の人間たち自体が、分家を徹底的に見下していたので、自然と民もそう考えていたのだろう。
それを不満に思わないわけがない。
島側の民と分家の者たちは、島を国家であると宣言した。
同時に、旧塑山の東にある壬海、西にある星老と手を組み、三方から攻撃を仕掛けた。
鉈欧は、塑山が東西に力を割いている間に、大陸から渡ってきていた者たちや、本家側の兵士たちを殺しに殺し、新しい鉈欧という国を作り上げたのだった。
王宮は、煙草を吸うには向かない場所であった。
室内では匂いや煙を嫌がられるし、窓から顔を出すと、物凄い風を受ける。
王宮は石とリムの金属で造られている。表面は石で、内部がリムの金属という感じなので、見た限りではただの石造りというやつにしか見えない。
足元には犬、その犬の背にはふくろうがいた。
階段を上がるたび、硬い音が鳴る。風は正面から吹き込んでくる。
真結は、十七で煙草を吸う王族など自分以外に聞いたことがない。
そもそも、煙草は民が労働の間の短い休息の時に、体だけでなく心も休めるために吸うべきもので、本当なら、自分のようなただ生きているだけの役立たずが味わって良いものではないのだ。
「労働を知らない者は、煙草の味もわからない。だから、君には売らない。君はまだ子供なんだ。もっと遊びなさい」
記憶の中で、子供が煙草を噛んでみたいと言うと、いつもアウルはそう答え、笑うのであった。
右のポケットからライターと煙草の箱をとり出し、口にくわえ、炎を当てる。
屋上の中心に出た。屋上の、この真ん中の部分だけは無風なのだった。吸い、そして吐いた煙は目の前を漂う。
階段を囲う壁に背中をもたれ、腰を降ろす。
今、風は自分を中心に回っている。
隣りで胴を伸ばし、横たわっている犬も、二足で歩きながら小石をつついているふくろうも、真結が作り出した特殊なリムであった。
金属の塊に、本物の皮をかぶせてある。目はガラス玉である。ふくろうは、翼の部分だけがむき出しの銀色だが、犬はどう見てもただの犬である。
煙草を吸い始めたのは、二年ほど前だった。
先々代の国王が病で死んだ。次に国王となるのは、次男であった。それは真結の伯父にあたる男だった。つまり、父の兄である。
その伯父を、真結は殺した。