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四話

「私は特殊先行作業員になることに決めた」

 やめておけ、稲荷。と最後に分かれた時と同じ反応をしようとした幾多は自分の体が思うように動かないことに気づいた。

「やめる理由は? 危険だからか。いや、それは逆なんだよ。誰かがしなければいけない危険で汚い仕事だからこそ、彼らの代わりに率先してやるんだ。私がしたいんだ」

 多くの人間を救いたい、という。壮大で徒労な夢を持つ稲荷はいつも眩しく、独りよがりのない純粋な在り方だと、未熟な幾多は思った。

 だから、そんな稲荷の助けを受けることに躊躇することはなかったし。いつも稲荷の言うことは間違いなく、幾多の犯した間違いでさえ難なく解決してくれた。

 おそらく、稲荷がいなければ幾多が3年も汚染地区にいることはできなかっただろう。それくらい、幾多にとって稲荷は巨大な存在だった。

「特先になれば、汚染地区を除染清掃する活動圏も増やせるし。そうなれば汚染地区は早く縮小できる。新しい土地にはコミューンの皆の故郷になって、また安心して寝られる、明るい朝日の昇る場所が得られる。素晴らしいことじゃないか」

 ああ、俺も汚染地区で家族と居場所を失った。その意見には賛成だが。そう言ってなお止めたかった。

 稲荷、お前はタブチと同じで家族みたいなものだ。奇妙な3人組を作って肩を並べることだけが、俺にとってかけがえのない居場所だった。

 だが、稲荷の在り方を否定する根拠にはなりえはしなかった。

 後悔はしている。もし、また稲荷と会うことがあるならその時には立派な姿になって、そうすれば少しくらいは俺の望みも、在り方も正しくなるんじゃないのか。

 そう想っている。


 瞼が持ち上がると、そこは方眼で仕切られた清潔な天井だった。

 見回してみると白いシーツで間取りされた場所にちょこんと簡素なベットに寝かされている自分を、幾多は発見した。

 あれからどれくらい時間がたったのか、タブチらはどうなったのか。何もわからない。

「シッ、動くな。動くと死んだ死人になってしまいます」

 冗談めかしだが、機械的な女性を思わせるような人工音声が脇の机に置いてある奇妙なスピーカーから聞こえた。

それは全体を白色のフレームで統一され、ほのかに全体が淡い青色のカメラレンズには赤いLEDの瞳孔を点滅させており、そのパターンは記号的ではなく生物のような意思を感じさせるものだった。

「初めまして、凩幾多。私はアイオス。完全自律型汎用半自律支援AIです」

 アイオスはそう言いつつ、三対の脚部と前に突き出した一対の腕部を展開した。

 展開された両手には行儀よく、名刺のような厚紙が挟まれていた。

「初めて会った方にはこのようにすれば良いと聞きました。しかし間違いでしょうか」

 幾多はあっけに取られていたが「ああ」と軽くうなづいて名刺を受け取った。

「余計かもしれないが、本当にAIか? 聞いた話じゃ5年前の、フランケンシュタインの反乱からずっと完全自律AIのドローン使用は開発禁止されたって聞いてるんだが」

 そう、本来ならきつい汚い危険の3Kの汚染地区作業には真っ先に遠隔型や完全自律型のドローンを使う計画はあった。ただし会社の多重下請け構造や利権問題が重なり、一部遠隔型が採用されたものの、本格的な開発は遅れていた。

 5年前、試験的な完全自律型の集中運用が実施されたが、外部からの悪意ある妨害とAI統制制御の構造的欠陥から集団暴走を引き起こし、さらなる開発は鳴りを潜めたと聞いている。

「禁止されたのはあくまでも、縦割り型の統制制御プログラムの方だよ。社会批判から完全自律型AIも開発は陰に隠れちゃったけどね。アイオスも5年前からプログラムを組みなおしたAIだし」

 カーテンを開け、幾多の疑問に答えたのは肩より長い茶色の縮れ髪と丸く黒縁のメガネが特徴的な30歳後半くらいの女性だった。

「あの時は指揮AIが乗っ取られたら何十台も指揮権が奪われちゃう軟弱AIだったからね。まあ、作業効率では明らかにその運用方法の方が楽だし早いし。セキュリティー以外では当時の最適解だったからね」

 気怠く、眠そうで聞く方も眠くなる声質低めな説明を、女性は続けた。

「ところで自己紹介の方が後になってしまった。私は山城、ここの施設での肩書は一応、所長で通っている。君の、ええと幾多の下請けを任せている会社だから別の会社の従業員だし、好きに呼んで」

「なら、所長。封鎖作戦はどうなった。それに、ここはどこだ?」

「待って待って、順番に説明するから。その前に君の身体について説明するのが早いと思うね」

 俺の身体、と聞き。はっ、と思い出す。

 最後に記憶している限り、幾多は脇腹をかなり強打したはずだ。痛みでその瞬間の記憶がほとんどないことを考えると、おそらく致命傷といえるほどではなかっただろうか。

「簡潔に言えば、幾多君の身体は下半身の脊髄損傷で半身不随。本来なら立つことも身体を起こすこともできず、排せつも困難、なはずだった」

 でも、と唇を指さしていた山城の人差し指が幾多の背筋に延びる。

 そこには背骨を固定するかのように背中に装着された金属部品があった。

「リブ―テーション技術、聞いたことがあるかもしれないけど四肢欠損や半身不随の肉体や神経を義肢や電気信号に置き換える夢の技術だ。本来なら軍事部門でしか使われていない高級品だけど、ちょうど私も次の段階に進みたかったし。タブチの頼みもあったし。宝の持ち腐れするくらならってね。ここはE.A.カンパニーにとっての研究部門のひとつ、媒介者よろしく幾多もめでたく会社の備品のひとつ、というわけさ」

 挑発的に、怒りを買うつもりで言ったのだろう。後で怒られるくらいなら、先に爆発してもらおうとばかりに、山城は身構えていた。

「… …そうか。命ばかりかそんなものまで。ありがとう、所長」

「怒らないの?」

「どうして怒る? 幼子みたいにだだをこねったってけがが治るわけじゃあるまいし、それに馬鹿をしたことは自分でもよく分かってる。戒めには十分すぎる傷だよ。これは」

 山城は幾多の気持ちに納得したのかいかないのか複雑そうな顔を何度か切り替え、話とは違うね、と呟いたりしていた。

「そうか、幾多君は天然で論理的に怒れる人なのか」

 と何かを独り合点していた。

「だけど勘違いしちゃいけないのは、すぐに身体の機能が戻らないってこと。リブ―テーション全てに言えることだけどもちろん、リハビリが必要なの」

「たしかに、上半身は動くが下半身が思った通りに動かねえな。それで? どれくらいで元に戻る」

「リブ―テーション手術それ自体がリハビリ効果の促進のために使われているけど、それでも、じっくり3か月はかかるだろうね」

「上々。それにしても会社の備品って、ほかに何かしろってのか」

「ああ、その点で幾多に伝えないといけないことがあるんだ」

 説明の続きはアイオスに、とばかりに山城はアイオスに両手でどうぞと差し上げた。

「率直に言います。凩幾多には稲荷荘司の代わりに特定先行作業員をしていただきます」

「はっ? 稲荷はどうなるんだ」

「説明します。現職員、稲荷荘司は10日前から行方をくらましています。行方不明とは少し違います。計画的な失踪です。私の記憶を改ざんし、データを消去し、逃げました。理由については不明です。私は、任務の放棄だと結論付けます」

 その言葉に、幾多は机を叩いて反論した。

「馬鹿言え! 稲荷が自分で決めたことを理由もなく放り出すわけがねえ。何か、何か理由があったんだ」

「しかし、現在の記録上、稲荷荘司に失踪する理由は見当たりません。他意や妨害の可能性は否めませんが、その痕跡もありません」

「それでも、ありえねえよ。稲荷が勝手に消えるなんて… …」

 アイオスとのやり取りに。山城は、まあまあ、と幾多をなだめるように制した。

「と、いうわけなんだ。荘司が消えた理由はともかく、彼を探すには後任がいなければ話にならないし、仕事も引き継がなければいけない。けれど元々特先の後継をやりたがる人なんていない、なら無理やりにでもなってくれる人が欲しい。と、思っていたところさ」

「だから俺を治療したと」

「現金な話、そうさ。私の部署は研究、調査、重要課題の手伝いとマルチに仕事をこなしていた分、人手が欠けるのはとても痛い。それに24時間汚染地区のレッドゾーンにいてくれる同僚ってのは中々少なくてね」

「納得したよ、これだけの重態で治療がトントンと進んだか。ここ、汚染地区の中のままなんだな。てっきりどこかの病院かと思っていた」

「ええ、ところで。急かすようだけど答えの方、聞かせてもらってもいい」

「… …」

 正直なところ、身体に取り外しのし難い義肢のようなものをつけられた時点で決まっているようなものだ。それでも、幾多はすぐに答えが出せなかった。

 かつて稲荷に警告したようなことが今度は自分に覆いかぶさるわけだ。KKK、つらく汚く危険な仕事、楽な生き方をするだけなら絶対に選択外になるような道だ。

 けれども幾多には、その先に目的があった。

「いいぜ、受けてやる。ちょうどただの作業員じゃつまらないと思ってたところだ。それに俺も稲荷がどうなったか心配なのは同じだ」

 更に付け加えるなら、かっこ悪くて言えないことだが、稲荷と同じ場所で戦い。稲荷と同じ景色を見てみたかった。

 同じ背丈で周りを見れば、きっと追いつけない稲荷の背中に並んで誇れるものを見つけられるはずだ。自分の望みをはっきりと言える肩書みたいなものが得られるはずだ。そう想ったのだ。

「もちろん、危険手当には色をつけてくれよ」

 幾多はそう茶化し、逆にリブ―テーションにかかった費用を山城から提示されて阿鼻叫喚に陥れられた。

 ともかく、俺はやっと稲荷と本当の意味で肩を並べる始めの一歩を踏み出せた。


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