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三十話

 あれから幾日が経っただろうか。

 気絶から覚めた幾多はミタカが亡くなったことを知り、ひどい絶望感を覚えた。嘆くように怒り、狂人のように叫び。対応したE.H社の社員も暴れる幾多に難色を示し、制止もできずに軟禁するほかなかった。

 部屋の中でも幾多の憤激は収まらない。皮膚が裂け血が滲み出すまで壁を叩き、爪が剥がれるのも構わずベッドのシーツを何度も引き裂き、机や椅子といった家具は部品レベルになるまで殴り壊された。

 二度も部屋を変えないといけないほど備品を壊し、麻酔をかけてまでケガの手当てをされても幾多の悲憤は消えなかった。

 そしてある日のこと、怒りが感極まり疲れてしまったのか。幾多はぱったりと倒れて、今度は寝込んでしまった。死んだように滾々と眠り続けると、三日目になってやっと幾多は起き上がったのだ。

 起きた幾多は長い睡眠の末、自分の怒りを抑えることができるようになっていた。

 落ち着いてからも幾多は忙しかった。OMFRという組織から来た調査員に形だけ任意の、ほぼ強制的な取り調べを受けることになった。

 特にミタカとムントのことは何度も訊かれ、ムントは自分が、ミタカは山城が殺したことを答えた。詳細を訊かれなかったのは、幾多がひどくやつれてその気力はない、と判断されたのだろう。

 例えムントのことは信じてもらえても、ミタカを倒す際に発現した不思議な力について話しても一笑に付されるに決まっている。幾多もこれ以上、惨めな思いをしたくなかったため、自分から話すこともなかった。

 尋問からはすぐに解放され、幾多の中には空っぽの虚無感だけが残っていた。

 しばらくして、幾多は山城に呼び出される。気力などとうに尽きていた幾多であったが、意を決して慣れない一筆を書くと所長室に向かった。

「やあ、久しぶりだね。幾多」

 相変わらず眠そうな眼で安楽椅子に座っているのは山城だ。あんなことがあったのに、山城は平然と幾多を迎え入れた。

 幾多は所長室に入り、つかつかと所長の机の前まで進む。その顔は再会の喜びといった感じではない。

「所長、俺に一人で会おうとはいい度胸だな。自分が殺されるかもしれないとは思わないのか」

「別にいいじゃない。私が殺されても私の代わりの優秀な所長がここに赴任するだけよ。いいこと尽くしじゃない」

「… …」

 幾多は興味を無くしたように、別の話題を切り出した。

「どうしてミタカを殺したんだ」

「それは会社の方針だったの。あの時点で会社はミタカを収容するリスクや責任問題等等考えて、抹殺指令を出していた。従うしかなかったのよ」

 山城はそんな保身的な回答をする。幾多は拍子抜けのように肩を落とした。

 自分が大事なのか、大事じゃないのか矛盾した言動に山城の真意を測りかねたからだ。

「ためらいはなかったのか」

「… …貴重ではあるけど、ミタカは会社の備品よ。情けで庇ったところで会社も社会も許してはくれない。遅かれ早かれその判断は決まっていたの」

 幾多はあきらめたように首を振った。

「分かったよ。なら会社としてこいつも受け取ってくれ」

 幾多が出したのは一通の封筒だ。封はされており、表には<辞表願>と書かれていた。

 山城は机に置かれたそれをじっくりと見ていた。

「辞めるつもり?」

「文面通りだよ。俺はもうこの会社のことを信用できねえ。だったら解雇する義務もあるだろ」

「うーん。辞められたら正直困るのよね」

 山城は腕を組んで唸り、何やら思索しているようだった。

「でもリブ―テーションのメンテナンスを会社の経費なしにするには難しいわよ。それ以前にソール自体会社の所有物だし、どうするつもり」

「外したければ外せ。くれるってなら面倒はどうにかするさ」

「でも稲荷だって見つかってないのに。いいの?」

「稲荷は、俺が探さなくても同じだ。生きてれば会えるだろうし、死んでたら会うこともねえよ」

 山城は、でもでもだってと幾多を引き留めようとする。いい加減、幾多も山城の問いかけに怒りがわいてきた。

「だったら、所長をぶち殺してでも辞めてやろうか!」

 幾多は拳を振り上げる。その瞬間、山城は隠していた右腕を見せる。その手には拳銃が握られていた。机の後ろに隠して持っていたのだ。

 幾多の憤怒の眼差しと山城の相変わらず無感情な視線がぶつかり合い。出方を伺う、鍔迫り合いが始まっていた。

 ただし、そんな緊張もそう長くはもたなかった。

 幾多は瞼を下ろすと、同時に握った拳もしまった。

「もう、勝手にしろ」

 幾多は拳銃の引き金を引かれてもいいとさえ思った。自分はもう役立たず、この掃き溜めで消えてしまうのが相応の最後なのだと投げやりになっていた。

 山城は拳銃を構えたままでいた。

「出てって」

「ああ、そいつは渡したままにしておくぜ」

 幾多は何の未練もないように、背を向けると、所長室の扉まで行き姿を消してしまった。

 残された山城は持っていた拳銃型のライターで煙草に火をつけ、口にくわえると、どうしたものかと考えを巡らせた。

 ふと、何かを思い出したかのように山城の手は拳銃型ライターから固定電話に向かった。

 受話器が上げられ、人差し指が短縮ダイアルをなぞると数コール後に相手が出た。

「はあーい。こちら加生ちとせ。ご用件は何かな山城」

 電話の相手は加生ちとせ、加生クリーニングの若き社長だ。加生は相手が山城だと知ると、いつもの元気で挨拶をしてきた。

「久しぶり、調子はどう?」

「こちらはこちらでてんてこ舞い。媒介者に襲撃もされちゃったし、大損よ。大損」

 それでも加生は気落ちした様子もなく、笑いさえしている。

 山城は加生のカラ元気に呆れつつ、何気ない質問のように一言口にした。

「そう。ところで、ちとせはどうして偽の抑制剤を配って媒介者を暴れさせる計画なんて思いついたのかしら」

「んん?」

 山城はふざけた様子もなしに、煙草の灰を灰皿にぽつぽつと落とした。

「何ふざけたこと言ってるの、山城。面白くないよー。それ」

「とぼけるなら、いくつか挙げてみようかしら。ちとせが黒幕である証拠を」

 山城は煙草の火を灰皿に押し付けて消した。

「第一に、弐部誠一の出自よ。調べたところ彼、元々は壁の外でテロ活動をしていたそうだけど。ある日を境にぴたりと消息を絶ったの。まるで誰かが糸を切ったみたいに」

 山城の顔は真面目で、一点を見つめたまま話に集中していた。

「ちょうど弐部が消息を絶った時期、ちとせは対テロ部門に所属していたわね。その時、彼と接触したんじゃない?」

「… …ふんふん。続けて」

「第二に、媒介者を扱っていないあなたが枕木燃料精製所とつながりを持っていたこと。これは元々、弐部が精製所の社長をたぶらかして行ったことだけど。売り込みはあなたがしていた。これは他の企業にも聞いたから確かだわ。何故そんなことを」

「ふんふん。で?」

 山城はスピーカーにした電話の受話器を持つ反対の手で、録音テープを握っていた。握りしめる手は汗ばんでいて、どことなく余裕がなさそうだった。

「今の話を聞いて、反論はある?」

「ええ、反論はあるのだけれど―――」

 加生は確かに受話器の向こう側でニタリと口角をゆがませた。

「録音したところで、私はボロを出さないわよ」

「!?」

 山城は動揺を隠せず、自分の行動を見抜かれた驚きで肘が机を叩いてしまう。

 加生はそんな山城の慌てふためきを嘲笑するかのように言葉をつづけた。

「まあ、いいわ。電話もこちらからするつもりだったし、ちょうどいい。はいはい、私は弐部を操ってコミューン誘拐事件と偽抑制剤を作らせた黒幕でーす」

「―――なっ!?」

「どうして自分の罪をばらすのかだって。それはこれから山城の秘密もばらすからに決まってんじゃん」

 加生は続けた。

「実はミタカと幾多が戦っているところを、私の部下が目撃しているの。報告を受けた時、驚いたわ。あの幾多も媒介者、いや媒介者以上の力を持っているなんてね」

「… …それは初耳ね」

「はい嘘ー。山城は知ってたはずよ。幾多があの阿原陽一の息子だってこと。阿原陽一が息子に何かしらのしょちょをしたってこと。だって―――」

 加生はクスクスと笑った。

「阿原陽一と大学の同期、しかも同じ大学の研究室で同じテーマを扱っていた研究者だったそうじゃない」

 山城は口をへの字に曲げて、明らかに不満な顔になった。

「研究内容は、媒介者の完全無力化もしくは治療について。研究は実を結ばなかったということだけど、幾多の様子を見るに」

「言う必要はないわ。研究は一部成功したわ。主な功績は阿原のフィールドワークで得た希少種の植物から抽出された物質だったけれどね」

「おお、ほんとーなのね」

 加生は目をキラキラと輝かす。山城もそれを察したのか、ため息をしつつも会話を続けた。

「得られた物質は、初め媒介者の感染を無効化する効果があると思われた。しかし阿原がある事件で幾多を救うために投与した結果。思わぬ成果があったの」

 山城は過去を思い出すかのように遠くを見つめた。

「物質を投与された幼い幾多には媒介者の特性を身体に取り込み、発現発症させず無害化する作用がみられた。それは正直、副作用。想定していない能力だったのだけどね」

「つまり媒介者という病原菌を不顕性化、症状が出ないまま潜在させるようになった。それがミタカのエンブリオに感染することで、ため込んでいた媒介者達が顕性化したのね」

「その推測でおそらくあっている。阿原も同じ仮説を考えて、もしもの時は私に託すと言ってきたからね」

 山城は昔話を思い出すかのように、懐かしんだ。

 加生は、それでそれで、と話を止める様子はない。

「私にそこまで話しちゃってよかったのかなー?」

「どうせ、話さずとも調べてるんでしょ。大まかには。誤解がないように付け加えただけよ。私は」

「どうかしらねー」

 加生はそう、と素知らぬ様に言ってのけた。

「それに山城の秘密はそれだけじゃない。OMFRの報告ではミタカとムントは死亡、その遺体は両者とも損壊が激しく焼却処分されたとあるけど―――」

「もういいわよ!」

 山城はイラついたように声を荒げる。

「結局、ちとせの狙いは何? 自分の罪をあっさり認めるなんて、正気の沙汰じゃない。弱みを握りたいならその必要はないじゃない」

「違うよ。山城。私は山城と共犯者になりたいだけよ」

 加生は楽しそうに言う。

「山城、私は協力関係を築くならあなたが一番だと思っているの。互いに互いの秘密を抱えてこそ、それができると思っている」

「つまりこれから何かあったとき、協力しろと」

「そうゆうことー。もちろん私からも協力はするよ」

 山城は目線を下げて、ひと呼吸考えた。難しい選択だが、山城に残されている選択肢はそう多くなかった。

「いいわよ。でもその前に聞かせてほしいの。今回の事件の動機は何?」

「それはね。現代における媒介者と汚染地区の危険性を社会に警鐘するため―――」

 加生は受話器の向こうで、にやりと笑った。

「な訳ないじゃない。金儲けのためよ」

「金儲け? どういうこと」

「山城は清掃業の稼ぎに興味はないと思うけど、世論の危機感が下がっているということは汚染地区に投入される政府の予算も減るということなの。これ以上の稼ぎを上げるには、単に業績を伸ばすだけじゃなく。政府の予算も増やす必要があるの」

「それが、動機?」

「ええ、いずれ今回の件で汚染地区から世界を守る我々企業の価値は益々上がる。これからは下がりっぱなしの業績も、うなぎのぼり。忙しくなるわよ」

「… …呆れた」

 山城は悪魔のような発想をする加生とこれから協力・共生関係になることに、頭を抱えたくなる思いだった。

 現実逃避をするかのように、山城は錠剤を掴みあげ、自分の口に水と一緒にそれを流し込んだ。


 珍しく雲一つなく青い空の元、幾多はミタカがお気に入りだったと言っていたビルに来ていた。

 建設途中の頂上は壁もなく打ち付ける強風がひどく寒々しい。その代わり、眺めは良く、壁の外にある街の細部までが見てとれるようだった。

 幾多はそんな場所の撃ち捨てられたコンクリートブロックに腰かけて、これまたコンクリートブロックで作ったであろうものを見つめていた。

 それは墓石だった。

 幾多はアポックではなく、普通の防護服に防護ガスを脱いだ状態で口を開いた。

「リデル、ムント、ミタカ助けられなくてすまなかった」

 幾多は腰を掛けながら、自分の手を見る。そこには拳銃が握られており、弾は既に装填済みだった。

 それを、幾多はどうしようか迷っている様子だった。

 このまま壁のうちにいるのか。それとも壁の外に出るべきか。それ以前に、ここで彼女らを追いかけてしまおうか、と考えていた。

「私に浸して侵して包み込まれていもいないのに、死ぬつもりか」

 幾多は急に声を掛けられ、驚いて拳銃を越えの方向に向けてしまった。

「私の声も忘れたのか? 幾多」

 少し幼さのある声の正体は、死んだはずのミタカだった。幾多は慌てて拳銃を下ろした。

「お前。山城に撃たれて死んだはずだろ」

「ああ、そのことなんだけどな」

 ミタカは申し訳なさそうに、長い髪を払うように掻いていた。

「山城から言われたんだ。これから幾多が尋問を受けるとき、嘘を付けそうにないから。最初から死んだことにしておけばいいってな」

「な―――。こっちはお前のために怒り狂ってたんだぞ。なのに嘘をつくためだけなんて」

「もしできなかったら、私は本当に殺されるか。厳重な管理の下で一生牢屋の中だった。自由なんてほど遠いな。そんな重責、幾多に負わせられないって」

 山城の優しだよ。と、ミタカは付け加えた。

 そう考えると、山城を罵倒したのを、幾多は申し訳なくなってきた。

「実は社長もグルらしくて、実質OMFRの干渉をさけるためだな。私は死んだことになったから、前よりも自由に動けるかもしれないって。バレれば、当然酷い目に会うけどな」

「それでも―――」

 幾多は腰を上げ、ミタカに近づいた。

 その顔にはミタカを想い、歓喜を噛みしめているような微笑だった。

「生きていてよかった」

 幾多はある日の時みたいに、またミタカの長い髪をくしゃくしゃと撫でてやった。

「ちょっ、馬鹿。やめろ」

 ミタカは嫌がりこそすれど、振り払う仕草はしなかった。

 人間と媒介者、例え条件付きで分かり合えるとしても。こうして寄り添えることができるのは幸運なことなのだ。

 二人はその今を、しっかりと感じながらお互いを見合った。

 きっと、もっと、長くいられるのだろうと。

 今日は青空、街も良く見える。

 二人がいつか壁の外に出て自由に散歩できる日も、そう遠くはないのかもしれない。









 今回、お楽しみいただけたでしょうか。作者の砂鳥二彦です。

 書こう書こうとプロットだけ温めていた今作をやっと書けて自画自賛している阿呆ものになっている最中です。

 今まで書けていなかったのは自信がなく、プロットでいい作品になるだろうと夢想してばかりで、完成させようという努力がみじんもなかったのが原因なのでしょう。

 書けるようになったのは、とにかく書き始めて形にする。書く気がない日もとりあえずパソコンに向かって、思索を巡らし数百字だけでも書く。というのを根気強くした結果だと思います。

 しかしそれもこれも、小説家になろうサイトの読者さんに見てもらえているという意識があったのが一番の促進剤だったと思います。

 最終話だけ見た方も、もしくは全話見ていただいた方もありがとうございます。


 もしよければ感想、評価をお願いします。著者のやる気が倍増します。(笑)

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