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二十三話

 汚染地区では名前を捨てたものが多い。

 何故ならば幸せだったころの過去を思い出してつらくなったり、汚染地区に来るほど苦しかった過去を捨てたいという思いがあったり、人によってさまざまあるからだ。

 そのため、通名を名乗り本名を捨てるものが多い。

 タブチは前者、リデルは後者が理由だった。

 リデルはその昔、サイト21の外にある街で普通に暮らしていた。ただ他の人とは違うのは彼女は二十歳を超える前に出産経験があったことだ。

 一度目は男に騙され、二度目は男に捨てられた。一度目は中絶を、その二度目は出産した。

 だがその出産も相手の男に逃げられ、親にも頼ることができず。リデルは産まれたばかりの赤ん坊を連れて汚染地区へと続くと言われる地下に潜った。

 何故、汚染地区に行ったのか。それは最初、リデルは赤ん坊さえ捨ててしまえば元の日常に戻れると本当に信じていたからだった。

 いざその時となると、リデルは赤ん坊を捨てることの罪悪に気づき何をすることもできなくなってしまったのだった。

 赤ん坊は結局、栄養失調で亡くなり、リデルも行く当てもなくそこで赤ん坊の後を追おうとしていた。

 そんな時、救いの手を差し伸べたのはタブチだった。

 タブチはリデルの生い立ちを知ると、ただ黙って汚染地区での生き抜き方を教え、くじけぬよう傍にいて励ました。

 そしてリデルは立ち直りスカベンジャーとして生計を立てつつ、恩人のタブチを手助けするほど心も身体も回復していた、はずだった。

 その彼女に異変が起きたのは数か月前の誘拐事件。リデルやタブチらは攫われた人たちの行き先を見つけたものの、見つかったのは無残な被害者の姿だった。

 ほとんどの人が生きたまま解剖され、実験に使われ、生きた者も五体満足なものは少なく。リデルにとってつらかったのはそこに子供もいたことだった。

 リデルは過去の自分の行いと重ね合わせて自責の念に再び苛まれてしまった。

 タブチが知っているのはここまで、後はリデルが書置きをした手紙からの話だ。

 その後、弐部と出会い。弐部からこの誘拐事件の黒幕は企業連合だと知らされた。

 もちろん初めこそリデルも疑っていたものの、実際にある企業が人体実験のデータを元に非合法な薬の開発を行っている現場を目撃してタブチらナンセンも騙されていると吹き込まれ真に受けてしまった。

 一時は弐部に協力してナンセンの情報を流したり、企業の情報を流したりしていた。だが、レイダーとして過激化する中で不信感を覚えたリデルは協力はしつつも情報の裏を取るようになった。

 そして結果は、ある企業つまり枕木燃料精製所と弐部が繋がっており、弐部を首謀とした動機の自作自演というのを最近になって突き止めたのだという。

 その頃には実験の末、抑制剤との違いを簡単に見分けられない偽薬を枕木燃料精製所は完成させ、既に各企業に配布された後だった。時間的猶予から企業連合の会議に合わせて媒介者を集め、<毒の意思>が一斉に解放される。と、そうみたリデルは信頼できる少数のコミューンと共に被害を抑えるべく会議を行うビルに潜入し、奮闘した。

 その健闘により被害は減ったのか分からない。それでも、こうして幾多と山城がタブチと合流できたのは、リデルのおかげなのは間違いない。

「レイダー達はこの機会を利用して動き出している。おそらく各地に拠点を作ったのもこの偽の抑制剤を備蓄させて、本物の抑制剤を流通させるのを阻止するために動いているんだろう。汚染地区の交通インフラはレイダーに掌握されたと言っても間違いないだろう」

 ヘリの中で、状況をある程度把握しているタブチはそう言う。リデルの情報と現在の情報、その二つを合わせてもおそらく正解なのだろう。

 一方、ネストによって通話は生きているらしく。ヘリの激しい旋回に揺られながらも、山城はどこかと連絡を取っていたようだ。

「こっちも確認した。状況は思ったよりも進行しているみたい。企業連合は事態を重く見て72時間法を適用するつもりよ」

「あれか、国の軍隊が対処のために介入できるようになるって法令だろ」

「それだけじゃない。72時間法を適用するってことは汚染地区にいる媒介者の生死を問わない。何でもありの鎮圧になるってことよ」

 生死を問わない。それはつまり、今制御に置かれていないミタカ、そしておそらくムントも、捕獲を試みず殺されるということだ。

「止められないのか」

「うちの会社としては無理ね。ミタカを捕獲するための人も武装も足りない。他の媒介者も暴れてるようだし、会社としては損失を考えて動きはしないわ。静観を決め込むようね」

 幾多は難しい顔をして俯く代わりに、救いを求めるようにタブチの方を振り向いた。

 タブチはあまり明るい顔をしていなかった。

「残念だが、幾多の。俺たちも媒介者が暴れる状況じゃ、ナンセンを、サンクタムを守るほかない。ミタカを救う手立てがあるかもしれないが、許してくれ」

「… …ああ、分かっている」

 幾多は目をつぶって決意を固めた。

 そして、少し悪戯っぽく笑ってほんのちょっとでも周りを明るくしてやったつもりになった。

「なら、ミタカやムントを助けられるのは俺だけだってことだな」


「考えを変えるつもりはないの?」

 いつもの施設までタブチのヘリで送ってもらい。状況が状況だけに、山城も普段の安楽椅子に座っているわけにもいかなかった。

 幾多はパージした最外装の装甲を付けなおし、無くしたアックスと拳銃も補給しなおした。

「変えるつもりはねえな。こればっかりはタブチにだって意見を曲げさせるつもりはねえよ」

「どうして、そこまで」

「簡単な話さ。ミタカとは約束した。いつか<毒の意思>に飲まれた化け物になったとき、人類の前に俺が最初の敵になるってな。ムントは、助けてくれた分俺も助けねえと、って話だ」

 あいにくこの間拾ったハーミットキューブというギガタイプエクゾスレイヴは修理に出しているため、そこにはない。代わりに移動用に残してある装甲付きのゴミ収集車を借りて、その中に必要な装備などを積み込んでいく。

「私だって本当はミタカを助けたい。ミタカのことを会社の備品だとか遠ざけて言ってみても、ここまで一緒にやってきた仲間を簡単に捨てられない。愛着だってある。でもそれは、幾多だって同じよ。みすみす仲間をまた一人犠牲にするなんてできるわけないじゃない」

「なんだ。それなら、俺たち意見は同じじゃねえか。簡単な話、全員救ってやればいいんだよ」

 幾多はあっけらかんと、まるで簡単な仕事だと言うように話してのけた。

 山城はやや呆れたように額を押さえ首を振る。それでもその能天気な発想に別の意味で救われたようだった。

「分かった。私もできうる限りのことはしてみる。社長にも相談して、必ず助けを呼んでみせる。それくらいしかできなくて、ごめんね」

「おお、そうか。ありがとよ」

 幾多は屈託のない笑顔で、それに応えた。

 その無邪気な笑顔に対して、これから向かうは毒の地獄だ。生きて帰れる保証もない。

 それなのにちっぽけな約束とくだらない助け合いのために、そんな簡単に命を投げ出していいのか。

 わかっている。わかっている。わかっている。

 そいつは最高にやりがいがある仕事じゃねえか。


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