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十三話

 ちとせと別れた場所は封鎖作戦で閉じた川の南側、そこからやや東に行った人気のないビル街だった。

 他よりもやや低いビルが多めに見られ、ほとんどは運送会社の立て札をしており、駐車場にはそのまま破棄されたトラックが多い。

 かつてはここも流通で目まぐるしく車両が入れ替わり立ち代わりしていたのだろう。しかしその車ももう朽ちてしまって、フレームどころかエンジンまでさびてしまっている。

「こいつがうちの会社のギガタイプエクゾスレイヴか。名前は?」

『ハーミットキューブ、アポックと同じデザインのデカポッドシステムを継承した多機能作業用エクゾスレイヴです』

 道路に面したビルの傍ら、比較的新しい乗り物が乗り捨てられていた。

 名前はハーミットキューブ、おおまかな全景は横に倒した卵型で汚染地区に似合わない純白の機体、ただそれでも使い込まれているのか塗装はやや禿げており擦り傷も目立つ。

 その成りはヤドカリの本体と殻のように見えるため、その名称がつけられているのが察せられた。

「ところでよ。車の免許もないのに、俺でも動かせられるのか。コレ」

『本来なら大型特殊免許に加え、タイプごとのエクゾスレイヴ操作資格を受けていただく必要があります。ただし今回は汚染地区での運用のため免許も資格も要りません。しかしながら事故には気を付けましょう。事故は弁護士を交え当事者同士の和解を推奨しております』

 アイオスは、事故なんて私がいる以上ありえませんが、という風に言葉を発した。

『更に、私の自律支援により操縦車の操作は簡略化されております。ただいま着用しておりますアポックを動かすのと遜色なく、従来のセンサ・インターフェイスを活用できます。つまり素人にも安全安心設計というわけです』

「自信たっぷりありがとさん」

 幾多は皮肉半分、称賛半分でアイオスを褒めた。どうやらアイオスはポジティブな方面でしか言葉を受け取らず、皮肉には反応しなかった。

『ありがとうございます。では私を切り離してください。リブート作業に移行します』

 アイオスに言われ、幾多は延髄部分に収まっているアイオスをできる限り丁寧に引き抜き、木の幹から外したカブトムシのようにワシャワシャと脚を動かすそれをハーミットキューブの頭部らしき場所に着地させた。

 アイオスは鏡面のような機体外装を危なげもなくするりと上り、そこからレーザーで何らかの認証を完了させると、操縦席のハッチを開けた。

 操縦席のハッチは、まるで顎が3つに割れたかのように開き、その大きな口はアポックを着たまま入るにも十分な大きさだった。

「しばしお待ちください。簡易なセキュリティー検査で即効性、遅効性ウィルスやバックドアの有無を検索します。また稲荷の痕跡となりそうなバックアップを探してみます。こちらは望み薄ですが」

 アイオスはそう言うと、操縦席の延髄部分に自らを取り付け、ハーミットキューブのクリーンアップを始めた。

 ヤドカリの本体と殻ならば、殻であろう幾多の方は、餅は餅屋に任せるとして物理的に稲荷が痕跡を残していないか探すことにした。

 人気がないことが幸いし、日にちが経っている割には何かしらの痕跡が残っていた。例えば、ハーミットキューブにわずかに積もったほこりで手形らしきものもある。

 他にもアスファルトに堆積した土砂の上にはうっすらとした足跡を発見でき、足の向く先で西南西に向かったのがわかった。

 足跡は1種類、おそらく稲荷荘司のものだろう。

 幾多はこの足跡をたどることにした。

 思えば、この追跡術を教えたのは稲荷だったなと幾多は思い出していた。

 そして道中は感染者も、当然媒介者もおらず。幾多は少し物思いにふける時間ができた。

 考えるのは、稲荷のことだ。何故自分の記憶を消してまで跡を追わせなかったのか、ムントを止めることよりも大切なことがあったのか。

 もしくは稲荷には幾多やタブチも知らないような秘密があったのか。もしかしたら、ちとせの言うように稲荷が―――。

 幾多はそう考えながらも、歩道橋をくぐり、ビルの合間を通っていく。

 すると、また足跡を発見し確認すると、すぐ近くに地下へと入っていくトンネルを見つけた。

 足跡はどうやらその車道のトンネルの中に消えているようだ。

 そのトンネルは北へと通じるトンネルで、廃車が渋滞しており中々前へは進みにくい様子であることがわかる。中のライトは当然のように割れているか、あるいは電気が通っていないために明かりひとつとしてなく。そこは月明かりのない夜闇よりも暗く、吸い込まれるようだ。

 幾多はトンネルの入り口まで来て、入るべきか戻るべきかを逡巡した。

 ふと、廃車の一台に目をやるとその塗装の削れたフロントカバーの上に真新しいスマートフォンが置かれている。

 幾多は疑問を浮かべながらも気になったそれを拾い上げ、タッチパネルの面を正面に向けた。

 その時だった。

「ピロンッ」

 軽い電子音がしたかと思うと、スマートフォンのディスプレイには網膜認証に成功しました、と表示されていた。

 ディスプレイを確認すると、更に新しい音声が勝手に再生されるのに気付いた。

『ここまでたどり着くのに、さして時間がかからないことを祈ろう』

 その声はあの稲荷荘司のものだった。

『私が後継の特先に幾多を推薦していたので、来るのは分かっていたよ。会社の中でこの任務に耐えられるのは彼ぐらいなものだからだ。動機については、すまないと思っている』

「稲荷、今までどこに… …」

 と、口にする前に気づく。これは単なる録音だ。電話がかかってきたわけではない。これは幾多に残したメッセージだ。

『信じられないかもしれないが、私が姿を消したのはムントの件とはまた別件の理由がある。そして、今回私はこの問題に対処できないこと関りがないことを断言しよう。それこそ、信じてもらえるか怪しいものだが致し方ない』

「別件って、なんだよ。ムントのことより大切なことってなんだよ」

 幾多は稲荷の音声に問いかけるが、もちろん回答はない。

 ただ、稲荷は淡々と説明を続けた。

『今回手助けできるのは情報だけだ。弐部誠一、ムントの事件とは別に動いているものの何らかの関連を持つ男だ。コミューンを扇動しているこの男は目的まではまだ謎だ。分かっているのは元自衛官か元警察官、どちらであるにしろ問題行動を起こして短期間しか所属しておらず。またその後に壁の外でのテロ活動に従事していたそうだ。他にも情報があるが、詳細はこのスマートフォンに残して置く』

 弐部、弐部誠一。おそらくレイダ-を率いていたサングラスにスキンヘッドのあの男だ。時系列的には稲荷はかなり早い段階からそいつが怪しいと踏んでいたらしい。

 しかしおそらく、稲荷の個人的な秘密の何かによって調査する時間はなかったのだろう。

 稲荷は弐部と接触したのだろうか。そうでもなければ、ここまで個人的な情報を仕入れるのは難しいだろう。それでも、こうして稲荷が情報を開示してくれるということは稲荷自身己の無実を主張しているということだ。

 なら、幾多が信じないわけにはいかない。

『最後に、俺が去る理由についてはまだ明かすことはできない。しかし幾多、君なら私を探し出せる。そして、次に会う時にはその理由もわかるはずだ』

 音声はそこで終了した。

 幾多はその言葉をしっかりと胸に留めた。

「理由、理由か。なら探してやる。どいつもこいつも自分の都合で動き回りやがって、全部俺が解決してやるよ」

 幾多はそう宣言し、決意を新たにした。

 そうと決めたら他に何かないかと、幾多は車体の下や車の中も見てみた。しかし、他の手掛かりが置かれているわけでもなく。トンネル内でははっきりとした足跡も見つけられなかった。

 代わりに、声が聞こえた。

 声、というよりも叫び声だ。複数の遠吠え吠え声がトンネル内をこだましている。

 幾多にはその独特な遠吠えに心当たりがあった。

「ムントの感染者!」

 幾多は手持ちの武器に手をかけ、戦闘態勢に入った。


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