3話 仕方ないから助けてあげますね
「魔王さまっ!」
帰れ、イヤです……と押し問答を繰り返していると、サタンの部下らしき魔族が駆けつけてきました。
やけに慌てていて、動揺が表に出ています。
「なんだ? 今は大事な話をしている最中だから……」
「イフリートさまが攻め込んできました!」
「なんだとっ!?」
「すでに一の門は陥落……今はニの門で食い止めていますが、時間の問題かと……」
「くそっ。あの馬鹿野郎め、つまらないことをしてくれやがる!」
魔王城が攻められている?
勇者さま以外の者に?
確か、イフリートといえば……
「魔王軍の四天王の一人ですよね?」
「お前、知ってたのか?」
「有名な方じゃないですか。『地獄の炎』とか『終末を誘う紅蓮』とか『邪王焔龍』とか、痛い名前で知られていますよ。かっこいいと思っているんですかね、あれ? 私だったら、穴を掘って埋まりたくなるレベルの恥ずかしさですよ」
「そう意味で知られてるのかよっ!?」
「どうしてイフリートさんに攻め込まれているんですか? もしかして、反旗を翻されているんですか? 部下の一人もコントロールできないなんて……ぷぷっ」
「やかましいわっ! お前はしゃべるなっ、黙ってろっ!!!」
「そう言われると、とんでもなく喋りたくなりますね。あーあー、本日は晴天なり。今から、私のマシンガントークが炸裂して……」
「ああもうっ、お前の処遇は後で決める! とにかく、ここでじっとしてろ! いいな!?」
言うだけ言って、サタンは部下と一緒にどこかに行ってしまいました。
たぶん、イフリートを迎え撃つつもりなんでしょう。
「暇ですね」
放置されてしまいました。
こういう時はどうしましょう?
「……お城の探検でもしましょうか」
さらわれたから、ずっと牢屋にいたので、どういう構造のお城なのかさっぱりわからないんですよね。
いい機会なので、見学しておきましょう。
……あと、何かあった時のために、城を一気に崩落させられるよう、仕掛けでもしておきますか。
「ふんふ~ん♪」
あちこちで魔族の方々が慌ただしくしていますが、私に構ってくれる人はいません。
みなさん、イフリートの迎撃戦で忙しいんでしょう。
「きゃっ!?」
「わっ」
突然、どすんっ、と衝撃が走りました。
前を見ると、小さな女の子が尻もちをついていました。
「ごめんなさい。前を見ていなくて……大丈夫ですか?」
「う、うん……大丈夫。ユニは、一人前の戦士だから……突然事故られたとしても、これくらいで泣いたりしないの……ぐすっ」
半分泣いています!?
これはいけませんね。
サタンをいじめるのは楽しいですが、こんなに小さな女の子をいじめる趣味はありません。
手を貸して女の子を立ち上がらせます。
それから、頭に手を置いて、
「いたいのいたいのとんでけ~」
「お姉ちゃん、なにそれ?」
「これは、おまじないですよ。痛いの、なくなりません?」
「……あっ、そういえば。お姉ちゃん、ありがとう! これで、お姉ちゃんを訴えなくて済んだの」
にっこりと笑う女の子に、私も笑みを返しました。
言葉に微妙に毒があるような気がするのは、気の所為でしょうか?
頭に角。
背中に翼。
お尻に尻尾。
竜と人のハーフと言われる、竜人族の子でしょうか?
よくわかりませんが……
かわいいですね。
お持ち帰りしたいです。
この騒ぎですし、どさくさに紛れて、この子だけならいけそうな気がします。
「あっ、いけない! のんびりしてる場合じゃなかった!」
「どうかしたんですか?」
「あのね、怖い幹部の人が攻め込んでくるから、ユニたちが戦わないといけないの! 魔王軍のみんなは弱いから、ユニががんばらないとっ」
「あなたが……ですか?」
「お姉ちゃんは……武器を持ってないから、一般人なんだよね。雑魚一般人は奥でビクビクと震えながら隠れていて」
やっぱり毒がありますね。
とはいえ、なんだかおもしろそうな子です。
「いえ、私は……」
「だいじょーぶ! お姉ちゃんみたいな雑魚一般人でも、ユニがちゃんと守ってみせるからねっ」
女の子……ユニちゃんは、泣き出しそうな顔で無理矢理笑い、駆けて行きました。
あんな小さい子供まで戦いに駆り出すなんて、サタンは何を考えているんでしょうか?
やむにやまれず、というヤツでしょうか?
どちらにしても……
「のんびり見物、というわけにはいかなくなりましたね」
――――――――――
魔王城に続くニの門は、戦場と化していた。
刃が閃き、血が流れる。
魔法が解き放たれて、肉が焼ける。
あふれる悲鳴。
鳴り止まない怒号。
それは『地獄』と呼ぶにふさわしい光景だった。
常人ならば、すぐに気をやられてしまいそうな中で、魔王軍は必死に戦っていた。
武器を振るい、魔法を撃つ。
一歩も退く者はいない。
逃げる者もいない。
誰もが勇猛果敢に戦い……そして、命を散らす。
「怯むな! これ以上、反逆者たちをつけあがらせるな! 俺に続けっ、連中を蹴散らすぞ!!!」
サタンは先陣を切って敵軍に突入した。
魔剣『グラム』を振るい、反逆者たちの首を刈る。
その勇姿に部下たちも力づけられた。
サタンに続いて、各々の武器で敵を斬る。
しかし……この時点で、戦局は決していた。
魔王軍の残存兵力は、おおよそ千。
対する反逆者の軍は……その数、五千。
圧倒的な差だった。
いかに魔王が強力な存在であるとはいえ、五千の兵を相手にすることはできない。
石一つで荒れ狂う濁流を止められないのと同じだ。
時間の問題だ。
いずれ反逆者の軍に飲み込まれ、全てが終わるだろう。
「魔王サタンよっ!」
敵将であるイフリートが現れた。
全身が炎に包まれて、激しく燃えている。
その手に、巨大な大剣を手にしていた。
さながら、炎の騎士というところか。
「裏切り者が……よくも、おめおめと俺の前に顔を出せたな!」
「顔色がよくないな。自らの敗北を悟ったか?」
「ほう……すでに勝ったつもりでいるのか? この魔王の首を取れるとでも?」
「とれるさ」
イフリートが炎の剣をサタンに突きつけた。
その首を取る。
その目が、そう言っていた。
「あなたの時代は終わりだ。これからは、この俺が魔王になる。魔王イフリートの誕生だっ!!!」
「どうやら、寝ぼけてるみてぇだな……きつい一発で、目を覚まさせてやるよ」
「今のあなたにそれができるとでも?」
「ちっ……」
イフリートは見抜いていた。
魔王サタンに、かつての力がないことを。
だからこそ、野望にとりつかれた。
自分が新たな魔王になるために、反逆者という道を歩んだのだ。
「ま、魔王さまっ!」
竜人族の少女……ユニが、サタンをかばうように前に立った。
剣を構える。
しかし、その手は震えている。
理解しているのだ。
あのイフリートは、かつては四天王と呼ばれていた存在。
自分が敵うはずがない。
一瞬で殺されるだろう。
それでも。
「魔王さま……みんなは……ユニが守りますっ!」
少女は決意して、イフリートを睨みつけた。
そんな少女の瞳を受けて……
イフリートは嘲笑した。
「くだらんな……俺とサタンの間に割り込むな、弱者よ。消し炭となれっ!」
「ひっ!?」
イフリートの闘気が膨れ上がり、炎が倍近くに燃え上がる。
質量すら持った殺意を叩きつけられて、ユニは動けなくなった。
「ばかっ、逃げろ!!!」
「あ……あぁ……」
サタンが叫ぶが、もう遅い。
イフリートが炎の剣を振り下ろした。
剣先から、荒れ狂う竜のごとく、炎の嵐が吹き出した。
紅蓮の業火は、一瞬でユニを飲み込んで……
「こらこら、いけませんよ」
炎がユニを飲み込む直前、『なにか』が天から降ってきた。
激震。
地面が波のように揺れる。
大地が隆起して、壁となり、炎を防いだ。
「あ……れ? さっきの……お姉ちゃん……?」
「私は、リーゼと言います。よろしくおねがいしますね」
リーゼは、ユニに笑いかけて……
次いで、サタンを見る。
「お前……どうして、ここに……?」
「仕方ないから助けてあげますね」
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