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惑星調査記

作者: 双子烏丸


 惑星ローヴィスに存在する、宇宙港の広いロビー。

 そこに、ある三人の少年少女がいた。

 周りには大勢の人々が行き交い、とても賑やかだった。

 三人とも服装は、動きやすいラフな私服である。

 彼らはローヴィス星系中央高校の学生達。彼ら三人は、惑星グラスフィールド行きの定期宇宙船を待っていた。

「楽しみです。惑星グラスフィールドには、行くのは初めてだから」

 眼鏡を掛けた、三つ編みで黒髪の少女がつぶやく。印象は知的で、少し内気な感じの女の子だった。

「そうだね。けど僕は……ちょっと面倒くさいな。学校で自由課題が無ければ、別に行くことはなかったんだ」

 金髪碧眼で育ちが良さそうな、だが少しキザな少年が言った。

「あそこの広大な自然環境は、それなりに観光地として有名だぜ。それこそ観光ツアーは一ヶ月の予約待ちって話だ。それなのに面倒くさいとは……クリス、お前は本当に可哀相な奴だな」

 尖った髪の、勝気な印象を持つ少年が、彼をからかう。

「うるさいな、リック。そっちだって観光には興味ないくせして」

「俺は、それ程興味が無い訳じゃないぜ? だから俺が、今回の調査テーマを『惑星グラスフィールドの自然環境について』と決められたのさ。それなりには興味は持っているぞ、お前と違って」

「だから、一言多いんだよ! 僕だって三人分の旅費を払ってあげたり、向こうでの調査団に同行する為に、父さんに頼んだんじゃないか。何しろ調査団のスポンサーは、父さんの会社だからね」

「今度は家の自慢か!そっちも一言余計だぞ!」

「何だと!」

 二人は互いに、掴み合いになる

「あの、止めて下さい……二人とも。喧嘩しないで」

 クリスとリックの口喧嘩が始まりそうになるのを、黒髪の少女、レナが止めに入る。

 だがこれはいつもの事であり、三人は互いに、大の親友同士だった。

 そんな時、アナウンスが流れる。

〈グラスフィールド行きの定期便は、三十分後に出発します。お乗りのお客様は、六番搭乗口にお越し下さい〉

「だってさ、二人とも。そろそろ行こうよ」

 クリス達は、宇宙船の搭乗口へと向う。




 三人を乗せた宇宙船は、今、グラスフィールドに向けて航行している。

 窓側の座席に、彼らは並んで座っている。

 乗っている宇宙船は超高速船であり、普通、グラスフィールドまでは四日かかる距離が、これだと十二時間で済む。

「予定では、あと少しで目的地に到着するみたいだな」

 リックは座席のモニターに表示されている到着時刻を見て、言った。

「……ああ……そう」

「ねぇクリス? 顔色が悪いけど、大丈夫?」

 心配そうに、レナはたずねる。

「……僕はさ、宇宙船に酔い易い体質なんだよね。だから……あまり行きたくなかったんだ」

 そう言うと、クリスは口元を押さえて席を立った。

「うぅ、吐きそう。もう我慢出来ない……」

 彼は船内の洗面所へと、移動しようとした。だがその時、他の座席に座って新聞を読んでいる乗客のつま先を、誤って踏みつけた。

「あっ!……すみません」

 慌てて、クリスは謝る。乗客は読んでいる新聞を置いて、彼を見た。

 乗客は高価なスーツを着た中年男性で、とても身なりが良かった。彼は年齢よりも若々しく、ナイスミドルと言っても過言では無い。そして白髪の少し混じった金髪に碧眼。その人物を、クリスは知っていた。

「何だ、お前かクリス」

 男性はそう言って、笑みを浮かべる。




「君達が息子の友達だね? 私はクラウディオ・メナード。スリースターインダストリーのCEOであり、クリスの父親さ」

 クラウディオは、リックとレナに自己紹介をする。

 クリスはもう洗面所から戻って来ており、幾らか体調は良くなっていた。

 二人も、彼に自己紹介をする。その後、レナは緊張しながら、こう言った。

「確かスリースターインダストリーは、ナノテクノロジーから惑星開発まで、とても幅広い技術を扱っている、大企業ですよね?」

「その通りだよ、お嬢さん、よく知っているね」

「は、はい! 私……研究者に憧れていて……、 それで高度な技術の研究や開発をしている……貴方の会社を……とても尊敬していますから」

「そう緊張しなくても構わんよ。……そうだ!君が大人になったら、我が社に来ないか?君のように可愛い研究者は、大歓迎さ」

「かっ、可愛い……?」

 いきなりそんな事を言われて、レナの顔は、かあっと赤くなった。

「おいおい……、社長だか何だか知らないけど、お前の親父、少し変わってないか?」

 リックはひそひそと、小声でクリスに言う。

「父さんはいい人だけど、母さんと結婚する前は、相当なプレイボーイだったからね。それこそ、出会った女の子は見境なく……、と言った感じでね。別々に暮らしているから、僕も父さんと会うのは久しぶりだけど、少しも変わっていないな」

 彼にそう答えた後、今度は父親のクラウディオにたずねる。

「それで、父さんは何でこの船に乗っているのさ?」

「言わなかったか?私も同行するんだ。実を言うと、私もあの星には直接行った事はないからな、いい機会だと思ってね」

 するとクラウディオはレナを見て言った。

「そこでだ、研究者の卵君、グラスフィールドについて、説明出来るかな?」

 彼女は、少し緊張しながら説明する。

「惑星グラスフィールドは、地表は全てが広大な草原に覆われている珍しい星です。海や川や山などの地形は存在せず、大気には雲一つ存在しません。だから雨は一切、降ることはありません。しかしその代わりに、星の隅々にまで地下水脈が張り巡らされています。地表の草は、水が浸透した土壌から水分を吸収しているのです。植物は草だけですが、それでも様々な種類の動物が、惑星に生息しています……。と、これで、いいでしょうか……?」

 その説明に、クラウディオは満足そうに拍手をする。

「素晴らしい!百点満点だよ、レナちゃん」

 彼はふと窓を眺め、こう言う

「おっと……! 噂をすれば……。君達、窓を覗いてごらん」

 三人は窓から、外の景色を見た。

 そこには……地表全体が緑一色の惑星があった。




 宇宙船はグラスフィールドに到着し、クリス、レナ、リック、そしてクラウディオは、その惑星の宇宙港にいた。

 グラスフィールドの宇宙港は、星の北極に建造された、唯一の建造物だ。巨大な敷地内には観光客用のホテルや、様々な売店、更には星で暮らしている人の町までも、空港に存在する。

「ここが……グラスフィールド。成る程、正に名前通りの星って訳か」

 宇宙港の展望室で、リックは興味津々な様子で、周りの景色を見下ろしていた。

 港の辺り一面は全て草原であり、風で波打つ様は、さながら緑色の大海原を思わせる。そして空は青く、雲一つ無い。

 宇宙港を除けば、星の色彩は、地面の緑と空の青、この二色だけだった。

 下の広い滑走路を見ると、ガイドに連れられた大勢の人々が、謎の物体に乗り込んでいる所だった。

 それはとても大きな、飾り気のない楕円形の物体である。

「一体何だ、アレは? 何かの乗り物か?」

 クリスは初めて見る、この奇妙な物体に驚く。

「あれは飛行船、大昔の地球に存在した航空機の一つよ。あの楕円形の中にあるガス袋に、水素やヘリウムを詰めて、空を飛ぶの。けど……まさか本物が見れるなんて」

 その正体を知っているレナの方は、心をときめかせている。

「レナちゃんに喜んでもらえて光栄だよ。君の言うとおり、これは飛行船さ。我が社の観光事業の為に、特別に開発されたね。空を速く飛ぶ飛行機の類と違って、ゆっくりと飛行するから、観光遊覧飛行には丁度いいのさ。中は豪華客船みたいに広々としていて、長時間の観光飛行でも、観光客にもストレスを与えないからな。最も…………昔とは違い、発火の危険があるガス袋の代わりに、これも我が社が開発した反重力装置が使われているがね」

 クラウディオは腕時計を見て、続ける。

「おっと、しまった。待ち合わせの時間に、だいぶ遅れてしまっている。調査団のメンバーが待っているだろうし、早速そこに行くとしようか」

 彼らは四人は、展望室を出て、滑走路へと向う。




 今、目の前に停泊している飛行船は、展望室から見た時よりも、ずっと迫力があった。

 下に取り付けられているゴンドラも、ゆうに数百人以上を乗せられる程である。それに、窓から見える内装も豪華であり、快適そうだった。

「近くでみると、やっぱり凄いな」

「見た目も……昔の飛行船とそっくり」

 クリスとレナは、目の前にある大きな乗り物に驚嘆している。

「これで調査を行うのか。とても楽チンそうだな」

 そのリックの言葉に、やれやれと言った様子で、クラウディオは首を振る。

「おいおいリック君、何を言っている? ただ空から地上を見るだけでは、調査にならないだろ。私達は学術的調査の為に来ているんだ、観光の為じゃないぞ」

「じゃあ、どうするのさ?」

 クリスが彼に質問する。

「私達が乗って行くのは、あれさ」

 クラウディオの指差す先にあったのは、やはり飛行船だった。

「何だ、やっぱり飛行船じゃないか」

「よーく、見てみるんだね」

 リックがよく見ると、飛行船の更に向こうに、小さく車らしきものが見えた。遠近法もあるだろうが、飛行船と比較して、かなり小さい。

「まさか、あの車で?」

「もちろんだとも」

 さも当然の事であるように、クラウディオは言った。

 てっきり飛行船に乗れると思っていた三人は、少しがっかりした。




 四人は車の方へと歩いて行った。

 近くに来ると、車はとても大きなジープだった。運転席を別にして座席は四列あり、一列ごとに三人が余裕を持って座る事が出来た。後ろの荷台には、沢山の機材や物資が積まれ、最後の四列目には、後ろの機材を操作するスペースがある。

 車の傍では、二人の人間が待っていた。

「こんにちは、社長。今日はお日柄も良く…………といっても、この星ではいつも空は快晴ですがね」

 そう頭を掻きながらクラウディオに話しかけたのは、よれよれの白衣を着た、痩せ型の男だった。灰色の髪はボサボサで、僅かに無精髭が生えている。

 もう一人は車体にもたれ掛かって、目を閉じて腕を組んでいる若い女性だった。褐色の肌で、濃い緑の長髪を後ろに束ねている。そして服装は、体にフィットした黒いボディースーツで、所々に装甲が取り付けられている。まるで兵士のような格好である。

「何だタクマ君、調査団のリーダーの君だけか? 他のメンバーはどうした」

「いえね、長い事休み無しで調査を続けていて、休みが欲しいと言われたんですよ。丁度学生が三人来るという話を聞いて、メンバーを休ませて彼らに調査を手伝わせればいいと、思いついた訳で」

 タクマはクリス達を見る。

「やぁ君達、僕はタクマ・ユウザキ。地質学と生物学の学位を持つ研究者であり、調査団のリーダーだ。どうかな?ただ見ているだけじゃなくて、実際に調査をしてみる体験が、君達も面白いと思わないか?」

「もちろん、構わないぜ。願ったり叶ったりだ」

 リックの言葉に、残り二人も賛同する。

「よかった、とても助かるよ」

 にこやかな笑みを、タクマは三人に向けた。

「ところで、そっちの美人さんは?」

 クラウディオはタクマに訊いた。

「ああ、彼女はミュナ・エリーシャ。調査団が雇った護衛だよ」

「ふむ、そうなのか」

 一人彼は頷くと、今度はその護衛の女性に声をかける。

「スリースターインダストリーのCEOであり、調査団のパトロンである、クラウディオ・メナードだ。君の様に美しいボディーガードに守ってもらえるとは、とても光栄だよ」

「……」

 そう言って握手をしようと、クラウディオは手を差し伸べるが、ミュナからの反応は無い。

「父さんの言い方が、まずかったんじゃないの?」

 少し呆れながら、クリスが口を挟む。

「ははは、言い方がまずかったか。しかし、彼女は美人なのは確かだろう?」

 相変わらずそんな事を言う父親に、クリスは頭を抱える。

「……」 

 しかし、ミュナは目を閉じて、じっとしたままだった。

 余程怒っているのかな……。クリスは恐る恐る、彼女に近づく。

「あの……幾ら偉くても、父さんが変な事を言ってしまったのは謝るよ。でも、せめて一言くらい、口をきいて欲しいよ」

「……スー、スー」

 返事の代わりに、彼女の口元から漏れたのは、寝息だった。

「もしかして、寝てる?」

 すると、いきなり彼女は目を開いた。

「……ハッ! あれ……? 私のステーキは? カレーライスは?」

 ミュナはきょろきょろと、辺りを見渡す。

「はぁ、ただの夢か。……ところで、君達は誰かな?」

 見慣れない四人の姿を見て、彼女は不思議に思う。

「もしかして、ずっと寝てた訳か? 」

 タクマは溜息をついて言った。

「だって、ずいぶん長く待っていたのよ。つい退屈で……」

 一欠伸しながら、彼女は言い訳をする。

「彼らは、調査に協力してくれる学生達と、うちの社長さ。君の紹介はもう僕がしておいたから、せめて挨拶くらいはした方がいいな」

「みんな、初めまして。ボディガードのミュナです。どうかよろしく」

 そうミュナは、明るく挨拶した。

「ご覧の通り、少し抜けている所があるけど、腕は確かだ。彼女がいれば、例えグラスフィールドでも安全さ」

「もしかして……この星はそんなに危険なのですか?」

 話を聞いていたレナが、タクマに質問する。

「まぁ、幾らかな。何せ星の生態系は、人類手つかずの状態で、中には少々危険な生物がいるからね」

 その言葉に、クリス、リック、レナの三人は、少し怯えた。

「別に怖がらなくても大丈夫! 私がついているから、大船に乗った気持ちでいてよ」

 そんな三人に対して、ミュナは自信満々に言う。

「と言っても、大船じゃ無くてジープなんだけどね」

 クリスはジープを見ながら、そっと呟いた。

 こうして今、惑星グラスフィールドの調査は始まった。

 



 六人を乗せたジープは既に宇宙港を抜け、緑の大草原を走っていた。

 宇宙港が地平線の彼方へ消えると、もう周囲には草原しか見えなかった。

 クリス達三人とクラウディオは、外の風景を眺め、ミュナはジープの運転をしている。

 タクマは彼らに説明する。

「調査のスケジュールは、全部で一週間。北極の宇宙港からの出発でそのまま南下、南極を経由して惑星を一周する進路で、元の宇宙港へ戻る予定だ。その間に、惑星の環境、生物の調査を行う。惑星自体は小型だから、惑星一週には一週間で事足りる。……で、何か質問は?」

「調査は、どんな方法で行うのですか?」

 するとレナが、タクマに質問をした。

「そうだな……、調査によって色々かな。その時になったらまた説明するよ。一応、君達にしてもらう手伝いは、簡単なものさ」

 そこまで言うと、彼は辺りを見渡した。

「……この辺りでいいか。ミュナ、ジープを止めてくれ」

 ジープは、草原の中で止まった。

「じゃあ早速、実例をお見せしよう。クリスとリック、これを」

 そう言うとタクマは、後ろの荷台から何かを取り出し、二人に渡す。

 渡されたものは、大きなスコップだった。

「これを使って、穴を掘ってみてくれ。穴同士の距離は、十メートル以上遠くにな」

「一体、何の為に?」

「さっき言っただろ、クリス?惑星調査の一つだよ。何か変化があるまで、穴を掘り続けてくれ」

 タクマに言われた通り、リック達は互いに離れて穴を掘りはじめる。

 掘っている最中、他の四人も、ジープから降りていた。

 レナは辺りを見渡す。周囲の草原は、最初に展望室から眺めた時よりも、壮観であり、綺麗だった。風が吹くたびに草原は波打ち、香りの良い草の匂いが嗅覚を刺激した。

「やっぱり、ここに来て良かった。とても……綺麗な星ですね」

 その風景にうっとりしながら、彼女は呟く。

「まあね。私も長い間この星に居るけど、この光景には飽きないな」

 近くにいたミュナが、そう同意する。

 すると、レナの目の前に、ふと目の前にシャボン玉のような半透明の球体が、ふわふわと浮かんでいるのが見えた。

 よく見ると周りの草原にも、球体は沢山浮かんでいた。その内幾らかは、草に張り付いている様だった。

 表面には短い触手が等間隔に六本生えており、その中心には水色の核がある。

「これはこの惑星で最も多く生息している、原始的な単細胞生物だ。言わば、アメーバの様なものだね」

 タクマは一匹の球体生物を、優しく捕まえてレナに見せる。

「ほら、原形質の体に、中央に水色の核、かつての地球にもいた単細胞生物と、ほぼ同じ特徴だ。まぁ実際に、触ってみなよ」

 言われたとおり、レナはその生物に触ってみる。

「とても柔らかくて、ぷにぷにしています」

 彼女はクスッと笑って、言った。

「地球のそれとは違って、体は空気よりも軽いせいで宙に浮き、食事は生えている草に触手で取り付き、養分を摂るのさ」

 そう言って彼は、捕まえた球体生物を、透明な入れ物に入れる。

「君は研究員を目指しているらしいな? せっかくだから君には、これの分析を手伝ってもらうよ。きっといい勉強になるぞ」

 その時だった、突然何かが吹き上げる音がした。

 見るとクリスとリックが掘っていた穴から、噴水のように水が噴き上げていた。

 二人は穴から出て来た。

「これで満足か? 俺達はびしょ濡れだけどな」

 リックはそう愚痴った。彼らの服は、噴き出した水に濡れている。

 一方クリスは、小さな魚を片手に持っている。生白い魚で、目は全く無い。

「こんな魚も出て来たよ。……何だか、気色悪いな」

「光の全く当たらない、地下水脈に生息する魚だ。体が白く、目も退化するのが当然だろ。魚と水も、サンプルとして取っておいてくれ。水にも微生物やバクテリアがいるからな。ところで君達は、どれくらいの深さを掘ったのかな」

 その質問に、ややふてくされてリックが答える。

「……一メートルも掘ってないぜ。それが何か?」

 タクマは、まるで教師が生徒に向ってするように、説明する。

「この星には、まるで毛細血管のように地下水脈が広がっている。君達にしてもらったのは、水脈の深さと、その分布の調査だ。まだ全域を調べきった訳では無いが、今の所、穴を掘れば一メートルも掘らない内に、こうして地下水が噴き出す。つまり、地表の隅々にまで水脈が広がり、かつ水脈は地下浅くに存在する訳だ。…………さてと、それじゃあ穴を埋めた後、次の地点に向うとしようか」

「おいおい、まだ続けるのかよ」

「まだ星の全域を調べた訳ではないからな、当然だよ。さあ、車に乗った乗った」

 彼に急かされ、他の全員はジープに乗り込む。




 星の調査は順調に進み、やがて夜がやって来た。それはクリス達にとって、この星初めての夜だった。

 ジープは夜の草原を走る。草原の色は漆黒で、まるで黒猫の毛の様である。

 レナとタクマは後部座席でコンピュータを操作し、今日一日の調査記録を作成していた。

 そんな時、前に座っていたクリスが、レナに呼びかける。

「ねぇレナ、上を見てみてよ。空が、とっても綺麗なんだ」

 レナが上を見ると、そこには綺麗な、満天の星空がうつっていた。星は夜空一面に無数に瞬き、鮮明に輝いている。

 思わず彼女は、はっと息を呑んだ。

「ここには都会と違って、人工的な明かりは一切無いからな。だからこうして、星空が映える訳だ」

 一人頷きながら、クラウディオも星空に見とれている。それは、リックも同じだった。

「こんなに美しい星空は、生まれて初めてさ。そうだろ?」

 クリスの言葉に、レナは笑顔で頷く。

「俺もそれには同意だ。でも……今日は穴掘りで、とても疲れて眠いぜ」

 リックは、大きなあくびを一つした。

「もう夜だしね。各自、好きな時に寝るようにね。席の広さには余裕があるから、足を曲げるなりしたら、みんな横になって眠れるはずだよ」

 ジープを運転しながら、ミュナは後ろの彼らに言う。

「君はどうするのかね? ずっと眠らずに運転するつもりなのかな?」

 クラウディオはミュナに聞いた。

「そうだね。誰か運転する必要があるし、夜に危険な生物に襲われる事も、考えられるからね。心配してくれるのは嬉しいけど、私は昼間に、少し仮眠を取るだけで十分だよ」

「ならその言葉に甘えて、俺はもう寝るさ。んじゃ、おやすみ……」

 リックは座席に横になると、早速いびきをかいて寝ていた。

「今日の仕事は終わりだ。僕も、眠ることにするよ」

 続いてタクマも、座ったまま目をつぶった。

 クラウディオはしばらく星空を眺めた後、やがて満足して、眠りについた。

 まだ起きているのは……、クリスとレナだけだった。

 二人は座席に横になって、まだ星空を眺めている。

「なぁ、レナ」

 横になりながら、クリスは彼女に話しかけた。彼らは背もたれに区切られ、互いの姿は見えなかった。

「……どうしたの?」

「最初、僕はここに来るのを面倒くさいと、言っていたよね? それを、取り消すよ。とても魅力的な星だし……、確かに穴掘りばかりで疲れたけど、良い体験だったさ」

「ふふっ、私も同じです」

「僕も、ここに来て良かった。心から、そう思うよ」

 彼の感動した言葉に、レナは微笑んだ。

「きっとこの星は、私達の良い思い出になりますね。明日も……よろしく」

「……」

 だが、クリスからの返事はなかった。

 レナは、彼のいる座席を覗き込む。するとクリスは、静かに寝息をたてて眠っていた。

「もう、眠っちゃったのね。……私も、もう寝ようかな」

 そう言うと、彼女は再び横になり、空の星々を眺めながら、静かに目を閉じる。

 



 それからしばらくの間は、最初と同じような日々を続いた。

 見かける物も、何も変わらない。辺り一面の草原と、シャボン玉のようにふわふわと浮かぶ、単細胞生物だけである。

 上を見上げると、宇宙港で見かけたあの遊覧飛行船が、上空を飛んでいる。

「本当にこの星に生物はいるのか? あのシャボン玉以外にな」

 ある時、リックはタクマに聞いた。

「もちろん、色んな種類の生物が沢山いるとも。……けど、今回の調査では、まだ見かけていないな。コースがまずかったかな?」

 彼がそう言っていると、ジープの進行方向に、緑色の塊が現われる。

 草原の緑よりも濃く、まるで鬱蒼とした森のように思えた。

「へぇ、この星にも森がある訳。てっきり草原ばかりしか無いと、俺は思っていたよ」

 クリスがそう話していた時、突然ジープは右に曲がった。

「うわっ! 何だよ、いきなり」

「何って、『森』を避ける為だよ」

 運転しながら、ミュナが答える。

「そんな馬鹿な、森が走るとでも……」

 だが、森は物凄い勢いで迫っていた。

「……あれ? ジープは森に向って走っている筈なのに、どうして?」

 森は段々と近づき、ジープの後ろを走り抜けた。

 その時、森だと思われたのは、深緑色の毛を生やした羊の群れだった。普通の羊よりも一回り大きく、サソリの尻尾の様な尖った尻尾があった。

「この星の羊は常に大きな群れで行動し、その群れは遠くから見るとまさに森そのもの。あの尖った尻尾は、地面に突き刺し、地下水脈から水分を摂る為の物だ。これはこの星の生物殆んどに、見られる特徴さ」

 そう説明している間にも、羊の群れは段々と遠ざかり、ついには見えなくなった。

 すると今度は、レナが何かに気づいたかのように、ある物を指差す。

「ねぇ、クリスとリック、あれを見て」

 二人がその方向を指差すと、そこには巨大な岩山が一つ、そびえたっていた。

「次は岩山か。まさか、あれも……」

 リックの言葉に、タクマは頷く。

「その通り。だが、あれを見る事が出来るなんて、君達はツイているな。この星では数少ない生物なんだぜ」

 クリス達がよく見ると、その岩山の真下には、亀のような頭と足と尻尾が付いており、僅かに動いていた。

 その巨大亀は口を開き、草原に浮かぶ大量の球体生物を吸い込んでいる。どうやらそれが食料のようだ。

 その光景に驚愕しながら、彼らはその傍を通り過ごした。

 



 その後の調査では、度々動物を見かけるようになった。あの羊の他にも、様々な草食動物に、肉食生物を見かけた。草原以外に何も無い星にも、多様な生態系が存在しているのだ。

 調査団の周りには、この星に原生する、馬のような生物の群れが休息を取っていた。足は異様に長く、短い灰色の体毛で全身が覆われていた。

 この馬の群れは、鋭い尻尾を地面に突き刺し、微動だにしない。ただ眼だけは、辺りを見回すかのように動いていた。

 調査団が乗るジープは、遠巻きにその群れを眺めている。

「ご覧のように、こうして地下の水を吸収しているのさ。本当なら近くに寄って観察したい所だけど……気づかれて逃げられたら困るからな。だから、ほら……」

 現在、操縦席にいるタクマが指差す先には、ミュナがこっそりと、動物の群れに接近している所だった。

「あっ! いつの間に……」

 望遠鏡を覗き、驚いて大声を出しかけたリックに対し、彼女は振り向き、人差し指を口元に当てた。

「今では民間派遣会社に勤めているけど、こう見えて昔は軍の特殊部隊に所属していたしな。気づかれずに接近するのはお手の物だよ。さてと……」

 彼はポケットから無線機を取り出す。

「ミュナ、様子はどうだ?」

 すると無線機から声がした。

『こっちはバッチリだよ』

「よし! 注射器は持っているな。それでサンプルを採取してくれ」

『了解っ!』

 そこまで言うと、彼女からの通信が切れた。

「後は彼女に任せればいいさ。こうした仕事はやっぱり……」

 言葉の途中、タクマの顔色が変わった。

「ん? どうしたのさ」

 クリスは彼の様子に気づき、声を掛ける。

 だがそれを無視し、タクマは無線機に叫んだ。

「今すぐ戻って来い! 向こうから……」

『えっ……きゃっ!』

 突然、通信機から悲鳴が聞こえ、通信が切れた。

 彼らが遠くを見ると、今まで動かなかった馬の群れが突然、慌しく動き出す。

 何故動き出したか、その理由は群れの遥か向こうにあった。

 そこには、サイの様な肉食獣が数匹、群れに向って猛スピードで接近していた。

 だがその生物には角は無く、全身赤褐色の獰猛そうな姿である。

 リックはぎょっとする。

「うげっ! 何だよあれは!」

「グラスフィールドの肉食生物に決まっているだろ。かなり凶暴で、危険だ。実際ここも、かなり危ない。急いで離れた方がいいな」

 肉食獣は馬の群れに突っ込み、次々と餌食にしていった。

 群れは慌てふためき、何とか逃げようと混乱している。

「あの、ミュナさんは、無事でしょうか?」

「私も早く逃げ出したいが、確かに彼女が心配だ。何しろ、あの混乱騒ぎだ」

 レナとクラウディオは彼女の身を案じた。

「あれぐらいなら彼女は平気だ。それよりも…………、おい! ジープから離れろ!」

 突然、タクマは叫んだ。驚いた四人は、急いでジープから脱出する。

 全員が脱出すると同時に、何かがジープに飛び乗った。

 それは、あの肉食獣だった。気づかない間に、一匹が後ろから近づいていたのだ。

 生物はうなり声をあげ、クリスを睨む。

「……ひっ!」

 短い声を上げ、彼は怯えた。

 肉食獣は今にもクリスを襲おうとする。

 その時、別の方向から小さな望遠鏡が飛んで来て、生物に当たる。

 生物はその方向を見た。

 そこには、リックが立っていた。

「俺が相手だ! 来い!」

 彼はそう言い、注意を引きつける。

 肉食獣は体を構えると、リックに飛び掛った。

 それを間一髪で、横に避けるが、体勢を崩して倒れた。

 すぐ傍にはあの肉食獣がいて、涎を垂らしながら口を開き、無数に並ぶ鋭い牙を見せる。

「リック!」

 レナは恐怖で目を見開き、口元を押さえる。

「くっ! ――最悪だな」

 そんなリックに向かい、肉食獣はその口で彼を餌食にしようとした。

 だが彼が餌食になる寸前、間に何者かが割って入った。

「良かった、間に合って」

 目の前には、ミュナが両手で肉食獣の口を押さえ、振り返ってリックに笑みを見せた。

 そして彼女は、再び生物に向かい合った。

「さてと……悪い子だね、少し思い知らせてあげないと」

 ミュナは口を掴んだまま、向こうへと投げ飛ばす。

 生物は空中で体勢を整えて着地し、即座に彼女に向って行く。

 その牙で、何度も噛み付こうとするが、彼女はいとも簡単にそれらを避けた。

 そしてミュナは、肉食獣が疲労して一瞬動きが止まった隙に、小型の光線銃を抜き、一筋の光線を生物に放った。

 光線を受けた肉食獣は、その場で気絶した。

 生物が気絶した事を確認すると、彼女はまだ倒れたままのリックを見た。

「怖くなかった? 立てる?」

 そう言って、彼に手を差し伸べた。

「……ありがとう」

 リックは頷いて、彼女の手を握って起き上がった。

 クリスとレナの二人も彼に駆け寄る。

「本当に心配したわ。もし、リックに何かあったら……」

 そこまで言うと、とうとうレナは泣き出した。

「おいおい、何も泣く事は無いだろ?」

「だって、だって……」

 涙声まじりの声で、レナは呟く

 一方、クリスは何か、決まりが悪そうな表情をしていた。

「なあ、リック」

「どうした?」

「……僕のせいで、ごめん」

 クリスは下を向いて、小声で呟く。

「あんなに危ないのに、僕を助けてくれた。……ありがとう、リック」

 そんな二人に、リックは言った。

「二人とも、気にするなよ。俺達は――友達じゃないか」

 彼は、明るく笑みを見せた。

 


 その後は、何事も無く惑星調査は続いた。

 やがて調査を始めてから、あっと言う間に一週間が経った。

 彼らは惑星グラスフィールドを一周し、最初の出発地点と同じ場所である、宇宙港へと戻って来た。

 そして今、彼等は宇宙港にある、宇宙船の搭乗口にいる。

「父さんは、僕達と一緒に帰らないんだね」

 クリスの問いに、クラウディオは頷く。

「あの遊覧飛行船は覚えているだろ? この星に来たのは、その視察のためでもあるのだからな。……それじゃあ、元気でな」

「ああ、父さんこそ」

 一方、レナはタクマにお礼を言う。

「色々とありがとうございます。おかげで、沢山のことを学べました」

「こちらも、君達のおかげでとても助かったさ。ありがとう。レナちゃんも研究者目指して、頑張ってくれ」

 その横から、ミュナも言葉を付け加える。

「君もね、リック。お疲れ様!」

「それはどうも、嬉しいね」

 リックは少し照れて、頭を掻いた。

「じゃあな、みんな。これからも頑張れよ」

 三人はタクマ達に手を振り、宇宙船へと乗り込んでいく。

 やがて彼らが乗り込んだ宇宙船は、グラスフィールドの空へと飛び立った。

 リック、クリス、レナは、窓から外を眺める。

 そこにうつる景色は…………最初この星を訪れた時と同じ、緑一色の大地だった。

 




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