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現代物

みなとみなと

この小説は、恋愛への渇望と捻くれた妄想をPSPからお送りいたします。

 オレンジ色の夕日に照らされた校舎の屋上。

 吹き抜ける風が、私の制服のスカートとちょっと癖のあるセミロングの髪を靡かせていく。

 それらを軽く手で抑えつつ校庭を見下ろすと、すっかり片づいたグラウンドで楽しそうに騒ぎ回っている生徒達が見えた。多分、今校舎内に残っている生徒達も似た様な感じで打ち上げでもしているのだろう。複数の音源から聞こえてくる、やりきった満足感を含んだ歓声がさっきから止まない。

 それは一昨日、昨日と二日にかけて開催された文化祭が無事成功を納めた何よりの証拠である様で、生徒会執行部員として文化祭に尽力してきた私にとっては、どんな言葉を掛けられるよりも皆の為に頑張った甲斐を実感させてくれる。

 皆の文化祭は大成功だった。あとは――

「"私"の文化祭……」

 確かめる様に口に出してみる。そう、"私"の文化祭はまだ終わってない。

 今日は、皆にとっては文化祭の後片付けと打ち上げの為の"文化祭後日"。

 でも私にとっては、文化祭の最後にして最大のイベントが残された特別な日。

"それ"の結果が、"私"の文化祭の結果と同義。


"それ"則ち――告白。


―ドクン

 意識したら、急に心臓の鼓動が大きくなった。足が、腕が、ガクガクと震えだす。

 どうしようも無く怖い。振られるかも、文化祭で誰かに先を越されたかも、そう考えるとまだ彼がここに現れてもいないのに泣きたくなってくる。

 自信なんて無い。顔も特に可愛くないし、性格もいいとは思えないし、胸なんて……周りの皆よりも一際小さくて逆に目立ってるし。

【~~~♪~~~♪~~~♪】 

「!!」 

 いきなり流れだす明るいメロディ。

 私は驚いてビクッと肩を跳ねさせる。一瞬頭が真っ白になって、何が起きたのか理解できなかったけどすぐに自分の携帯の着信音だと気付き、慌ててポケットから携帯を取り出す。サブ画面に表示された名前は生徒会長のものだった。

 私は何だか残念な様な、安心した様な、自分でもよく判らない溜息を吐きながら折り畳み式の携帯を開き、通話ボタンを押して顔の横に持っていく。

「もしもし、ウサギちゃん?」

『もっしもーし、美奈(みな)ちゃん大丈夫ー?』

 電話の受話口から元気のいい女の子の声が響いてくる。一度聞いたら当分は忘れられない一種のカリスマ性を持った声。

ウサギちゃんは魅力の塊みたいな子だ。高校には珍しい転校生で、六月初旬にやってきた子なんだけど、転校初日から派手に学校の有名人になり、その週の内に学校全体の人望を集めてしまった。次の週で昨年から目立ってた校二の先輩を差し置いて異例の一年生生徒会長に当選してしまう程に。

斯くいう私もウサギちゃんが好きだ。――勿論友達としてっていう意味で。

 だから今日この後告白するんだって事を、ウサギちゃんにだけは教えた。

「う、うん。だ、だ、だ、大丈夫だひょ?」

『う~ん、全然大丈夫そうじゃないね~。声がブルブルガクガク震えまくりだよ~。呂律も回ってないし~』

「う、だって……」

 すっごい緊張してるんだもん。持ってる携帯なんか、手が震えすぎて残像拳を繰り出してるし。

『此処一番の時はね~、適度に緊張するのはいいんだけど、緊張し過ぎちゃダメ。今の美奈ちゃんはとっても緊張し過ぎだから~、ベタなやり方で落ち着かせてあげるね~』

「う、うん。お願い」

『じゃあミミの言う通りに深呼吸してね~。はいすって~』

「すぅ~~」

『はいて~』

「はぁ~~」

『すって~』

「すぅ~~」

『はいて~』

「はぁ~~」

『すって~』

「すぅ~~」

『はいて~』 

「はぁ~~」

『はいて~』

「はぁ~~」

『はいて~』

「はぁ~~」

『まだはいて~』

「はぁぁ~~~」

『もっとはいて~』

「はああぁぁ~~~~~」

『さらにはいて~』

「ふうぅぅぅ~~~~~~~~」

『どんどんはいて~』

「ぷはっ! はぁ、はぁ、……も、ムリ……」

 これ以上はリアルに窒息する……

『あはは~。限界はや~。ミミなら一時間はいけるのに~』

「ウサギちゃんと一緒にしないでよ……」

 ていうか一時間もやってたら途中で彼が来ちゃうじゃん。携帯片手に息を吐き続けるって意味不明な行動が見られちゃうじゃん。

 ……あ、でも、

『まだ緊張してる?』

「す、少し……」

『うん! そのくらいの緊張が丁度いいよ! さっきよりずっといい声になった!』

「え、そうかな?」

 でも、まだ心臓はバクバクしてるけど、不安もあるけど、さっきよりは大分楽になった。どこにも震えが無い。全身の力を使って息を吐き切った時、一緒にムダな緊張や不安も出ていっちゃったみたいな感じ。

『大丈夫! 美奈ちゃんの想いは絶対伝わるよ! 文化祭で、美奈ちゃんの頑張ってた姿、凄く素敵だったもん! 彼もきっとそんな美奈ちゃんの姿をいっぱい見てたよ!』

「うん。ありがとう」

 私は知っていた。ウサギちゃんが、生徒会の私の仕事と学級委員長でクラスの出し物の責任者をしていた彼の仕事を最大限被らせてくれていた事を。

 お蔭でクラスの手伝いに行けなくても少しだけ彼と仕事を共同する事ができた。当日の生徒会は猫の手も借りたくなる程で空き時間が一人一日一時間しか無かったけど、私のその時間を一昨日の彼がクラスの出し物にシフトする二時間に被る様に調整してくれたから、クラスの出し物でも一緒に仕事ができた。

 そんな事もひっくるめて御礼が言いたいんだ。

『まだそれを言うのは早いよ~』

 ウサギちゃんはきゃは~と笑いながら言う。本当にいい子だと思う。 

「あ、ねぇ。そういえば生徒会の打ち上げはどうしたの? 電話くれたのは嬉しいけど……」

『んっとね、美奈ちゃんの文化祭が終わるまで待機』

「えっ?」

『美奈ちゃんも生徒会執行部の一員だからね~。文化祭は成功したけど、美奈ちゃんの文化祭が終わるまでは生徒会の文化祭も終わんないんだよ~』

「そんな……私はおいといてもいいんだよ? これは私の問題だし……」

『ダメダメ~。ミミはね、生徒会長なの。誰か一人でも文化祭が終わってない人がいれば、ミミの文化祭は終わらないの。芋づる式に生徒会の文化祭も終わらないの。だから打ち上げも「やってやったぜイェーイ」でいくか「結果はともかくお疲れ! 騒ぐぞウラー」でいくかまだ決まんないの。終わってないから』 

「でも、皆に悪いよ……折角皆で頑張って、成功だったのに……私一人の為に――」

『む~、大丈夫だよってば~。それにこれは生徒会の総意だよ~。ね、皆!』

 ウサギちゃんがそう言うと電話の向こうから生徒会執行部の皆の聞き慣れた声が、温かい声援に乗って聞こえてきた。

 そっか。皆には話したんだ。ちょっと驚いたけど――

『あ、皆にはしゃべっちゃったけど、ダメだった?』

「ううん。全然。むしろ励みになるよ」

 こんなに応援してもらえる恋をしてるなんて、私は幸せ者だな。

「ウサギちゃん、皆、ありがとう」

『だからまだそれ言うの早いって~』

「うん」

 そうだね。それに、電話越しじゃなくて直接言うべきだよね。勿論OKされたなら最高だけど、たとえダメだったとしても。

『あ、そろそろ時間だね~』

 ウサギちゃんの言葉を聞いて腕時計を見てみると、約束の時間の五分前だった。今日の片付け作業の中でうまく二人で話せる間ができた際に、この時間に屋上で待ってるから一人で来て欲しいと言って交わした約束だ。

 そんな奇跡的な間ができたのも、恐らくウサギちゃんの驚異的な計らいのお蔭だと思う。本人はそんな事無いよって言ってたけど、そうとしか思えない。

「――よし。私、頑張るよ」

『うん! その意気だ! じゃ、頑張って! グッドラック!』

 ウサギちゃんは通話を切る直前まで私に励まし掛けてくれた。

 私は通話が切れた携帯を折り畳んでポケットにしまい、屋上と校舎内を繋ぐ唯一の扉を見据える。

 彼は今ドコにいるだろう? しっかりと約束してくれたから、来ないなんて事は無いと思う。忘れてなければ彼は定められた時間にはピッタリ合わせて行動する人だから、今頃クラスの打ち上げの席から抜けている所かな?

 …………ちょっと考え無し過ぎたかなと反省する。学級委員長としてクラスの出し物の中心となっていた彼を打ち上げの席から外させたのがマトモにクラスの手伝いをしなかった私だって知ったらクラスの皆はどう思うだろう?

 ……怒るよねきっと。彼はクラスでも人気者だし。

 ……はぁ、私ってホントに嫌なヤツだな。

 …………………………ハッ! 何ネガティブになってるの私! 生徒会の皆も応援してくれたじゃない! もっと自信を持たなきゃ、こんなんで振られちゃったらもう生徒会に出す顔が無いわ! ウサギちゃんに至っては半径一光年以内に近づけない! ……あれ? 光年って距離だっけ? 時間だっけ?

 ……と、とにかく! 呼び出してしまった事はしょうがない。それでクラスの怒りを買った場合はその時に考えよう。今はじっと彼を待って、……そして、私の想いを伝えるだけだ。

【タンタンタンタン】

「……!!」

 来た! 扉の向こうから、誰かが階段を上がってくる足音が反響してくる。時間的にもピッタリだから間違いない。

 そう確信しながら私は、固唾を呑んで……高鳴る胸の鼓動を落ち着ける様にもう一度深呼吸して……背に垂直に受ける夕日の日差しを感じながら……扉をただ見つめる。その時間は三十秒も無かったかもしれないけど、すごく長いように感じた。

【ガチャッ】

 程無くして控えめな音を立てて扉が開き、屋上に出てきた彼の姿が夕日に照らされる。

 直に受ける夕日の光に、眩しそうに目を細めたその表情も、軽く右手を翳したそのポーズも、夕日に照らされて赤みがかっている脱色された事の無い色の長めの髪型も、彼に恋してしまった私の目にはその全てが完璧に映ってしまう。

 ――よかった。ちゃんと来てくれた。……美那(みな)()君。

 思わず口元が綻んでしまう。

 きっかけはほんの、些細な偶然。

 入学式の日、校門の前で貰った組分け名簿で、同じクラスに私の"みな"とよく似た"みなと"って名前を見つけて、どんな子かなってクラスメートの中で一番最初に興味を持った。

"美"なんて字が付いてるから女の子だと思って、仲良くなれるかななんて思ってたら、自己紹介の時その名前を名乗ったのは男の子で、しかもちょっとカッコいい人で、何故だか嬉しくなった。

 でもさすがにいきなり男の子に声を掛ける勇気は無くて、結局"ちょっと気になる只のクラスメート"で落ち着いた。…………落ち着いた筈だった。

「ん~、備前(びぜん)?」

 強い逆光のせいで私の顔がよく見えないのか、美那都君はひどく見づらそうに首を傾げながら私の顔を確認しようと歩み寄ってくる。

 ……ちょっと嬉しくなったけど、立ち位置をもっと考えるべきだった。

「うん。ゴメンね、(おか)君。打ち上げ、抜けさせちゃったでしょ?」

「いいよ。そんな気にする事じゃ無いさ」

 美那都君は逆光の影響を受けない私の隣まで来ると、目が眩んでしまったのかパチパチと頻りに瞬きし始めた。その仕草を見て、無性に抱きつきたい衝動に駆られたけど、ここはぐっと我慢する。

 しばらくしてようやく目が回復したらしい美那都君はごめんごめんと手で謝りながら私の方を向き、

「夕日って目が潰れる程眩しいけど、綺麗だよな」

 そう言ってニッコリ笑い掛けてきた。途端に私の顔の熱が急上昇。その笑顔を向けられるだけで、私は何度でも昇天できると思った。

「う…ん……そうだね…………」

 ギリギリで平静を保ちつつ何とか返事を返す。美那都君は笑顔のまま頷いて視線を夕日に照らされた景色に向ける。


 …………何となくそのまま沈黙に突入してしまった。


 や、二人並んで綺麗な景色を眺めるのってなんだか恋人同士っぽくていい感じなんだけど、違う! 私はこんな"ごっこ"をする為に美那都君を呼び出したんじゃない! 本題を切り出さなくては!

 ……でも一度こういう雰囲気に突入してしまうと話し掛けるのにも結構勇気要るんだよね……相手が好きな人なら尚更。

 しかしこのままじゃ美那都君は夕日が沈み、月が頭上を越え、朝日が顔を覗かせてもここから見える景色を眺め続けていそうだ。それ位の事は余裕でやってのける人だから。

 でも、なんて切り出せば……「文化祭よかったね?」違う。そんな事が言いたいんじゃない。「機嫌いいね。彼女でも出来た?」それも違う。気にはなるけど、それよりも言いたい事がある。

 そうだ。私が言いたい事なんて初めっから分かり切ってるじゃないか。「あなたの事が好き」……たったこれだけだ。でもいきなり何の脈絡もなくそんな事言ったら、反応に困らせてしまうんじゃないだろうか。それか、冗談として取られてしまったり――

「あ、あの……」

 なんて考えつつも、気の早い私の口は脳内で考えを纏める前に美那都君に話し掛けてしまっていた。

 てぇぇぇぇ! ちょっとクチィィィ!!

「何?」

 そして私の方に向き直る美那都君。

 ああもう! こうなったら……直感勝負だ! 頭に浮かんだ事をそのまま言ってしまおう!

「えっと、聞いて欲しい事があるんだけど……いいかな?」

「ああ」

「あ、あのね、私、お……岡君の事が……貴方のことが…………好きです!!!!」

 言った! 言えた! 開き直ってみると思ってたよりアッサリ言えた!

 でも、


 でも、


 恥ずかしいぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!!!


 心臓が、16年生きてきた中で一番激しいビートを奏でている。恥ずかしくって美那都君の顔が見られない。狭い視界に映るのは二人の足とコンクリートの灰色と逞しく生きる雑草。

 でも言えた! 伝えられた! 後は……美那都君の返事を――

「知ってるけど」

 返事を…………って、ん?

「え?」

 何か衝撃的な事を言われた気がして、恥ずかしさも忘れて思わず顔を上げる。目の前には呆れ顔の美那都君。

 そして――

「いや、だから、


 知ってるって。備前が俺の事が好きな事は」


 は? え? ナニ? 知ってた? 私が美那都君が好きだって事を?

「えええええええええええええええええええええええええ!?」

 ウソ!? いつから!? 気付いてた素振りなんて全然見せなかったのに! 私自身気付いたのって一ヶ月半前、夏休みに入ってからしばらくして、ふと美那都君の事ばっかり考えてる事に気付いた時なのに!

「いや、そんなに驚かれても……」

「な、何で? 私そんなに分かり易かった?」

「分かり易い? ん~いや、それ以前にさ、これは俺の持論なんだけど――」

 そう言って人差し指を立てて何かを語り出す姿勢になる美那都君。

 ……ってアレ? 何か話がズレてる様な……まあいいや。美那都君の持論が聞けるみたいだし。

「人生楽しく生きる為にはさ、多くの人に好かれる人になる事が重要だと思うんだよ」

 うんうん。

「より多くの人に好かれる人ってさ、いつもいろんな人に囲まれて、きっと毎日が凄く楽しいんだと思うんだ。その点今の生徒会長なんかは最強だな」

 はい。確かにウサギちゃんはいつもいつも楽しそうです。何故か押し退けられた高二の先輩にまでも可愛がられてるし。

「でな、そんな人になるにはどうすればいいかって考えたんだ。そして俺が辿り着いた結論が、俺が人を好きになればいいって事。人に好かれたいならまず自分が人を好きにならなきゃダメなんだ。自分が嫌いな奴に、好かれる訳が無いからな」

 は~ナルホド。と何の抵抗も無く納得してしまうのは私が美那都君に惚れてるからでしょうか? 何の疑問も浮かばないんですが。

「だから俺はどんなに変わった奴でも、つまんない奴でも、ダメな奴でも、嫌な奴でも、皆にハブられてる奴でも、絶対にそいつのいい所を見付けてそこからそいつを好きになる。そうすればそいつもいつかは俺の事を好きになってくれる。ま、生まれてからたかだか十六年程度のガキが夢見る理想論の域を越えない考えかもしれないけど、これが俺の持論だ。だから俺は今まで心の底から嫌いになった奴ができた事がない。それが俺の自慢であり誇りだ。大人になっても、こいつだけは絶対に曲げたくないな」

 そう言い切って美那都君は拳を目の高さまで突き上げ、茜色の秋空を見上げた。“どーん”という背景文字が見えそうな位堂々としていて、その姿はとてもカッコいい。カッコいいんだけど……

「えっと、つまり、知ってるっていうのは……」

「俺が備前の事が好きなんだから備前が俺を好きになっても驚く事じゃない」

 バキューン!

 な、何てクリティカルなセリフを平然と言ってのけるの美那都君! 今、『好き』って言ってくれた? 私の事を? 嬉しい! 超嬉しい! でもその『好き』って言葉の意味、絶対違うよね美那都君!

 どうやら私の言葉は届いたみたいだけど想いは伝わってはいないみたいだ。完全に"友達"としてしか解釈してないよ……

 あ、でも、て事はこんな私の事もちゃんと見てくれていて、私のいい所を見付けてくれたって事だよね。

 ……何だろう? 私のいい所。何を見付けてくれたんだろう? 私の魅力って、何?

「ねぇ、岡君……私のいい所も見付けてくれたの?」

「もちろん。備前は割とすぐ見付けられたな。あ、そういう意味では分かり易かったかなぁ」

 そうなんだ……なんだか嬉しいな。"すぐに"って辺りが特に。

「でも私、特にこれといった魅力、無いと思うんだけど……」

「? どこが? 今正にいい所見せてくれてるじゃん」

「今?」

「そう。備前ってさ、笑顔でいる事が多いんだよ。入学式の日とか、皆緊張とかで表情堅かったのに備前だけ笑顔だったし。いやまぁどっちかって言うとアレは笑顔だったって言うかニヤけてたに近いけど」

 ニ、ニヤけてた? ああ、アレかな……名前の似てる子がちょっとカッコいい男の子だったのを知った時……確かにちょっとニヤけてたかもしれない。

 うわぁ、私キモッ。

「ふと見るとさ、大体いつも笑顔なんだよな。それが備前のいい所……だと俺は思う」

 自分でも気付かなかった。そんなに表に出ていたなんて。

 きっとその笑顔は、その日も知らず知らず意識してた美那都君を見れたから。そしてその笑顔を、美那都君は私のいい所として見てくれていた。

「あ、それと文化祭の時。何かスッゲェ頑張ってたじゃん? 学校のドコに居ても見かけたし。文化祭に懸ける熱意みたいなのに漲ってて輝いて見えたぜ。あんな顔も出来るんだなって思った。皆も、備前って普段あんま目立たないから驚いてたし。何人かに惚れられたんじゃね?」

 あぁ、ウサギちゃんの言ってた通りだ。ちゃんと見てくれてた。出来れば「惚れた」って言って欲しかったけど、自分の分の頑張った甲斐も充分だ。

 うん。やっぱり私は美那都君が好きなんだ。その好きな人にこんなに嬉しい事言われて、さっきの告白を勘違いされたままでは終われない。まさか告白する相手にまで無自覚ながらも背を押される事になるとは思わなかったけど、もう一度言おう。

 恥ずかしいけど、今度こそこの想いが間違いなく伝わるように。

「あのね、岡君。さっきの好きってやつだけどさ……」

「ん?」

「あれね……言葉が足りなくてうまく伝わらなかったみたいだけど……こ、告白だったんだよ?」

「え゛……こ、告白……?」

 あ、何か言い方がマズかったかな? 美那都君ピシャーンて雷に撃たれた感じになって固まってる。

 ……なんかそんな反応されると“あぁダメか”って思っちゃうけど……この勢いを失ったらきっと言い切れなくなる! ダメならダメで諦めるから、ちゃんと聞いてね美那都君!

「聞いて。私は、岡君の事が好き。……ありきたりな言葉だけど、この世の何よりも愛してる。だから……私と付き合ってください!!」

 ガバッと頭を下げる。全身全霊を込めた告白。……これならさっきの様な誤解はされないハズ。

 ドキドキしながら返事を待つこと十数秒、

「あ~、取り敢えず顔上げてくれ」

 って返ってきた。

 本当は意識して美那都君の顔を見ない様にしてたんだけど……直視できないから上目遣いになるしかないのに、こういう時の女の子の上目遣いは反則だってどこかで聞いた気がするから。

 でも無視する訳にはいかないし、きっと今の私の顔は茹で蛸みたいに真っ赤なんだろうな……なんて考えながら美那都君の顔を覗くと、美那都君の顔は茹で蛸より真っ赤になっていた。動揺ただ漏れの表情だけど、目は真っ直ぐ私に向いていた。

「いや、まずは、ファンタスティックな勘違いかましてしまって、悪かった」

 ……実は結構精神的には余裕なのかな? いや、こんな場面でもこんな言い回しが出てくるのが美那都君なんだ。

「こんな事、女の子に二度も言わせてしまうなんて、男の風上にも置けない奴だな俺は。……普通に受けりゃ、そうだよな。悪い」

「う、ううん。最初のは、なんて言うか……言葉が足りなかった私がいけなかったって言うか……」

 美那都君は自分の勘違いが許せないみたいだった。こんなに辛そうな美那都君、初めて見た。

 そして一頻り謝った後、すっと真剣な顔になる。

「備前の気持ちはよく分かった。俺の答えも、もう出てる」

「…………」

 ついにこの時が来た。のしかかる不安を抑えて、心の中で祈る。

 ――お願い……届いて!

 しかし美那都君は、

「でもその前に、こんなトコまで来てさらに焦らすのは酷いと思うけど、俺の話を聞いてくれるか?」

 ココに来てさらに話題を変えてきた。

「……?」

「俺の初恋の話だ」

「な、なんで急にそんな……」

「俺の心境を理解して欲しいからだ。返事を人質に取ってるみたいでいい気はしないんだけど、聞いてくれ」

 美那都君の目は真剣だ。そんな事を言う真意はまだ分からない。でもそれが必要なら、私は美那都君の心境を理解する為に話を聞くべきだと思った。流れ的に絶望な方向だけど、まだダメだと決まった訳じゃないし。

「わ、分かった」

 私は頷き、答える。

 初恋か……そういえば私、恋したのこれが初めてだったな。

「ありがとう。……俺がその人に出会ったのは、半年前の入学式だった」

 入学式……もしかして私も知ってる人かな? ……でも、その日は私と美那都君が出会った日でもあるんだよ。

「何か初めて見た時からその人の事、他人の様な気がしなくてさ」

 名前が似てたから、顔を見る前から美那都君の事を意識してた。初めは女の子だと思ってたけど。

「気が付いたら、その人が視界に入るとそのまま目で追う様になってた」

 気が付いたら、ふとした合間にチラチラと美那都君を観察する様になってた。

「夏休み入った頃にはその人の事が気になってしょうがなかったなぁ」

 夏休みなんか、会えない分さらに美那都君の事で頭がいっぱいになっていた。

「文化祭とか、ホントはその人ともっと一緒に楽しみたかったのにその人クラス以外のでメチャクチャ仕事忙しくてさ」

 文化祭、本当はもっと美那都君と一緒に楽しみたかったけど、生徒会は全ての参加団体を取り仕切ったり協力して貰う関係業者と色々な調整をしたりとかで人手が足りなくて、クラスの準備に回れなかった……

「一昨日、折角その人の空き時間には一緒に回ろうって誘おうと思ってたのに、その人只でさえ少ない空き時間にわざわざ無理してクラスの仕事手伝いに来ちゃうし。来なければ学級委員長の権限で誰かと時間チェンジする用意があったのに」

 文化祭一緒に回ろうって言う程、親しい訳じゃかったから、いきなりそう誘うのも変だと思ったし……美那都君には他に一緒に回りたい友達もいると思って、ならせめて、クラスの出し物の手伝いって形で、美那都君のいる時間に行けば、その時間だけは自然に……一緒にいられると、考えた……

「初めは只名前似てるな~っていう親近感? で気になってたんだけど、その内だんだん好きになってっちゃったんだ………………美奈の事が」

「……美那都君」

 いつの間にか私はボロボロと涙を流していた。

 そっか。美那都君も私の事、想ってくれてたんだ。まさかこの恋が両想いだったなんて、しかもきっかけが同じだなんて、夢みたい。……でも美那都君、さっきの、自分の好きな相手に向かってああも平然と褒めちぎれるなんて、いい性格してるよね。

「あ、勿論今の『好き』ってのは、さっきのとは違って愛してるって意味だぜ?」

「うん、わか……分かってる、よぅ」

「ってアレ!? 何で泣いてんの!?」

「だって、嬉しくて……ぅく、絶対、ダメだと、思ってたから、ぐす……ね、美那都君、それって……OKって事で、いいんだよね?」

 だって、美那都君も私の事好きって言ってくれたもん。そういう事だよね?

「う~ん。そうアッサリとはいかないんだよな~」

「え!?」

 私は自分の耳を疑った。

 え? 何で? だって、私達両想いだって判ったじゃない。付き合うのにどこに問題があるの?

 ……まさか、

「もしかして、文化祭で彼女ができたりとか……」

 それは考え得る一番嫌なケースだった。生徒会は準備期間に入る前から死ぬ程忙しく、ウサギちゃんが配慮してくれたりもしたけどやっばりクラスの人達に比べれば美那都君と一緒にいられた時間は圧倒的に少なかった。美那都君は学年でもかなりモテる方だし、どこかで別の女の子に告白されてても不思議じゃない。美那都君に限って気が多い人だったって事は無いと思いたいけど……

「いや、そういうのは一回も無かったな。まぁ、きても断るだけだったけど。俺が一番好きなのは美奈なんだし。当然、俺からはナンパもしてねぇ」

「じ、じゃあ何がダメなの?」

 他に何かダメな理由でもあるの? 両想いなのに付き合えない程の理由なんて……

「いやいや、そうじゃ無いんだ。美奈も俺の事好きでいてくれた事はスゲェ嬉しい。普通ならここで気持ち良く『こちらこそ』って言える所なんだけど……」

「……だけど?」

「う~ん、これを言っていいものかどうか……」

 美那都君はそう言って腕を組んで唸りだした。

「何? 何か困ってる事が有るんだったら、私に出来る事なら何でもするよ?」

「いや、困ってる訳じゃなくて……でもこれは果てしなく自己チユーと言うかズレてると言うか……もしかしたらそれで俺の事――」

「そんな事は絶対に無い。有るハズ無いから」

 美那都君が言おうとした言葉に気付いた私は、例え仮定でもそういう風に思われたくなくて、言われる前にその言葉を遮った。そして呆気にとられた顔をしている美那都君を縋る思いで見つめる。

 美那都君は「いや、それはそれでいいんだけど……」とか何とかボソボソ言っていたが、私の耳には聞こえていなかった。

「だから、話して。そうしないと、何も進まないよ」

 私がそう言うと、美那都君は「分かった」と言って頷き、ポツポツと話し始めた。

「あ、あのな、多分こんな事思ってんの俺だけだと思うんだけど、俺初恋に関して捻くれた考え持ってんだよ」

「美那都君偏屈者だもんね」

「……いきなり毒舌になったなお前。つかキャラ変わってない?」

 そうかな?

「ま、まぁいいや。それで、初恋にはあの有名なジンクスを実践するってのがいつしか俺の夢みたいなもんになっちゃったんだ」

「初恋のジンクス?」

「ああ。かの有名な……"初恋は実らない"」

 思わずガクッと力が抜けてズルッと体勢を崩してしまった。

「って美那都君私に振られたかったの?」

「正確に言うと、俺がモタついてる間に他の男に取られて欲しかった。告げる事すら出来ずに終わった、みたいな?」

「でもさっき、『文化祭一緒に回ろうって誘おうと思ってた』って言ってたじゃない。自分で言うのもアレだけど、それって完全にアプローチだよね?」

「いや~一般的なジンクスも在る位だから初恋が両想いだとは夢にも思わなくてさ。誰か特定の男ができる前に淡い思い出でも作っておこうかと」

 うわぁ、何て自己チューなの。私の気も知らないでそんな事考えてたなんて。さすが美那都君。私なんかではとても測りきれないわ。

「まぁつまり、何かこじつけっぽいけど、今日ここで俺の"初恋は実らないを実践する"って夢が儚く散ったわけだ」

「……あんまりこんな状況で言いたくないけど、どこかで別れる……って事も在るかもしれないよ?」

 そんな事にはなりたくないけど、これから先何が起こるか分かんないし……

「それは無い。何故なら俺は一度得た物や関係が無くなるのは大っ嫌いだからだ。だから……」

 そこで言葉を区切り、ゆっくりと私の左頬に手を添える美那都君。そのまま右手の親指と人差し指で私の顎を持ち上げ、顔を上げさせて至近距離から私を見つめてくる。私の視界が、美那都君の整った顔で支配される程に。

 そして、

「俺は美奈を一生手放さない。離れさせもしない。この先、美奈がどんな男と出会っても俺から目を逸らさせやしない。俺と付き合うなら、こっから先一生寄り添う相手が決まっちまうけど、それでもいいか?」

 この言葉に私は胸打たれた。自己チューなんて、とんでもない。私が望んでいた以上の言葉で、美那都君は応えてくれた。

 気付いたら、私は両腕を美那都君の首に回していた。もっと近付きたい。この至近距離すら煩わしい。

「美那都君、大好き」

「俺も美奈が大好きだ」

「もう……離さないから」

「さっき言ったろ? 離れさせやしないって」

「一生……傍に居てね」

「ああ。一緒に生きていこう」

「美那都君――」

「美奈――」

 山の向こうへ沈んでゆく夕日に照らされた二人分の黒い影は、ゆっくりとその唇を重ね合わせた。


 この幸せの、始まりを喜び合いながら。


 いかがでしたでしょうか?

 一応、僕の初完結&公開作品です。


 執筆中、ラブコメの連載案に昇華できるかもとか思ったりもしましたが(別に短編を見下してる訳ではありません)、今やっても悲惨な結果に終わるのは目に見えているのと、とにかく一作、先ずは完成させてみたかったのでこうなりました。…この作品が悲惨じゃないとは言い切れませんが。


 …それにしてもまさか一万文字越えるとは思いませんでした(^^;)

 振り返ってみればムリに1話に詰めずに3話位に分ければよかったかもしれませんね。


 では、いつかまたどこかでお会いすることを楽しみにしておりますm(__)m 

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