#009 非日常の足音
世の中の大体の物事は一見関係がないように見えて実は薄らと繋がっているんじゃなかろうかと思っちまうようなイベントを昨日と今日の立て続けに俺は体験した。
昨日は冒険者パーティご一行の到着にとんとん拍子の魔法の弟子入り。
そして今日は何が起こったのかというと。
天変地異である。
………………
…………
……
しめじに魔法の教鞭を執っていただく約束を交わした翌日。
朝っぱらから俺の機嫌はすこぶる良く、シャーリーはこれまた尻尾を左右に振って「何があったのか教えてよー」などと聞いてくるので、ふわふわの耳に向けて事情を語り、自分の口から飛び出すトークを聞いた俺自身が勝手に胸を躍らせるという幸せなセルフループが形成されていた。
上々の機嫌は農作業に出ても継続し、金色の羊どもに周囲を囲まれ、鼻先でバシバシどつかれながらも微笑みが絶えることは一度もなかった。
「ああ、楽しみだな。早く夜にならんもんか」
身を粉にして地上を照らす労働に従事している太陽には申し訳ないが、俺は彼が西の山々の彼方へ沈むのを今か今かと待ち望んでいた。
しめじとその冒険者一行は今日の日中は仕事だといっていたから、きっと今この時間は丁度遺跡の調査中だろうか。
羨ましい。
俺もダンジョン的な遺跡で剣を振り回したり、魔法をばーっと放ったりな異世界ファンタジー的アクションをしてみたいもんだ。
俺の膝裏を執拗にどつく羊の毛束に指を突っ込み、頭の先をぐいと逸らした時に。
それは起こった。
真夜中に太陽が爆発したようなとんでもない光量が後ろ方向で発生し、続けざまに瞬間風速十メートルはあろうかという強風。
押さえる間もなくきりもみに飛んでいっちまった麦わら帽子。
どこに行ったのか見送る余裕は残念だが少しぽっちもない。
荒野の唐草みたいにころころ転がっていく羊を抱きしめながらに俺が目にしたのは、森を突き破り、アルプステイストの山脈を遥かに越え、夏の青空をぶち破らんばかりに地上にそびえ立つ光の柱だった。
「なあっ!? ななん、な!? な、なんじゃこりゃあああぁあっ!?」
いくら異世界とはいっても、白一色の蛍光灯みたいな光の柱がそうぽんぽんでてくるわけもなく、俺が紐解いた近代史にもこんなもんは一語一句たりとも記されちゃいなかった。
非日常世界で起こった正真正銘の非日常イベント、ここに降臨。んなアホな。
「ハムよお! 生きてっかあ!?」
「オヤジさあああん!」
地べたに這いつくばって必死に耐える俺とは違い、筋肉ダルマオーガであらせられるシャーリー父が強風のうねる中にも関わらず、クワを担いでのっしのっしと悠然と歩いてくる。筋肉ってすげえや! なんて言ってる場合じゃねえ!
「あ、ああああれ! あれ、あれなんですか!?」
「分からん! だがあの辺りには無類の酒好きで知られる村長が持っているっつう密造酒の工房があったはずだ!」
「酒好きの――……はっ!?」
こんな時に要らん閃きを得る俺。言うなれば天啓である。
『酒好きの村人が行商人との交渉に応じてなあ……』。
いつだったかのオヤジさんの言葉とともに、脳裏でいくつかのシーンがフラッシュバックのように瞬く。
村人が手渡す箱。
受け取る酒樽。
歓喜の酒宴。
気絶の俺。
行商人。
村長。
酒。
「まさか……剣と鎧が入っていた箱を業者に売り払ったというのは、まさか――、」
「村長だ」
「村長ォォォオオオーッ!」
何てことをしやがる! と思うと同時に良い気味だと思うあたり、俺はいい性格をしちゃいないな。
おそらくは違法酒蔵を爆心地とする光の柱。
やたらに太い根本から、入道雲を容易く突きぬけている先端へと向けて柱は細まっていた。
上層付近には光輪が何枚か展開し、何度か回転しつつチカチカと明滅する。何を意味するのか俺には分かりかねた。モールス信号か?
地形レベルで催された正体不明のドッキリショーは体感で三分ばかり続いた。
次第に光の柱は細くなっていき、最後には光の粒子となって中空に霧散をすると柱も光輪も綺麗さっぱり、嘘のように消えちまった。
「一体なんだったんだ……と、こうしちゃいられん」
畑にいた羊共は大半がどこかへと転がされていってしまったのだ。
さっさと回収せねば、森へと消えてしまう。
しかしそうは問屋が卸さなかった。
珍妙なるイベントは光の柱出現だけでは終わらず、まさかの二発目が繰り出された。
柱が消滅してより数十秒。
空までもが驚いたかのように、雲にぽっかりと開いた口から何かが落っこちた。
目を凝らすときらりと輝く光点が見えた。何度か明滅している辺り、見間違いの類ではなさそうだ。
俺の視力はお世辞にも良い方ではなかったが、空よりぐんぐん落ちてくるそれはどう見たって人の形をしていた。
「今度は人か。やれやれ、何がどうなってんだかな」
オヤジさんはのんきにそうぼやくが、俺は落下中の人物を見捨てちゃおけんと作業着姿で駆けだした。
なんだか子供のころに見たアニメ映画を思い出すようなワンシーンだな。あれも確か女の子が空から落ちてきて壮大な物語のスタートになったはずだ。
肩で風を切りつつそんなことを思ったが、現実的に避けたかったのは目の前での人死にだ。
俺にはまるで縁のない他人には違いないのだろうが、この手の届く範囲でみすみす死なすのは夢に出そうで後味が悪いし勘弁願いたい。
「ぬ、お、おおっ! 次から次と一体なんだってんだ!?」
俺が作業靴の底で蹴り走る一歩よりも、光点の落下速度の方が幾分か速い。
間に合うかどうかギリギリのとこだな。
光に包まれている人影が次第に鮮明になっていく。
金色の長髪。真っ白いワンピース。もしかしなくても女性のシルエット。
彼女はとうとう針葉樹のてっぺんへと落ちてきた。
俺との距離はおよそ十メートル余りある。
このままじゃあ落下地点に万全の状態で間に合うことは出来んし、かといって手が届かなかった場合の結果は想像したくない。
彼女が飛行石の類を持ってるんなら別だが、よっぽどのレアケースだし、そもそもフィクションだ。
なんて澄ました風にモノローグをかましてる場合じゃないよな。
走れ、走れ、走れっ!
全力疾走を続行し、最高、最善と判断したタイミングで俺は思いっきりに大地を踏み、世界選手もかくやの横っ飛びをかました。
「間にっ! 合っ! えぇぇええっ!」
体を鍛えて良かったな、と緊張に張りつめた顏をしつつに思う。
この二週間の農耕作業で多少なりとも鍛えられていたらしい俺の肉体は想定を上回る跳躍を果たし、はるか上空より大地に叩き付けられようとしていた少女の体を今、この手で支えようと、
「んなっ!?」
彼女の落下がぴたりと止まった。
それはおよそ地上1メートルばかりの高さ。ここから落ちれば割と痛めの尻もちをつくぐらいだろうな。
「そんなんありか!? う、ぐおおおおぉあ!?」
一方の俺はといえば、一度発生してしまった運動エネルギーを消すことは出来ず、なまじ発達してしまった運動能力のままに彼女の真下をスライド移動し、名も知らぬ木々の間へと飛び込んでいった。
慣性の法則は草やぶをぶち抜き、ご神木とお呼びしても過言ではないご立派な巨木に衝突したことでようやく終わりを告げた。