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素晴らしきルヴェリアへようこそ!  作者: 晴間雨一
『うまい話にはウラがある』前編
8/32

#008 賢い本と賢い人


 魔法使いが村にやってきた。

 

 より正確に言うならば冒険者ご一行が王国領内最果ての地と言っても過言ではないこの村に来訪なすったのである。魔法使いはそのパーティメンバー。

 

 アポ無しの来訪に村は祭り同然の慌ただしさとなった。それもそうだろう、出ていく者こそあれ入る者はなかったのだから……って、俺はどうなんだろうな。入った者にカウントされるのか?

 

「ハムゥッ! 大変よっ! 大ッ! ニュースよ!」


 やはりというべきかシャーリーがドアをぶっ壊さんばかりの勢いで押し開き、花火が炸裂しているかのような実に晴れやかな面持ちで飛び込んできた。


 彼女の用件は手に取るように分かる。コーラを飲んだらゲップが出るぐらいには確実なもんだ。


「冒険者が来たんだろ?」

「そうなのよ! 早く見に行くわよ! 早く早く!」


 そら来た。


「いやいや俺まだ寝起きだし」

「パンツ履いてれば十分よ! さあさあ。さあさあ!」

「おいおいおい駄目だって、お~~~い。公序良俗~」


 普通の女ならば細腕を振りほどくことなんぞワケなかったが、相手はオーディンファイア家の長女。

 怪力保有者である。

 一般人であるところの俺の抵抗なんぞはゾウとアリの綱引きのようなもんであり、まるでお話にならない。

 

 結果、俺はボクサーパンツ一枚にブランケットを巻いた変態姿で外へと引きだされる運びとなった。

 

 

 

 村で唯一の酒場はかつてないほどの人出にごった返していた。

 

 日中ならばほとんどの村民が畑の面倒やら家畜の世話にとあっちこっちに出張っているのが常なのだが、今日という日は例外らしい。


 雨が降ろうが嵐が来ようが槍が飛んでこようが一歩も退かない、屈強なる農民たちは誰もが酒場の壁にかじりついていた。

 

「おう、ハム! お前も見に来たか!」


 顔なじみの村人Aが気配に気づき、白い歯を見せて言う。

 余談だが彼もまた山男のように屈強かつ幅広の肉体である。


「シャーリーがどうしてもって言うもんで」

「んなこと言ってお前も興味あったんだろ?」

「実は、まあ」


 お見通しらしい。

 男はすっと身を引くと俺とシャーリーの二人が入り込むスペースを作り、「ここから見てみろよ」と窓を覗かせてくれた。

 

 カウンターの中で針金みたいな酒場のマスターが困りにに困った顏をしているのが目に入った。

 

 中には通常の客はおらず、代わりに見慣れない四人組の姿がある。

 

「……旅人ってあれか」


 男女がそれぞれ二対二の一行。


 鎧姿に盾と剣のセットを身につけ、ついでに背中に赤いマントを飾った背の低い金髪の男の姿はこれ以上無いぐらいにロールプレイングをしている外見だ。もはやテンプレートと言っていい。


 夏場にも関わらずに燕尾服を着込んだナイスミドルな男。彼はカウンターに腰を掛けて足を組み、相当に画になっている風にくつろいでいた。情報収集は剣士に一任しているのか、ダンディガイは勝手にグラスで一杯やっている。


 二人居る女の片割れは緑のローブにこれまた緑色した鍔広のとんがり帽子といかにも魔法使いテイストの衣服でいて、最後のひとりは白を基調としたフード付きの長袖ローブに身を包んだ聖職者然とした出で立ち。

 

 まさに冒険者ご一行、あるいは勇者パーティといった具合だな。

 

「ナイトに黒魔道士に白魔道士。……執事っぽいおっさんはよく分からんが」

「なにそれ?」

「俺の故郷だとああいう身なりの連中はそれぞれそう呼ぶんだよ」

「ふーん」


 こいつは何言ってんだ、みたいな面してシャーリーは目を細めていたが、俺にとっちゃこれ以上ないぐらいにハマった呼び名だと思う。


 窓ガラスに耳を押し当て、ぼそぼそと聞こえる会話から察するに彼らはこの辺りにあると噂の遺跡を訪れにきたんだという。

 

 ついでに言えば彼らは村の宿にしばらく滞在するらしく。

 俺はこれを願ってもないチャンスが舞い込んだもんだと内心で舌舐めずりをした次第である。

 

 

 

 翌日。

 オヤジさんに無理言って一日の休みをもらい、俺はすったかすったかと村の宿を目指していた。


 村に宿屋はそう多くない。

……というか一軒しかなく、しかもオーディンファイア家から片道一分とかからん超ご近所である。

 

 お目当ての人物は宿屋の前に丁度ひとりで居て、なんにもない青空をただぼけーっと眺めていた。

 

「あの、すみません」


 電話口に出る時と似たような作り声で俺は言う。

 すると上向いていた魔法使いの頭がカクンと下向き、なんだか人形染みたカクついた動作でこちらを向いた。

 

「だれ?」


 ブラックホールを二、三個詰め込んだような神秘的でいて感情の無い瞳が俺を見ている。

 横一文字に引きしめられたままピクリとも動かない唇。


 灰色の髪の毛は肩口辺りでざっくり切られていて、前髪なんぞは伸び放題だった。おそらく女性なのだろうが、身なりには無頓着らしい。

 肌の色合いはどうにも悪く、青白いというよりは灰色の陶器を連想させた。

 

「だれ?」


 魔法使いが二度聞いた。風の立たない水面みたいに静かな声。

 

「あの、変なことを聞いて申し訳ないんですけど、あなたは魔法使いですか?」


 なにが『ですか?』、だ。


 我が事ながら、あまりのわざとらしさに全身がめちゃめちゃ痒くなってくる。


 とんがり帽子に裾長のローブに節くれだった木製スタッフ!

 これだけ要素が揃っていて魔法使いじゃなければ何なのだ? 農民か? そんなわけないだろう。

 太陽が東から昇って西に沈むのが分かり切っているように、彼女が魔法を扱う人間なのは分かり切った話だ。

 

「そう呼ばれてる」


 糸を切られた人形みたいにカクンと首を振って彼女もまた肯定する。

 

「良かった。実は相談があって……」


 勿体ぶった表情を作って話を進めてきたが、つまらん演技もここまでだ。

 

 俺は小脇に抱えていた広辞苑的厚みをほこる一冊の書を取り出し、神前に捧げる奉納品のように厳かな身振りで彼女へと差し出した。


 そう、俺が知らんあいだに枕にしていた<賢い本>である。

 

「これ……どうして……」


 雪の降る夜みたいなしんしんとした静かな顔にわずかに変化が生じた。気がした。

 魔法使いの女は白魚の指で<賢い本>を手に取ると表紙をめくり、ビー玉みたいに生気のない瞳を俺ではちんぷんかんぷんだったテキストへと向ける。

 

 俺は彼女の反応からこの書物がどれほどの神秘を秘めたアーティファクトなのかを測ろうとし、熱心な視線を送り続けたが結果は空振り。


 なにせ彼女のまぶたはパチリともせず、用済みになったファミレスのストローの包み紙を見るような何の感情もない顏のままだったからな。

 

 やがて四分の一までをつらつらと読んだ彼女は<賢い本>をパタンと閉じ、

 

「これをどうしたいの」

「この本に書かれている魔法を覚えたいんです。特に<召喚魔法>の辺りを。でも読み方が分からなくて……魔法の知識が無いんです」


 間があった。

 

「これは相当危険。それでも覚えたいの?」

「覚えたいです」

「……しめじ」


 何だって?

 脈絡のない言葉の登場に目を白黒させる俺だったが、彼女は特に気にもせず。

 

「しめじ。私の名前。この本は存在自体があまりにも危険。けど、もうあなたと結びついてしまっているから廃棄が出来ない。どこにも捨てられない。無視もできない」

「はあ」


 どういうことだろうか。

 

 廃棄が出来ないってことは、千尋の谷にぽいっと捨てても勝手に足が生えて帰ってくるのか? 捨てたはずなのに枕元に立つ一冊の本。あまりにも恐ろしい。紛れもないホラーである。

 

「だから、正しい使い方を私が教える」

「ありがとうございます。これは……師事でいいんですかね」


 またもしめじはカクンとうなずいた。

 

「私は仕事が終わったらすぐに村を立ち去る。だからそれまでのあいだの一時的な師弟関係を私とあなたは結ぶ。それで構わないなら」


 コピー用紙みたいになまっちろい手が差し出された。この手を掴めば契約完了。……ってことだよな?

 

 おずおずと伸ばした手が不意打ち染みた速度で掴まれ、呆気にとられる俺の手の平に彼女は大きく『し・め・じ』と書いた。

 

「私の名前」

「……ありがとうございます」


 既に知っているともよ。

 彼女は日本で広く知られる秋冬においしい食材である名称の自身の名をいたく気に入っているようで。


 なんだか人名と認識するには少々の慣れが必要な名前だが、異例の速度ともいえる打ち解け具合の前には些細にすぎる引っ掛かりであった。

 

「今日はこれから打ち合わせで忙しい。明日の日中は仕事。教えるのは夜からになる」

「分かりました。よろしくお願いします。俺の名前は――、」

「今はまだいい。情が湧くと後でつらいから」


 無表情のままでしめじは両手を挙げて手の平を俺へと向けた。それ以上は要らないよ、のジェスチャーだろうか。


 俺は彼女の言わんとするところがいまいち分からず、まあ魔法使いというぐらいだからちょっと変わった人も居るのだろうと思い、

 

「分かりました」


 と似たような文句をまた口にした。

 

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