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素晴らしきルヴェリアへようこそ!  作者: 晴間雨一
『うまい話にはウラがある』後編
31/32

#031 《魔王バスター》


 照明ひとつ点いていない、真っ暗闇。

 窓も無いらしく、真夜中のまぶたの裏並に何も見えやしない。

 

 背後で扉が閉まる音もせず、まるで異空間に放り出されたかのような心細さがあるばかりだ。

 

「暗っ!? ちょっと、どこよこれ。倉庫じゃないの!?」

「電気……電気のスイッチはどこでしょう……」

「落ち着けお前ら。俺たちは揃ってるよな? 点呼だ! 1!」

「2!」

「3です」

「……4……」

「よし合って……ねえよな。そこに居やがるのは誰だ」


 暗闇の中に紅蓮の炎がぽっと灯る。

 ひとつを皮切りにして連鎖して火が灯り、炎が線を描き、円形を象った。

 

 さながら魔王復活の儀式の場面みたいに怪しげな紋様だな。

 ここから出てくるのは敵軍の親玉か、それとも因縁ありげな中ボスか?

 

「――……来たか。異邦の男よ」


 びりびりと深い声が黒色の底から聞こえる。

 ロウソクは点いたもののそれだってまだまだ暗い。光量をもっと寄越せ。

 

 ゆらり、と赤い炎を受けて何かがはためいた。

 

 黒いマントに黒フード。

 全身黒ずくめな背高の……男だよな? そいつは闇の中から浮くようにして現われた。

 

 なんとも陰気くさい野郎だな、と思い、下手なことを言えば斬り捨てご免もありそうだと想像して口をつぐむ。ここは大人しくするのが上策だろう。

 

「あんたがギルド本部長?」

「如何にも。西方の一国、<シンダール>の冒険者を預かるは我が身である」

「何やら強そうな御仁ですね。……あの、それはともかく、私、猛烈に具合が悪く……」


 とっさにガフが俺の手を握る。

 この暗闇でよく見えるもんだと感心するが、こいつの手に浮かぶ冷や汗を感じた途端に冗談を言う場合じゃないなと動揺した。

 

「おい、大丈夫かよ? 参ったな。少し座ってろ」

「――我が領域に在る限り、その者の身は摩耗する一方。早々に立ち去るが良い」

「ええと……?」


 じゃらり、と鎖が揺れるような音が聞こえる。

 

「この身、この剣は神仏を滅する刃が故。そこな女神にとって、我が領域は毒沼に浸るに等しい苦しみであろう。愛神の欠片よ、口惜しかろうが場を外せ。我が言を授けるは、そこな異邦の男のみ。従者は不要である」

「うっ……では、私はお言葉に甘えて……ホールで水でも飲んでます……」


 言って背後の暗闇へと消えていくガフ。

 かつりかつり、と足音が遠のき、そうして忽然と気配が消える。

 

「あたしは?」

「強靭なる肉体と武神の萌芽。オーディンファイアの娘か。お前も領域を去るが良い」

「んなこと言ったって、何の話をするんだか気になるわよ」

「ふっ……物怖じせぬのは血が故か。事の仔細はそこな男に聞くがいい。外にて待てい」

「ちょっと、あたしも混」


 歯切れの悪いところでシャーリーの不満げな声が途切れた。

 これには覚えがある。

……そうだ。転送を喰らった時、しめじが言いかけたのと同じ具合だな。


 気付けば辺りの視界はわずかに見通しがよくなっていることに気が付いた。

 足元は湿った石床で、壁には石柱。

 ロウソクの火で描かれた魔法陣。

 やはり何かしらの儀式途中な雰囲気の部屋だ。

 

 声の主は最奥……棺に似た箱に腰を掛けていた。

 黒いローブに黒フードの出で立ち。片手に携えた銀剣だけが揺れる火の色を映して不気味に輝く。

 

「此度の魔王討伐。実に見事であった、異邦の男よ」

「……こういう時にどんな言葉遣いが正しいのか分からないんだが……どうも」

「ふ、飾らずに楽にするがいい」


 そりゃ嬉しいな。

 ところでこの男(多分だが)は千里眼的な能力があるのだろうか?

 それとも又聞きで俺がハイブリッジを叩きのめしたのを知ったのかね。

 

「不要な異能に頼らずとも、我が耳は千里を聞き、我が眼はあまねく世界を見る。故に、異邦の男よ。我はお前の素性を知っている。神々の傀儡。異界の来訪者。運命に翻弄される哀れな男。魔を抱えた道化。すべてが相応しい。まるで弄ばれるために生まれたような命だ」


 含蓄があるんだか意地が悪いんだか分からんが、好き勝手に言ってくれる野郎だな。

 事情通な様子だが、俺が知らんことやら気になることを説明してくれるのか?

 

 例えば、何故に俺がこの厄介な<魔王具>を引き受けるハメになったのかとか。

 

「愚問よな。ただ奴らが望む時、望む場面でお前という命が現われたに過ぎない。神々にとっては人の命など塵芥よ。お前に特別な背景は無い。だが……取り立てて言うのであれば、その運が特殊であろうな」

「運?」

「我が語らずともいずれ知ることだ。……お前が所有をする<万魔の書>を含む、<三王具>が天界より再びルヴェリアに降りたことは承知していた。元より奴らが扱うにはあまりに巨大すぎる星の輝き。いずれ手放すだろうとは思うていたが、クク……これほどに早いとは」


 悦に浸っているところに悪いんだがな。

<魔王具>ってのがいまいち分からん。これは人の心を奪うのか? それとも最後にはどうなる?


「<魔王具>とは超魔王の魂の破片よ。それぞれが扱う器を求め、触れた者の肉体を奪い、やがて元の形――すなわち、魔王の姿にならんと力を求める鬼と変わる。お前が葬った魔王候補、ハイブリッジはその一人」

「……俺も最後には力に溺れる怪物になるのか?」


 さてな、と暗闇の中で闇色の男が笑う。

 

「お前が手に持つ<万魔の書>は魔導の究極である。超魔王が手ずからに呪いをつづった力の極点。巨大すぎる力に取り込まれるかと思ったが、しかしこれを我が物とするとは。驚嘆に値する」


 褒めるのはありがたいんだが、質問に答えてくれるともっと喜ぶぜ。

 

「――……当座は問題なかろう。あの女神の欠片も語ったことだが、<魔王具>とは心を映す鏡である。邪なる心は喰われ、光ある心は魔を跳ね除ける。お前が正義を見失い限りにおいて、その書はお前に従うであろう。……正しい所有者が現われぬ限りは、だが」

「正しい所有者……復活した超魔王か」

「然り。奴の行方は我が眼をもってして見えぬが、確かにこのルヴェリアの片隅で息づいている。常に留意せよ。奴は力を取り戻さんと、己の断片を狙っている」

「噂じゃとんでもない怪物らしいが、さすがにそんな奴に狙われたら一たまりもなさそうだ」


 ちきり、と黒フードが剣の鍔を弄ぶ。

 不意にかかげた手には何やら赤い石。見覚えがあるような無いような……と、ありゃ俺のギルド内身分証明書のクラスストーンなんだが。

 

 返してよ! なんて飛びかかる場面じゃないのは分かっているんだが、知らん野郎の手の中で転がされているのは落ち着かない。

 せめてもの意思表示として、眉間にしわ寄せて睨む俺。はよ返せ。

 

「勇と正しさを以って、かつての魔を払った<明星の鳥>。彼らが日の下を歩む正道の英雄であれば、お前は力と魔を以って悪を征すが相応しかろう。――木下公太郎(・・・・・)。お前に新たな輝きを授ける」


 奴の指の中でクラスストーンが赤く煌めいた。

 まるで脈を打つようにちらりちらりと赤が明滅し、その輝きは増していく。

 

「これよりは<魔王バスター>を名乗るが良い。力に腐心する有象無象の魔王を滅ぼし、<魔王具>を手折り、往け。表の職業はなんとなりとも名乗れ。魔法使いでも、道化でも、好きにな。書を有するお前の魔導は既に最上位……第七階位の域。心の向くままに生きるには十分過ぎるものである」


 つまりこいつは何を言いたいんだ?

 魔導書の魔法で、あっちこっちで暴れ回ってるって話の魔王候補を倒して回れ、とこいつはそう言うのか?

 もしそうなら、相当にムシの良いことを言ってるぜ、と返してやりたい。


 今回はたまたま巻き込まれたから対応しただけだ。

 俺が毎回毎回、律儀に相手をするとは限らないぜ。

 

「いいや」


 分かり切った声で黒フードは言う。

 

「お前は必ず悪に立ち向かう。その善性、魂の在り方が故にお前は暴虐を見過ごせん。お前が神々の傀儡として召し上げられたのは巡りあわせのことであったが、こうして下界に降したのは良い采配に違いはない。……運命を弄ぶのは業腹だがな」


 儀式じみた部屋の光景がぐらりと揺れる。

 まるで砂漠の蜃気楼のように左右に歪み、段々とまともな像が結べなくなる。

 

「<魔王バスター>、<討滅者>よ。神々は決して信頼に値せぬことを夢忘れるな。奴らはルヴェリアを箱庭に捉える、力を持った幼子(おさなご)。言の全てを鵜呑みにすれば、それはお前が身を滅ぼす道となろう」

 

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