#030 嵐は過ぎ去りて
やはりこうなったと言うべきだろうが、アトモスによる破壊の影響は下層の平民街にまで及んでしまっていた。
取り立てて世話になったわけではなかったが、鼻持ちならない金持ち連中の家が吹っ飛ぶよりも平民たちに迷惑をかけてしまったことが何とも心苦しい。すまねえな。
金が入ったら立ち寄ろうと目星をつけていた定食屋の看板はどこぞにすっ飛んでいて、広場に据えられていた井戸は汲み上げポンプを失い、どういう理屈だかは分からんが噴水さながらに景気よく水を噴き上げている。
階段を駆け下りた俺は、踊り場の辺りではたと立ち止まり、破壊の跡を右から左にゆっくりと見回した。
ちょっとこの罪悪感は一人で抱え込めそうにない。
黙ってたら内側から破裂しそうだ。
「……とんでもないことになったもんだな」
「全壊は免れたものの、大規模なダメージですね。やらかしたのがおハムさんの仕業だと知れたら、テロリスト扱いで指名手配間違いなしですよ」
『WANTED』の文字の踊る、俺の似顔絵つきの手配書が脳裏に浮かぶ。
勘弁してくれ。
「そしたらお前も共犯だと騒ぎまくってしょっぴいてもらうからな」
「何故に!?」
「俺だけが収監生活なんてあまりにも嫌だし寂しい。せめて友達をくれ」
「監獄は合宿じゃないんですよ。というかいくつなんですか、あなた……」
「まあまあ。こうなったら一蓮托生? ってやつよ!」
実にあっけらかんと言うシャーリーである。
彼女は荒れに荒れた平民街をあごでしゃくり、
「幸いみんな元気そうだし、いいんじゃない?」
と言う。
そう。平民街の人々はたくましいというか生命力があるというか、街が超大型台風に襲われたような有様にも関わらず、せっせと復興作業に取り掛かっていた。
釘もってこいだの、板が足りんだのと声が飛び交い、あっちこっちでトンカチを打つ音が聞こえてくる。
つぎはぎだらけのボロを着たガキどもは、街を襲った災害を何ぞのイベントだと思い込んでいる様子らしくガレキの山で楽しそうに走り回っていた。
ジャングルジムにするにはちと危ないぜ。釘やら破片やらが飛び出してるからな。
「あんたら! んな場所で遊んだらケガするわよ! あっちでやんなさい!」
踊り場から広場へとばっと飛び降り、ガレキの上に仁王立ちするシャーリー。
腰に手をあてて声を放ち、子供連中の動きを封じた様はまさに猿山のボスもかくや。
「あ。怪力姉ちゃんだ」
「おれたち、姉ちゃんが剣抜いたの見てたんだぜ! かっこよかった!」
「あ、そ、そう? ふふふん、見る目があるわね」
まんざらでもない顏をして頬を赤らめたがしかし、言うべきことは言うようで。
「あたしみたいになりたいんなら、怪我はしないことね! 大人の手伝いでもして好感度を稼いできなさい!」
「はーい」
ジャリ共は互い互いに今度は補修現場へとどいつが一等で辿り着くかのレースをはじめやがった。ま、子供なんてあんなもんだよな。木の枝一本で無限に遊べるヒマ生物、それが子供である。
「しかし随分慣れたもんだな。保母の経験でもあるのか?」
「チビの世話なんて村で散々やったしね。百でも二百でもどんと来いよ」
言い過ぎだろうと思ったが、何とかしそうだからスゴいよな。
「まあね。で、どこ行くんだっけ?」
「ギルドだ。剣は抜いたが結局大金は貰えず仕舞い、俺らは相変わらず一文無しだ。こうなりゃまともな仕事で金を稼いで飯を食おう。パンの耳でもいいからさ……」
「なんとも貧しい顏をしていますが、とにかく堅実が一番ということですね」
「そーいうこった」
………………
…………
……
外が祭りならばギルド内は戦争と表現して良いだろう。
あっちこっちで大声が飛び交い、訛りが強いのか語気が荒すぎるのか、何を喋ってるんだかさっぱり分からん。
三人が散り散りにならないように身を寄せ、耳を澄ませた限りでは復興作業についての内容らしいが、こうも怒鳴ってちゃ相手も分からんだろうに。
自分の声がかき消されそうになるぐらいの喧騒だから、仕方ないんだろうけど。
右から左に人が走り抜けていくもんだから、この流れを割ってクエストボードに辿り着くのは相当の至難である。
六車線の道路を無傷で横断する方がまだ楽だって可能性さえある。
「これを突っ切るのは正直無理だな」
「ええ。まず肩がぶつかり、次に足がもつれ、倒れ込み、無数の人の靴裏で踏みつぶされるのがオチですね」
「中々いい線いってる予想だと思うわ……」
背伸びしてもなお見通せぬ酒場の賑わいにやる気を折られ、こうなりゃまた後で来るかと回れ右。
と、そんな寂しげな俺たちの背中にひとつの声が降りかかる。
「お三方ぁ!」
間延びしたのどかな声。
振り返ると丸い顏した受付嬢が、ひざ掛け片手によっせよっせと駆けてきた。
「あんたはさっきの! 悪いな、せんべいは買ってきてないんだ」
「いやいや、そんなのは全然いいんですよお。それよりお祭り会場、大変なことになりましたね」
「あ~……そうね。すごいことになっちまったな」
ガフとシャーリーの視線が痛い。
そんなジト目で見ようが、あそこで俺が体を張らなけりゃあ、今頃は街ごと全壊だったってことを忘れてもらっては困る。
「怪我とかありませんでした?」
と、受付嬢が実に純真な目で俺を見る。
「まあ……運だけはいいんで……」
罪悪感、再びわが胸に去来。
この胸のモヤモヤを無償で受け取る奴は居ないもんか。
彼女から微妙に目線を逸らし、受付嬢の次の言葉に俺は備えた。
街の精細な被害状況を聞きでもしようもんなら胃が痛むこと間違いなし。
いや、まあね? 罪は受けなきゃなんだけどね?
心の準備ってやつがまだ出来てなくてね?
「それは何よりですねえ。って! こうしちゃいられません! あなたたちを呼んでいる方が居るんですよ!」
「げっ」
「おハムさん、とうとう年貢の納め時ですね」
「……それはどういった方なので?」
すると受付嬢はゆるりとした目をカッと見開き、正直ややビビリの入った俺を威嚇するように言う。
「<シンダール王国>冒険者ギルドの本部長ですよ! あなたたち本当、何したんですか!?」
これはマジに首をくくる覚悟をした方がいいかも知れん。
そうとも、地球世界でだってバレやしねえと思ったことが、いつの間にやらパパラッチされているケースなんて無数にあったではないか。
千里眼でも衛星視点でも、魔法パワーで何でもありそうな異世界で『バレるわけねえ』と余裕こいてる方がおかしいってなもんである。
すみません、我が師匠しめじ。
正当防衛とはいえ悪いことはするもんじゃないし、あなたの言いつけを破るのはもっといかんことでした。
「本部長様はうちのギルドの奥でお待ちしていますよ。しっかし、本部とはとんでもなく離れてるっちゅうのに、どうやってすぐに来れたんだかなあ……」
不思議そうに首をかしげる受付嬢。
彼女の丸い背中に俺たちは付いて歩き、案内された扉をぎいと押し開いた。




