#020 とんずら
抜き足差し足で廊下を歩く。
すると突き当りにあの間抜けそうな看守が背中を向けて立っていやがった。
どうやら鍵の数が合っているかの点検をしているらしい。
俺たち以外に囚人は居ないのだから鍵の数が動くわけもないだろうに勤勉な野郎である。
「あいつから鎧を奪おう。それから俺がお前らを外に連れ出す衛兵のフリして脱出だ」
「すごい。あんたきっと天才ね」
「後でもっと褒めてくれ。よし、気絶させるぞ」
「あ、ちょっと待ってくだ、へぶ、へっ、へぶじゅんっっ!」
……おい。
「だ、だだだ誰だっ!? なにっ!? おま、お前たち何故ここに!」
「違うんです!」
「何が違うんだ!?」
しまった、とっさに弁解しちまった!
なんつー名前の脳内物質か忘れちまったが、今、この瞬間の俺の視界はやけにスローだった。アドレナリンだっけ。
看守の男が大口を開き、両手をメガホンのようにして応援を呼ぼうと叫ぼうとしている。
さっきの甲冑集団がやってきたらゲームオーバー間違いなし。
一度脱走をかました連中を軟弱な檻に突っ込むことは無いだろうし、監視も山ほどつくに違いない。
どうする。どうすりゃ阻止できる――……!?
「ふんぬッ!」
「どぅ」
いつの間にやら駆け出したのか、俺が目撃したのはシャーリーの拳が看守の男の腹にめり込んでいる光景だった。
常人ならざる筋力から繰り出される重い拳を貰った男は、息を絞り出すような重たげな呻きをあげ、糸の切れた人形みたいに崩れ落ちた。
指先で突いても呼びかけても、白目を剥いたままピクリともしない。
こりゃ完全にオチてるな。
「ナイスだ、シャーリー! 本当に間一髪だった」
「素晴らしい。あなたを神と崇めましょう……」
「そりゃゴッドジョークか? もうやめとけよ」
「あたし……本当に戦士になっていたのね! そういえば自分の体がやたらに力強くなったような気がするわ!」
そりゃ元からだろう。
腕まくりをし、力こぶを作って見せつけてくるシャーリー。
大したもんだが、俺はそれ以上に彼女の肌色にドギマギした。
「さてと、作業に取り掛かるか」
「ええ。この人間をひん剥きましょう」
「よっしゃ!」
俺たちは手分けをして看守の鎧をせっせと剥ぎ、パンツ一枚になった男をよそ目に俺へと鎧を装着させた。
……のだが、
「――しまった。装備の仕方が分からん!」
「うそでしょ!?」
「悪いが大マジだ」
籠手の時点でまるで不明である。
脱がせる時にしっかり観察しておけば良かったな、しまったぜ。
「鎧を外したんだから付けるのも出来るでしょ!? ちなみにあたしは出来ないわ」
「私もです」
「悲しいが俺もだ」
俺の意識の上ではカーソルを合わせて決定ボタンを押せば瞬時に装着だったのだが、現実はそうはいかんか。
って当たり前だよな。参った、どうする。
「こうなれば仕方ありません。おハムさんの今の服装よりは倍は清潔そうなこの看守の男のシャツに着替え、頭には兜だけを被りましょう」
「どう見たって怪しさマックスなんだが、お前はそれでいけると思うのか?」
ガフが胸を張り、あごをやや上向ける偉そうな口ぶりで言う。
「いけますとも。都会には一人や二人は変態衣装を好む奴が居るものでしょう。世の中には全裸の忍者が最強だったという事例もあるのですから、おかしいことは何一つありません」
「そうだな。お前の頭を基準にすればおかしいものは世に皆無だよな」
「でしょう。……あれ!? ひどくないですか!?」
しかしまあ、鎧を真っ当に装備出来ない以上はそれが最善の手だろうな。
脱走の熱意を煌々と瞳に燃やしたシャーリーの視線を受け止めつつ、シャツとズボンの一般人ルックスの状態にフルフェイスの鉄兜を被り、地上を目指さんと階段に足を掛けた。
俺はここで地味ながらも記憶力の良さを発揮し、<初心者の館>の玄関フロアへと正確な道筋で舞い戻ることに成功した。
相も変わらず人でゴミゴミしているが今は好都合だ。
木を隠すなら森の中と言うしな。
これだけ雑多であればするりと抜けるなんざ容易いね。
「さっきの連中、笑えたよな」
「ああ。水晶玉を割るなんて前代未聞だ。どんな小細工したんだ?」
「爆破魔法でも仕掛けたんだろ。もし本当にとんでもない素質を持っていたせいで水晶玉が割れたんなら、真性のバケモノだぜ」
「どのぐらいの?」
「そりゃあ超魔王ぐらいさ! はあっはっは!」
四方八方から笑い混じりの雑談が聞こえてくる。
賭けてもいいが、連中の話のタネは俺のことだろう。
むかっ腹が立つのは止めようが無かったが、ここで食ってかかったところで利になることは一つも無し。
ここはさっさと横切ろう。
「ダン! 寝ぼけた格好でどこ行きやがるんだ?」
「げっ……」
扉までもう3メートルのところで、知らん奴が目の前に立ちはだかった。
着崩したシャツに赤ら顔。
片手に酒瓶を握っているときたらロクな野郎じゃなさそうだ。
「おハムさん、知り合いですか?」
「いや全く知らん」
耳打ちしてくるガフへと返答。
兜を被っているから、やたらに声が残響する。
「何ひそひそしてんだ? おい、そいつらは牢屋に居るはずの連中だろ? 何だってお前が連れ回してる?」
「……処刑の前に青空を見せてやろうと思ってな」
声に低音をきかせて語る俺。
フルフェイスのメットと相まって、まあそこそこの威厳は出ていると思うがどうか。
「バカなことしてんな。バレたら大目玉だぜ。惚れでもしたか?」
「惚れっ……そんなわけねえだろ」
「ん?」
「何でもない。んん! 故郷の妹を思い出してな。つい構いたくなってしまったんだ。全てはこの俺が責任をもつ。通してくれ」
ひゅう、と酔いどれが口笛をひとつ。
「急に男らしくなったな? 分かったよ。ただし、囚人を逃がすようなヘマだけはするんじゃねえぞ。近いうちにお若い聖騎士さまが処刑に来るんだからな」
「そんなことは勿論しないさ。また後でな」
涼しい声をその場に残し、人ごみを掻きわけて入口へと向かう俺たち一行。
しかし……冒険者にならんとして訪れた親切施設で、まさか牢屋に叩き込まれるようなことになるとは思わなかった。
俺は早めに脳みそから消し去りたいイヤな記憶を振り切るようにして扉を押し開き、青空の下へと軽やかに一歩を踏み出した。




