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素晴らしきルヴェリアへようこそ!  作者: 晴間雨一
『うまい話にはウラがある』後編
18/32

#018 そして牢獄(でんせつ)へ


「わざとじゃないんです」


 早口で俺は言った。

 

 この時の俺の脳裏に存在したのはどんな危機感よりも『弁償』の二文字である。

 何せ俺の所持品ときたら、ポケットの中の砕けたクッキーと羊の毛と二枚の金バッジぐらいのもんでいて、金なんぞは一銭も無い。


 かと言ってバッジを換金するなどは言語道断……しかし背に腹は……いや駄目だ。

 そうだ! この本を売っちまえばいいんじゃないか!?

 

 だが何故かしめじの静かなる怒気が思い浮かび、意欲が失せる。

 どうすりゃいいんだ。とりあえず弁明か。

 

「水晶球の仕組みなんてまるで分からなかったですし、過去の因縁でギルドを逆恨みをしていた俺がこいつを壊して迷惑かけようとか思ったわけじゃないです。そもそもここへ来たのは初めてですし、こんな建物があることも知らなかったですし、本当わざとじゃないんです。あの、聞いてます? お立ちになってどこへ行くんでしょうか?」

「――少々お待ちください」


 受付嬢は感情というパラメータの一切を失った静かな面になり、すっくと席を立つとバックヤードへとこれまた無音の足取りで消えた。

 これがカジノなら黒服でも出てくるんだろうなと思うシチュエーションである。


 どうなる、俺。

 明日を迎えられるのか、俺。

 

「……おハムさん。あなた何をしたんですか」


 ぽかんと口を開けたガフが眉根を潜めて俺を見る。

 ああなると知っていたら触らなかったさ。


「すまんがさっぱり分からん。この中で一番当惑してるのは俺だろうよ。ところで逃げるんなら今のうちのように思う……の……だが……」


 入出口の前には道を塞ぐようにしてズラリと黒服たちが……ではなく、甲冑に身を包んだ物々しい連中が横一列に並んでいた。

 サッカーのフリーキックじゃあるまいし、そんなにピリピリせんでもいいんじゃないかと思うのだが、壁に徹した彼らにどうやら冗談は通じそうにはない。


 特に顔面に刀傷の走った女。

 視線で人を殺した過去があります、と言われたら信じてしまうな。

 

 ついでに言うなれば全員が腰に剣を帯びている。

 ここで玩具を取り出すわけはなし、間違いなくモノホンだ。

 

「お待たせしました」


 受付嬢に伴われて現われたのは小柄な老人だった。

 っつーか小人と言ってもいい。

 

 耳は横に長く、しわだらけの顏はくしゃくしゃだ。

 例えるのならば某銀河戦争の緑のジェダイマスター。我ながら的確だ。

 

「こちらの冒険者ギルド支部の支部長です」


 頭を下げるべきか数秒迷い、今後世話になるかもと思い一応ぺこりと会釈。

 爺様は無反応。

 

 のれんみたいに長い眉毛に隠されたまぶたはピクリともしない。

 まさか寝ちゃいないだろうな。

 

「……お主か」


 深い声がしみじみと言う。

 

「なるほど、ただならぬ気配を持っておるわ」

「いえ別にそんなに特別な背景は無いのですが」

「……なるほど、ただならぬ気配を持っておるわ」


 二回言う。

 正しい選択肢を選ぶまで会話が進まない奴か?

 ええい、しち面倒な。やっぱりゲームなんじゃねえのかこれ。

 つーか会話の正解ってなんだ。

 

 とりあえずと俺、無言。

 すると会話が進む。

 

「超魔王は<明星の鳥>に滅されたはずだが……お主からは奴の匂いがしおるなあ。まさかヤツの遺産――<魔王具>を?」


 条件反射さながらに右手に握った本へと視線を向ける俺。

 まずい。悪い予感しかしない。

 

「まあ良い。幸い、まだ覚醒は果たしておらぬようだ。やがて強大になるであろう大悪の芽は早々に摘むが最善。おぬしが第二の超魔王となる前に消さねばならぬ」


 爺様の目配せひとつで背後の騎士連中がしゃなりと剣を抜く。

 冗談だよな?

 しかし冷たい鉄鎧はどう見たってジョークの雰囲気じゃないし、ロウソクの灯りに煌めく剣の輝きはどこまでも本物だ。

 

 ……俺の異世界生活がこんなオチ?

 勘弁してくれ。まだ何もしてないぜ。

 

「だが……口惜しい。あまりにも口惜しいことだ。<魔王具>所有者の始末は聖騎士にしか出来ぬこと。……悪魔よ。お主には処刑の日まで牢に入っていてもらうとしよう。騎士らよ、こやつらを引っ立てい!」

「はっ!」


 甲冑連中がガシャガシャと駆け走り、わらわらと手を伸ばす。

 ある者はシャーリーを、ある者ガフ、そして俺を拘束した。


 手錠を掛けられはしなかったが、力尽くでどうにかなると思ってるんだろうか。

 呪文ひとつ知らん俺に出来ることはひとつも無いのは確かなんだが、あんまりに下に見られると少しばかりイラッとする。

 つーか二人に触るな。こっちのがよっぽどイライラ案件だぞ。


「ちょっと! どこ触ってんのよ!?」

「ぬっ……この女、なんて力だ……!」


 騎士が五人がかりでシャーリーを抑え込んでいる。それでも完全に抑えつけられないあたり、彼女の怪力ぶりは凄まじいものだな。


「ぬっぐぐぐぐ……! な、め、んじゃ、ないわよお……!」


 健闘ぶりには目を見張るがしかし、ここで事を荒立ててはどうにもいかん気がしてならない。ここは大人しく従おう。

 ……業腹だが。


「シャーリー。すまん。本当すまん。ここは従っておこう。問題があるのは俺だけだ。お前とガフは逃がして貰えるだろうからちょっと我慢してくれ」

「あんたはどうなんのよ?」

「……分からん」

「死ぬようなことがあるんだったら、絶対許さないからね」


 そうして俺たちはお縄につき、腰にロープを巻いて一蓮托生。

 前後を武装騎士に挟まれたままにぞろぞろと地下へと連行された。

 

 待ち受けていたのは石の壁に冷たい格子に黒くてゴツい錠前。

 どっからどう見たって牢屋以外の何者でもなかった。

 

 ……俺は冒険者になろうとしてたんだが、なんだってこんな目に……。

 

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