#017 なんだってこうなる!?
受付の白い手に誘われるままに別カウンターへ。
彼女は分厚いバインダーを取り出し、冒険者なる仕事の歴史と信念の諸々をグロスを塗った唇で語りはじめた。
それがまあ随分と長々としたものだったので大部分(規約とかな)を端折ることを許してほしい。
内容の全てをスキップしちまうのは受付嬢に悪い気がするので、俺の興味を惹いた部分ぐらいは残しておこう。
「――……冒険者の等級は青銅・銅・銀・金・白金の五段階に分類されます。最初期は誰もが青銅から始まり、功績と世間の評判などを精査した上で等級が上がっていく仕組みです」
「なるほどねー」
とシャーリー。尻尾が揺れているのは『嬉しい』のサインかな?
「――冒険者ギルドは世界十三国に広くあり、一定の規模以上の街には必ずギルドが置かれておりますので冒険者証明書を提示していただければ、全ての支部で支援を受けられます」
「随分と便利なんですね。おいガフ、居眠りこいてないで起きろ。失礼だろ」
「……んがっ!? ん……瞑想してただけです……」
「それが真実だとして何故に今ここで……」
「ゴホン。続きをお話しても?」
受付嬢の冷たい目線。
すいません、と頭を下げる。何故俺が……。
「さて、この<フータの街>は冒険者の聖地と言われています。それはこの街の冒険者ギルド支部から多くの英傑・有力冒険者が輩出されたからなのです。言うなれば伝説の始まりの地。〝竜王騎士〟や〝北天王〟、〝星掴み〟に〝白い魔女〟。昨今では超魔王の討滅を果たしたことで勇名を轟かせる<明星の鳥>のメンバーのひとり、〝炎拳〟様もこの街から世へと出たお方です」
<明星の鳥>、ね。
メンバーであると自称した魔法使い、しめじは俺たちを迎えに来るとは言っていたが、まさか世界の裏側みたいな遠方に飛ばされているとは思っていなかっただろうな。
こけしみたいな無表情顏がやたらに似合う彼女との再会がいつになるのかは分からんが、いずれ来るその日までこの物騒な魔法の本――〝万魔の書〟を手放してはいかんな。
どこかに落っことしでもしたら、それこそ殺されそうだ。
それから受付嬢は規約が記された紙をふたたび取り出し、白手袋をはめた細い指先で長々と語り、
「以上が冒険者という職業についてのご説明です。ご理解いただけましたか?」
「ええ。ご丁寧にありがとうございました」
自分に大いに関係がありそうなこと以外はほとんど右から左だったことは内緒だ。
「では次は冒険者適性の診断に移らせていただきます」
「適性?」
「はい。冒険者として登録をしていただくに当たり、それぞれの能力・素質に相応しい職業……<クラス>を取得していただきます」
「それは魔法使いとか剣士とかっていう……?」
「まさしく。冒険石に個人情報は記録され、同時にギルドを利用する証明書となります。それぞれのクラスは働きと功績に応じて昇級……階位の上昇が発生する場合がありますので、冒険者生活の楽しみのひとつとして思っていただければ、と」
ドンピシャだ。
先にも言ったことだが、マジにファンタジーである。
まさかどこぞのロールプレイングの世界に入り込んだわけじゃないよな?
次に受付嬢は机の下よりバレーボール大の水晶玉を取り出し、机の上に慎重に置く。
なんだか透視やら未来視でも出来そうな雰囲気だ。
話の流れで考えれば、こいつを利用して<クラス>の診断をするんだろうか。
両手をそっと添えればいいのか? 科学実験でよく見る紫色の雷がばちばち出そうだが。
「これに手をくっつければいいのね?」
夢見る瞳に熱を灯すシャーリー様は相当に興味津々なご様子だ。
机に身を乗り出し、生まれたての子猫のような向けられた者が保護したくてたまらなくなる謎のエネルギーを含んだ視線を受付嬢へ送っている。
「え、ええ。その通りです。両手の平を押し付け、数秒じっとしていれば水晶球があなたの適性クラスを判別します」
「よおし、やるわよ!」
腕まくりをしてムンと気合いをひとつ。
何とも愛らしい。
今の俺は愛娘が人生のワンステップを上がる場面に立ち合った父のような気持ちである。
手元にカメラが無いのが悔やまれる。
ガフが不審者を見るような目と困り眉を向けて来るが無視だ、無視。
シャーリーの桃色尻尾がぶんぶん揺れる。
可愛い声でムムムと唸り、それから数秒。
水晶球の中に炎が現われた。
小粒の火球は油でも注がれたようにグングンと肥大化し、あれよこれよのあいだに水晶が割れんばかりの炎が燃え盛った。
「炎、と。あなたは勇敢な女性なのですね。相応しい職業は戦士。武器を手に持ち、仲間を守るために前線へ切り込む、皆の心の支えです」
「かっちょいいわね! 勇者っぽいわ!」
戦士と勇者は違うと思うが。
「勇者ですか。ふふ、その第一歩であることに変わりはありませんね。頑張ってください」
無邪気な妹を見るような優しげな笑みで受付嬢が笑い、次の方、とお呼びを掛ける。
さて俺の番……かと思ったのだが、俺の脇をするりと抜ける女が居やがった。
「はいはいはいはああい! 私です!」
「うるせえ~。さっきまで怨霊だったお前がなんだってヤル気を出すんだ」
モチベーションの順で言えば次は俺が妥当だろう。
しかし女神候補はそんな人間風情を鼻で一蹴する。いつかマジに張ってやるからな。
「ふん! 私、こうして他者に素質を視てもらうもらうのは初めてのことでして。少々高揚しています!」
「そうかよ」
「ああ一体私にどのような才能が眠っているのか気になって仕方がありません。さて、では参ります」
つらつらくっちゃべって両手を水晶球にあてがうガフ。
どうしようもない職業素質でも出ないもんかと後ろで睨みを効かせる俺。
そいつが効果があったのかどうなのか。
ガフの結果は笑えるもんだった。
「出ました。……<遊び人>です」
「えっ」
空気が死んだ。
「ええと……あまり冒険のお役には立ちませんが、その、一行の賑やかしにはよろしいのではないのかと……そう悲観なさらず! クラスとして認定されている以上は必ず能力を発揮するところがありまして。具体例はといえば、すみません私にはとっさに出ませんが。ええと。ん~~~……あっ! カジノとか!」
受付嬢のフォローは傍から見ても必死かつ取り繕いがバレバレのものだった。
よりにもよってカジノで強いって。
そりゃ冒険者ではなくギャンブラーだろう。……当て字としては良さそうだが。
この結果にガフがどんな面をしているのか見たかったが、白い背中から感じる負のオーラは可視化できそうに凄まじいものだったので、俺は慈悲の心をもって見ないでおくことにした。
シャーリーに慰めてもらうといいぜ。
「では、次は貴方ですね」
「ようし。さてさて、どうなるかな」
腕まくりをしつつ、俺はふと自分の背景について考えた。
職業は……ついさっきまで農民(見習い)だった。
出自は異世界人。こりゃ特殊な背景で格好いいよな。
冒険者に必須っぽい戦闘技能の心得なんてもんはまるで無いのだが、現職の魔法使いのしめじ氏いわく、魔力だけはどうやら人並み外れて多いようで。
獲得した原因は知らずのうちに食い続けていた毒物によって臨死を繰り返し経験したっつー、どこのサイヤ人かと思うような蘇りパワーアップ理論だったが、結果は生きてたので良しとする。
しかし、だ。
いくらマジックポイントの数値がカンストしていようが天井を突破していようが、呪文のひとつも知らない身であればはっきり言って宝の持ち腐れであることは疑いない。
強力極まると噂の<万魔の書>を好きに扱えればいいのだが、しめじは「使い方次第ではあなた自身が魔王になる」と言っており、不用意に開くわけにはいかない。
それに怪物を召喚しちまっても始末できそうにないしな。
――頼む! 俺にマットーな魔法使い的な素質を授けてくれ!
それなら俺の無駄にあり余る魔力を役立てることが出来るんだ!
「では……!」
期待を胸に秘め、せめてガフよりは悲惨な結果にならんでくれよと願いを込めてガラスボールに触れる。
ばちりばちりと稲妻が走り、この紫電は一体何を現すのだろうかなあと思い浮かべた次の瞬間。
水晶玉が轟音とともに破裂した。
「……俺が……」
水晶片は微細な輝きに代わり、パウダースノー染みた光となって振り落ち、呆然自失な俺の心中を現すようにきらきらと場を満たす。
「俺が何をしたと……」
俺も、シャーリーとガフも、それから受付嬢と周囲のギャラリーまで――フロアの空気が完全に停止した。