#016 <初心者の館>
「で。それが何故この『初心者の館』へ足を運ぶことになったのでしょうか」
ガフが物言いたげな目……というか既に口から疑問はこぼれているのだが、そんなニュアンスを含めた気配を向けてくる。
ふ、ならば説明しよう。
書店での情報収集の結果、この<フータの街>からは過去に多くの有名冒険者が輩出されたようで。
現在のルヴェリア世界において広く人気を博している、若者が就きたい職業ナンバーワンであるところの<冒険者>。
かつての成功者に俺もなってやるぜ、と旗に掲げた有象無象のアウトロー志願者どもが大成の願掛けとして訪れることが多いのだという。
分母が大きくなればイマイチな奴は出てくるもので、予備知識も無いままにやってくる連中は少なくないらしい。
そういった無知なる新人のスタートダッシュ支援……もとい救うべく<初心者の館>は存在する。
参考にしたのは『道に詰まったら冒険者で荒稼ぎ』なる本である。
すげえな異世界。
福利厚生も怪しい職業にまっしぐらとは恐れ入る。
なんて、そう思う俺も内心はドキドキワクワクしてるんだが。
「――そりゃ金を稼ぐ為だ。元居た大陸に戻るためには船に乗らなきゃいかんし、その前に陸路を延々歩かなきゃってのは地図を見て分かったことだろ?」
「それはまあ。でも冒険者にまでなる必要はあるんですか? 仕事は色々ありますよ。パン屋さんの売り場担当にご飯屋のホールに菓子屋の店員……」
「金が入ったら飯を食わせてやるから今は神仏らしく霞でも吸ってろ」
「ギクウ……どうして私が空腹だとお分かりに……!?」
糸目の女神の言葉はごもっともだと言えた。
当面の俺たちの目的は、大陸を東から西へと文字通りに横断し、船を乗って大海原を渡ること。
地図で見た限りでは、ユーラシア大陸を横断するような長旅になりそうな具合だった。となれば、行く先々で日銭を稼ぎつつ目的地へと前進するのが望ましい。
あちこちに赴きながらに稼げるでここは異世界、となれば<冒険者>が鉄板職業だ。
が、しかし。
ガフの言う通り、冒険者として稼ぐ以外の方法はいくらだってあるもんだ。
例えばヒッチハイクさながらに馬車から馬車へと下働きとして同行させてもらえばその内に元居た大陸行きの船が出る港へ着くだろうし、賃金をもらえればそのまま船だって乗れる。
だがしかし、だ。
「実のところ、俺は冒険者に大いに興味がある」
「あちゃあ……。こじらせてますね……」
「なんて物言いをしやがる」
とは言ったものの、冒険者なる仕事の内訳は具体的にはとんとわからん。
これまで触れたゲームを頭ん中で参照する限りでは、ゲテモノから愛らしいまでの様々なモンスターの討伐に、どこぞの誰かからのお使いやら不気味な遺跡の探索といった、いわゆる<便利屋>が浮かぶが……ま、だいたい似たようなもんだろう。
俗に言う主人公補正なるものが俺の属性として付随しているのであれば、街を襲う竜から人を守ったりとそういったヒロイックなイベントにもいつか巡り合えるかも知れんし、正直冒険者という字面には胸が躍るね。
問題はそんなステータスが俺にあるのかどうかだが。
「あたしもよ!」
シャーリーが目を輝かせて声高に言う。
「前々から冒険者になって人の役に立ちたかったのよね! いつか村を出てやるって思っていたから丁度良かったわ!」
「……とのことだ。うちの紅一点がこう言っている以上、俺は彼女の願いを現実に変えるだけのこと。行くぞ、ガフ」
「あの! 私も女の子なんですけど!? 行かないで! よく見て、紅二点ですよ!」
シャツの裾を両手で引っ掴み、またもぎゃんぎゃん騒ぐ女神様。
俺は振り返らずに大仰な扉に手を掛け、館の中へと足を踏み入れた。
入口から大仰な深紅のカーペットが敷かれており、広いホールの壁際には騎士甲冑がずらりと並んでいる。
天井近くの壁には偉そうな連中の肖像画が立てかけられている。なんだか音楽室の壁みたいだ。
「わあ! すごいわね!」
「これはまた。いかにもそれっぽいな」
さすがは駆け出し冒険者の聖地。
相当の人出である。うぞうぞと人がひしめく様は出勤ラッシュの駅構内にも似ていて、誰も彼もが「冒険者としてヤル気満々っス」的な装いに身を包んでいる。
革鎧やら鉄の胸当てに魔法使いのローブ。
ついでに剣士の腰には鞘が吊られていて当然剣が収まっている。
こいつら、めちゃくちゃファンタジーだ。
脳裏に銃刀法違反の文字が浮かび上がるのは現代日本生活が長かった影響だろうな。
「ところで……あたしたち、なんだか浮いてる気がするわね」
「やめろ、そこは考えちゃいけない」
俺は泥だらけの作業着だった上に、合流直後にさんざっぱら泣きじゃくってくれたガフの顏から分泌された諸々の体液で汚れが極まっていた。
その女神はと言えば相変わらず顏は赤らんでおり、流れ出る鼻をかんだのか上等そうなワンピースの裾が汚れている。
おいおい、ティッシュぐらい……って持ち合わせがなかったな。
唯一まともなのはシャーリーぐらいのもんだが、彼女だって彩度の低い、いわゆる村娘的な布製ドレスを着ているものだから、「冒険者になりにきました!」というよりは「焼いたパンを売りにきました」とでも言った方が似合う見てくれである。
こりゃどー見たって、冒険者で一旗揚げようって大志を抱いている若者の装いじゃない。
「あいつら場所を間違えてるんじゃないのか?」
「ここは市場じゃないってのにな……ふふ……」
「よお! 迷子で来たのか? 貧民街はこっちじゃねえぞ!」
あちこちからクスクス笑いやら野次が聞こえてきてどうにも居心地が悪い。
シャーリーはまるで気にしていないらしく、館の内装を輝く瞳で楽しんでいるようで何よりだが。
一方で俺はちっとはメンタルにダメージを負っていた。
が、今は一人じゃないのだから大したことじゃない。愚痴ればストレス解消さ。
そこをガフはと言えば……、
「おのれら~~~……人間の分際で私を見下すなんて、命が惜しくないと見えますねえ~~~っ!」
以上のことを言いやがる。
ただし小声で。
「俺の背中に隠れてボソボソ言うんじゃない。神様らしく胸張って『文句あんならあたしに言いな!』ぐらいかましてやれよ」
「無理に決まってるじゃないですか!? 怖すぎます。殴られたらどうするんですか。私はあなたの背中に隠れて不平不満を呟くのみです」
「てめー」
根性あるのか無いのかどっちなんだ。太い野郎には間違いないのだが。
俺は怨霊のごとくに耳元で繰り返される恨み節やら挑発を聞きつつ、受付カウンターの行列に並び、衆目に晒されること十分強。
「初心者の館へようこそ。こちらでは冒険者を志す皆様のご支援をさせていただいております。本日はどのようなご用向きでしょう?」
ようやくだ。
「冒険者になろうと思うんですが、まずどうしたらいいのかさっぱりでして。その辺を教えていただけたらなあと伺いました」
「かしこまりました。それでは別窓口にてご説明をさせていただきます」
柔和な顔をした受付の女は終止ニコニコ笑顔を浮かべて言った。
量産型のスマイルであることは間違いないのだが、万人受けする笑顔というのは見ていて気持ちがいいね。それが美人なら尚更ってもんさ。