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素晴らしきルヴェリアへようこそ!  作者: 晴間雨一
『うまい話にはウラがある』前編
14/32

#014 さよなら平穏

  

 ウーデルライトと出来損ないのミートボールの戦いはあっという間に終わった。

 まさにものの数分。二分ぐらいか? 正直あっけない。

 

 漫画のようにみじん切りにされた怪物は空中でぶるぶる震え、耳をつんざく雄叫びをあげたかと思うと爆散し、あまり口に言いたくないものを撒き散らしてどうやら死んだ。

 

 聞けば俺が呼び出した<アトモス>なる肉玉もどきは個対個の戦いにはまるで向いていない、俗に言うマップ兵器的な召喚獣だったらしい。

 

 刀にこびりついた黒々とした液体を拭いつつ、ウーデルライトは「サンドバッグを斬っているみたいだったが、面白かったから良しとする」とぼやいていたのが印象深い。

 

「坊主の魔力量は規格外だな。技能や扱いはこれから仕込めばいいとは思うが、このまま<万魔の書>を使うだけでも十分だとオレは見るね」

「私もウルの意見に同意。しかし……」


 ざんばらの灰色髪の下にくっついた黒い瞳が俺をじっと見る。

 鼻と鼻がくっつきそうな至近距離。


 すーすーと聞こえる音はしめじの息か? こいつも呼吸をするんだな。

 ああ、くそ、動揺がバレそうだ。

 

「彼の魔力量は私のそれを抜き、超魔王に匹敵している。理由がわからない。何故?」

「何故、と聞かれましても……俺にはわからない……ですよ」

「魔力の総量は生まれ持って固有のもの。死の縁から戻りでもしない限りは決して変動しない。けど、あなたは生きている。黄泉がえりの様子も無い。何故?」


 それきりしめじは考え込んでしまった。ウルもウルで一仕事を終えた実に良い顏をして一服にふけっており、日曜日の午後に寝ころんじまったオッサンのようにテコでも動きそうにない。

 

 俺は俺で希望が入っていない不良品仕様のパンドラの箱染みてきた<賢い本>を呆然と見つめていたのだが、そんな背中を物悲しいと思ったのか心配になったのか。

 誰かの指がちょいちょいと突いた。

 

「ご飯食べよ?」


 どこの天使かと思った。

 小首をかしげてはにかみ笑顔を浮かべ、シャーリーがバスケットを差し出していた。


「そうだな、腹が空いてちゃ頭も回らんしな。飯でも食うか!」

「そうそう。ご飯は元気の源だかんね」


 言うやに手慣れた手つきでぱっぱとシートを広げ、バスケットを中央に据える桃色娘。鼻歌まじりにバスケットから取り出したのは、青色の液体のしたたり落ちる未鑑定名:サンドイッチである。

 

 しめじも、ウルも、全員の顏がぴしりと固まった。


 何と無礼な奴らだろうか。

 今日の料理の見てくれはここ数日で最も強烈だが、腹に入れてしまえば何の問題もない。


 むしろ喉元を通り過ぎる溶岩染みた痛みというか熱さがクセになる。


「じゃあいただきます」

「待って」


 俺の手からサンドイッチをひったくるしめじ。これの魅力に気づくとは、彼女の審美眼は中々の物らしい。

 

「先に食べたいのならどうぞ。俺は別のを……」

「そうではない。これは……致死性の毒物」


 聞き捨てならないことを言う。

 

「シャーリーの手作り料理ですよ? それを毒物だなんて……」

「本当のこと。どういった調理過程か不明。しかしこのサンドイッチに含まれる毒は人を五回は殺し得る」

「あ、あたしの料理がそんなことに……!?」

「あなた。彼女の料理をこれまで何度口にしたの」


 何回だったかな。俺は今まで食べてきたパンの数を覚えるような頭の造りはしていないが、そうだな、この二週間は毎食いただいてたぜ。

 

「……率直に言う。あなたが異常な魔力量を獲得した理由は臨死体験を繰り返したから。あなたは彼女の食事を口にする度に死にかけ、蘇生し、また死にかけた。その繰り返しで何度も臨死を繰り返し、現状に到ったと推察する。まず間違いないはず」

「すげえニオイだな。どうやったらジャガイモの中から発破音が聞こえるような料理になるんだ?」

「あなたはこれ以上彼女の料理を食べてはいけない。生存する保証がない」

「でもこれまでは無事だったんですよ!?」

「それは結果論。これからの保証はない」


 俺のとんでもないという話の魔力スペックは劇物じみた手料理を食ったことによる臨死が原因だと?


 なんて笑える話だ。いや、笑えないな。シャーリーの落ち込む顏を見てみろ。どうやってフォローする。考えろ俺。

 

「あわわ……あたしのせいでハムが死んでたなんて……」

「実を言うとだな、シャーリー。俺は」


 出会った時には既に一度死んでいたから、また死のうとも一回も二回もそう変わらん。今更そんなに気にすることでもない。

 

 なんて言えるわけねえ!

 続く言葉を飲み込んでしまい、場には微妙な沈黙が漂い始めていた。


 哀れ、心なしか肩をきゅっと丸めたシャーリーの目元には小さな水滴がついていて、目にした途端に俺の言い訳諸々は感情の津波に飲み込まれて消え失せた。

 

「『俺は』、なに?」

「好きなんだ」

「えっ!? ちょっと、あんた何を言い出す――、」

「おっと勘違いはよしてくれよな!」

「いや無理ですよ、おハムさん。言葉のチョイスが致命的に悪いです」


 片手で制す俺の後ろ姿に突き刺さる女神の糸目と誰も喜ばないレビュー。

 素人は黙っとれ。

 

「シャーリー。俺はお前の飯が何よりも好きなんだ。仕事終わりの食事は目下のところ、俺の最大の楽しみであることは疑いない」

「ハム……!」

「料理を支度するお前のエプロン姿と、感想を訊いてくる天使の笑顔に油断しっ放しの襟首から覗く鎖骨まわりは俺の幸せといってもいい」

「あんたどこ見てたのよ!?」

「だから俺はシャーリー、お前の食事をこれからも食べ続ける。一口ごとに天からのお迎えが来ようがそんなもんは知らん」

「男気があるんだか変態性だだ漏れなんだかわからないし、喜ぶか微妙だけど、ありがとね」


 再び笑顔を咲かせるシャーリー。

 気を取り直し、シートの上に俺たちは大家族のようにぐるりと円陣を組むとバスケットを囲み、それぞれがそれぞれの言葉で食事を辞退するのを横目に俺は青々とした煙を吐きつつあるサンドイッチを口に含み、


 

 あり得ないもんを見た。


 

「? どうしたんですか。やっぱり止めとくんですか。それがいいですよ、胃袋の中で発煙しても遅いですからね」

「ガフ、お前頭大丈夫なのか?」


 んな! と糸目を多分だが怒った風に曲げてガフが声高に言う。

 そりゃ俺の言葉のチョイスも悪かったのは認めるが、こんな事態に直面をして選んでいるような冷静さははっきり言って皆無である。


「なんて失礼なことを言うんですか! はああ~~~、やれやれ。女神である私と木っ端な人間であるあなたとのあいだに広がる大きな隔たりを一度意識させなければならないようですね。その澄ました顔して変態的な考えで満ちている脳みそに、常識が収まるようなスペースが残されているかは疑問ですが、わた」


 言葉が途中で切れてしまった。


 しかしまあ、何と言うか。無理もない。

 なんてったってガフの頭が文字通りに消え失せてしまっているからな。

 口が無ければ喋れもしないのは道理ってもんだ。

 

 この世ならざる光景に俺は呆然としていた。手にしたお手製弁当がシートの上に落ちるのにも気付かない。


 今日は驚くことばかりだな。

 そろそろ度胆を抜かれるだけの胆が残っていないような気がするんだがその辺どうなんだ?

 

「おいおいおい、こりゃ何だ」


 ウーデルライトがそそくさと立ち上がり、辺りに警戒の目を走らせる。

 何も無いし誰も居ない。

 

 当のガフはといえば、頭は無いというのに両手を振り回していて、ろくでもなさそうな熱弁を振るっているらしかった。

 こちらには聞こえていないことに気付いていないんだろうな。

 やっぱりあの細い目は見えていないんじゃないか?

 

「……これは転送魔法。術者は不明」

「どこへ飛ばされてるのか分かります?」

「不明。私はこの魔法へ割り込むことが出来ない」

「何だか解らないということが解りました」

「そう」


 しめじとくっちゃべっている間にガフの体は鎖骨の辺りまで消えていた。

 このまま見ていたらその内全部が消えるんだろうな、とは思っていたのだが、よくよく見ればこの転送魔法には奇妙な仕様があった。

 

 それは転送の際には衣服だけが先んじて消え、それにやや遅れる形で対象の姿が消えていく赤っ恥な仕様である。

 

 つまり何が言いたいかと言やあ、このとんでも魔法を仕掛けている人物は掛け値なしの変態野郎だということだ。

 

 転送魔法を受けたガフは頭の先から消えたものだから、当然ワンピースの肩口から透けていく。


 鎖骨から脇まで消え、とうとう無いように見えて実はそこそこ実りのある胸へと差し掛かると刺激の強すぎる部位が露わになった。

 俺は顔を背けていたから詳細は知らん。

 

 そろそろいいかと顏を戻した時には丁度ガフの腰の辺りが消える場面でいて、お陰で俺は女神が薄い顏に似合わない真っ赤な紐パンを履いているのだという、一部マニアには大いに受けそうな知識を得ちまった次第である。

 

「あれ……ちょっとおかしくないか」

「おかしいって何が? ガフさんの過激なパンツ? 意外と似合ってたよね」


 シャーリーがあどけない顏で下着について言及する。

 やめろ、俺のイメージの中のお前はそんなんではない。

 

「服は消えるってのに、何だって下着は残ってたんだ?」

「肌着以外が先に消えるんじゃねえのか? 何だって構わねえだろ。しかし坊主、お前、意外とスケベだな。若いね」

「いやいや、そんなことは……ハッ!」


 こいつ、まさか胸部装甲を装備しないタイプだったのか?

 なんてこった。要らん情報その二である。

 

 そうこうしている内にガフが消え失せ、お次は俺の番だった。

 俺の場合はつま先から消えていく仕様らしく、気付いた時にはブーツの先っぽは消えてなまっ白いつま先が見えていた。

 

「おいおいおい、待て待て待て。どうなってるんだ。退場か? もう終わり?」


 行方も気になるが、それ以上に俺自身があられもない姿になろうとしているのが気掛かりで仕方がない。

 全員回れ右をして俺がいいぞと言うまで彼方を見ていてくれ。

 

「強力な転送魔法があなたを覆っている」


 しめじはガフの時と似たようなコメントを口にするが、対応は大いに違うものだった。

 彼女は迷いもなく俺へと手を差し出したが、触れる寸前にバチリと静電気じみた音を立てて白い指が弾かれてしまった。


 何度繰り返しても結果は同じ。

 彼女の指先が俺に触れることは決して出来なかった。

 

 やや焦げ付いたような黒色がついてしまった指先をちらりとしめじが見ると、すぐさまに俺へと視線を戻し、

 

「やはり私では干渉が不可能。私よりも上位の人間が仕掛けていることは疑いない。つまり第七階位の力が働いている」

「ええと、第七ってのはとんでもない力の持ち主ってことで合ってましたっけ」

「そう。最上位の実力者。神にも等しい」


 なるほどね。

 なんて言ってる場合じゃねえ!

 

 どうやら俺が助からんことは分かったが、これから先、俺は一体どうなっちまうんだ。


 不安で仕方がない。誰かこれからのあらすじを最悪、創作でも構わんから諸々を教えてくれ。

 

「私には想定出来ない場所へとあなたは転送される。けど、心配はしなくていい。私は必ずあなたを見つけるから」


 しめじが懲りずに手を伸ばす。

 やめろと言いたかったが既に遅く、彼女の手の平は俺の目の前にあるらしい見えない膜に触れ、やたらに熱いのか嫌な感じに赤らんでいく。

 

「手が正視に耐えがたい感じになっているのですが……やめた方がいいのでは」

「あなたの名前を教えて。必ず見つける」

「……ハムです」


 彼女は目を見開いたまま、気のせいじゃなければ惜しむようにして眉を少しだけひそめ、ゆったりと首を振った。

 

「それではない。あなたの本当の名前を教えて」


 どこまでも真っ直ぐで真摯な願いだった。


 俺は表情パターンの極めて少ない顏へと向け、半ば自分にささやくようなひっそりとした声で、親より授かったあまり嬉しくない本名をしめじの耳へと静かに告げた。

 

「良い名前」

「そうですかい。……ありがとよ」


 こういう時にどういう顏をしていいか分からなければ、こそばゆさを隠しての返事も分からないのが俺である。


 どうにか言葉を絞り出した俺だが、この体は虫食いだらけの葉っぱみたいにあちこち消えていて、このまま現世からアディオスしちまうんじゃないかと疑わしい。

 丸きり消えちまった右手だが、何やら感覚だけはあるからまだくっついちゃいるんだろうが……。

 

 と、何やら手触りがある。

 指!? 指だなこれ!? 誰が握っているんだ。誰だ!? 怖い!

 

「ウル、お願い」

「あいよ」


 暇そうにふかしていたタバコを手の平で消し、燕尾服の似合うダンディが刀をちょいと掴むと居合を抜いた。

 気付いた時には鍔がチンと小気味よい音を立てていた。

 

 何が起こったんだか目下不明ではあったが、ウーデルライトとしめじの二人の阿吽の呼吸とその目的は達成していたらしく、しめじの指先は不可視の膜をすり抜け、俺に唯一残された左手に触れた。

 今度は彼女の冷たい体温がよく分かるぜ。

 

 しめじは一度だけ俺の手の平を指でなぞり、それからコインのような物を二つ置いた。

 

「バッジ?」

「これは<明星の鳥>の仲間の証。離さず持っていて。これがあなたと私を繋ぐ」


 鳥の絵柄の刻まれた、五百円玉サイズの二枚の金バッジ。

 物珍しさにもう二、三秒は眺めていたかったのだが、こいつも他の部位と同じに透明になって消えちまった。

 

 残された部分はとうとう首だけになり、この姿のままで現代日本の路上を走り回ったら都市伝説として向こう百年は残りそうだな。

 

「時間がない。これだけは忘れないで。超魔王の遺産である<魔王具>には人の心を奪う性質がある。あなたの持つ<万魔の書>はとりわけて強力。不用意には決して使わないで。最悪の場合、あなた自身が超魔王となる。きわめて危険」

 

 返答を考えているあいだに唇が消えちまった。

 こうなってはもう何もしゃべれん。

 

「そして、私の名前はしめじではない」


 無表情マジシャンが今この時にようやくプロフィールを明かそうとする。

 

「あなたにだけは教えておく。私の名前はエリ、」


 喉から手が出るぐらいに聞きたかった言葉は最後まで聞けず、本当に据わりの悪い感じに途切れてしまった。

 

 

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