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素晴らしきルヴェリアへようこそ!  作者: 晴間雨一
『うまい話にはウラがある』前編
13/32

#013 魔王の獣


 場の空気は冷凍庫の奥底よりも冷え切っていた。


 誰も言葉を発さす、沈黙が横たわる中で治療術士の女の遺体が暖炉に半身を突っ込んでいるという絵はあまりにもシュールすぎる。高等な笑いだな。

 

 いたたまれなくなったのか、シャーリーは「お茶淹れてくるね~」と言ってキッチンへと消えた。

 適当な見送りの言葉をかけた後、ウーデルライトが三本目のタバコに火を点ける。

 

「……ちょっと待て。なあ、女神さんよ。厄介揃いの<魔王具>の中でもずば抜けてヤバいその三つが何だってまた地上に出てきたんだ? 剣に鎧に魔導書。この三つはお前ら天界連中が『うちで預かります』だの何だのと言って、わざわざ現界までして空の上まで持ち帰ったはずだよな」

「え、ええとですね。それはですね……」

「理由を教えて。私たちは災厄の芽を摘むために行動してきた。なのに、何故?」


 ウルは初老の男だが、上目に睨んでくる眼光は正直逃げ出したくなるぐらいに鋭い。狼か何かの血でも混ざってんじゃないかってぐらいだ。

 ついでに言えば、しめじの何の感情も乗せない視線もまた強烈である。

 

「あ、あー……えー……。実はですね。回収をしたはいいものの、<三王具>はひどく邪悪な魔力で汚染されていまして。このままでは天上で保管しておくわけにもいかず、かといって神々の力でも浄化を出来なかったのです」

「それは何故」

「ご……ご存知のとおりに……超魔王が使用した<魔王具>には心を映す特性がありまして……。正しい者が持てば清い力を、魔王のように邪悪な者が持てば悪い力を発揮し、染まっていくのですね。取りこまれる、とも言いますが……。最上位である<三王具>はその傾向がとりわけ強くて、我々も扱いに困り……」


 失態を追求される木っ端役人のような薄顏女神。

 詳細を把握していないというのに、とりあえずお前が説明してこいと無茶ぶりをされた哀れな姿が涙をさそう。


「何故、そこの彼にそれらを与えたの。彼は平凡な人物。遺産の力に気付かない」

「神々は……私の上役ですが……人を介して<三王具>の浄化を試みたのです」


 ちらちらと俺を見るガフ。

 やめろ、犯罪の片棒を担がせるな。いやもう担いじまってるのか?


 しかしこんなに気の毒な女神が居るとは思いもしなかった。下界の人間に詰め寄られ、しどろもどろに受け答えをする様はどっちが上なんだか分からなくなる。

 

「浄化を実行する人材の選出は私に一任されました。私は適当な人に善行を積む旅に出るように啓示を示し、導くように向けたのです。どんなに邪悪な魔力で汚れていようとも、善行を積む度にそれらを連れ出せば浄化が出来ると思ったのです。黙っていてすみません、おハムさん」


 ぺこり、とガフが誰あらん俺に頭を下げた。

 信じられないもんを見た。

 ガフのつむじを見ながらに『こいつも板挟みになっちまって可哀想な奴かも知れん』と一抹の同情を感じなかったといえば嘘になる。

 

 超魔王由来の品々の浄化計画の一端を担わされた女神ガフ。

 しかし当の超魔王本人の魂を現世に戻しちまうような失態を犯してしまった。そりゃ降格のひとつもしようってもんだ。

 

 これは俺がお人好しなのか、あるいは寝起きで頭が回っていないところにアホな話を聞いちまってイカれたのかは分からなかったが、俺はこいつをどうにか助けてやりたい、なんて思ってしまった。

 

「つまりこいつは言いくるめられて呪いの装備を背負うはめになったってのか? 神様連中ってのはやはり外道だな、おい」

「ううっ! 言葉もありません……」

「天上の事情は分かった。計画の趣旨も理解した。そして善良を見出された彼が手元に置いていた結果、<万魔の書>が邪気に濡れていないことにも納得がいった。この点は感謝する」


 それきりガフはちんまりとして黙っちまった。

 ウルとしめじの二人は顏を付きあわせて今後の方策を練っている。

 聞こえてくる言葉は剣と鎧をどうのこうの、回収するか、それとも本か。俺には分からん話だね。

 

「あなた」


 と、しめじが音もなく俺を小突く。

 小さく飛びあがっちまったのは内緒の話だ。

 

「あなたには超魔王が所有をしたその書を使ってもらう」

「俺が? これを?」

「そう。これを使わなければ超魔王を倒すことは出来ない」


 当事者である俺を置いたまんまに結論として決まっちまったらしいが、俺に魔法の心得なんてもんは無い。そもそも今日教えてもらおうと思っていたぐらいだからな。

 こういうのって色々あるだろ? そう、センスとか素質がさ。

 

「俺に素質が無かったらどうするんですかね」

「安心して。正道、非道、外道、あらゆる手を使ってでも使えるようにするから。あなたが人間じゃなくなっても構わない。超魔王さえ倒せさえすれば」


 とんでもないことを言う。表情が無いなりに可愛く見えていた顏が急激に恐ろしくなってきた。

 

「色々考えてくれていて嬉しいんですけど、あの、この本を他人に渡した方が早いんじゃ……しめじさんとか」

「それは無理」


 俺に視線を合わせたままでしめじが首を左右にカクカク振る。

 

「あなたと魔導書はもう繋がってしまっている。切り離せない。解除不能」


 そんな危ない契約にサインをした覚えはないんだが。

 

「人が本を選ぶのではない。本が人を選ぶ。そういうこと」


 スピリチュアルなことを言う。何だかわからんが、ここは黙ってうなずいておくのが吉だろうな。

 

「我々には時間がない。覚えるには実践が最も速い。表に出て」


………………

…………

……


 いつの間にやら太陽は完全な形で空に昇っていて、ニワトリにウシといった家畜たちもそれぞれ好き好きに喚いていた。


 牧場の朝だ。

 いつもならシャーリーの手作りモーニングを腹に詰めて着替える頃なんだがな。

 

 今の俺はといえば、しめじの馬に二人乗りでまたがり、何もない平原へと移動していた。

 同行者にはウルにガフについでにシャーリー。

 

「朝ごはん作ってきたよ!」


 元気印の笑顔が夏の太陽よりもまばゆく俺を照らす。あの光の前には、ランチバスケットの底から漏れる怪しげな液体なんて少しも気にならないね。


 しめじは大振りの杖を握っていて、平原の上でふらふら振り回している。彼女は振り向かず、通りの良い声で言った。

 

「私はあなたを領域圏外から来た人間だと判断した」

「りょう……? 何だ?」

「ルヴェリアへ来た理由は聞かない。また関心もない。私があなたに望むのは<万魔の書>の使用だけ。必要な知識はいくらでも与える」


 事務的な口調で淡々と告げるしめじ。

 愛想は毛先ほどもなく、電話案内サービスの自動音声の方がまだ愛嬌がありそうだ。

 

「こっち、来て」


 手で誘われるままに足を運び、平原の上に白い粉を振って描かれた魔法陣のど真ん中に俺は立った。


 しめじは「本を出して」と続けて言い、俺はいまやおどろおどろしい物に見えて仕方がない<賢い本>を片手に持つ。

 

「ルヴェリアにおいて全ての技能・技術は〝階位〟の名でランク分けをされている。階位は最小の一から最大の七の数で分けられているが、これまでの歴史で第七階位までの技能を修めた人間は全体を通して極わずか」


 白い手の平を俺へと向けて、

 

「私の知る限りでは剣士で四人。魔法使いで二人。超魔王は魔法使いの頂点の片割れだった。彼女の魔力の根源はあなたが持つ〝万魔の書〟。その書には超魔王が使用した七十二種もの第七階位の魔法が記されている」

「この本にそんなもんが……」


 俺、困惑。

 こんな物騒なもんの表紙に<賢い本>などと落書きをかましたのはどこのどいつだ?


「あなたには七十二種の内のいくつかを覚えてもらう必要がある。今から行うのは素養の確認。魔法的な素質。魂の素質。肉体の素質。それらを確認する。本を開いて」


 言われて素直に本の表紙をめくる俺。

 正直なんのこっちゃ解らんが、こういう場合はプロの言葉に従うのが一番いいことだけは確かだ。

 昔から言うだろ? 餅は餅屋ってさ。

 

「この後はどうすればいい?」

「魔法を実際に発動させる。魔法の発動には精神エネルギーを源とする魔力を消費する。第七階位の魔法を行使する際に消費する魔力量は極めて膨大。規格外な量」


 地球原産の俺にファンタジー世界の背景は当然無く、少々筋肉がついてきただけのこの肉体にはどうみたってラスボス級の魔法を使えるような魔力は眠ってはいなさそうだ。


 現在MPを大幅に超える呪文を使おうとすればエラーメッセージが表示されるのがゲーム世界の常だが、さて、異世界という名の現実では一体どうなっちまうのかね。

 

「もしその魔力が足りない場合はどうなるんですかね。空振りに終わるだけか、あるいは気絶ですか?」

「死ぬだけ」


 返答はシンプルだった。

 めちゃめちゃ分かりやすくて助かるぜ。

 そういうパターンもあるとは勉強になるもんだって、今なんて!?

 

「魔力の急速な枯渇は死に直結する。大丈夫。あなたが死んだあとは私が書を引き継ぐ」

「ちょっと待って!?」


 あなたが引き継いだ後、その世界に私は居ません。千の風になってます。


 しめじ。いや、我が師匠(マスター)、しめじ。

 あんたの狙いは俺が魔法を扱うどうこうではなく、現在の所有者であるポンコツ魔法使い……どころか魔法使いでさえない俺がくたばった後に本をかっさらうことなんじゃないか?


 彼女が言うには、俺とこの本は繋がっているらしく、他人にはどうやってもその繋がりを切ることは出来ないのだという。

 

 切っても切れない絆と呼べば何だか友情・努力・勝利の主人公的なフレーズだが、いかんせん俺と絆を結んじまっているのは、かつて北方大陸を蹂躙したという超魔王様が肌身離さず持ち歩いていた魔導書である。


 しめじの口振りから察するに、こいつは魔法使い垂涎の神秘の書らしく、そんなもん、どうやっても俺から奪って手にしたいと思う奴は少なからず居るに違いない。


 さて、そいつはどうするか。

 

 簡単だ。ザクッとやっちまえばいい。


 被害妄想といってもいい火曜サスペンス的な事態を想定し、青ざめつつある俺へと向けてしめじは「安心して」とそれでも言う。

 

「トラブルが発生した場合は私とウルが。死亡した場合は復帰したアリスが対応する。私とウルは第六階位の剣士と賢者。だから、安心して」

「大船に乗ったつもりで思い切りやれ。大概のバケモンなら俺とそこの能面女の二人でどうにかなるからよ」

「そういうこと。手を出して」


 言ってしめじは猛禽の素早さで俺の片手を取り、意外と冷たいんだなと場違いな考えで動揺を消さんとする魔法使い未満の指先をつまみ、紙面の上を滑らせた。

 

「私の言葉に続いて。『地にあらん水晶の檻――……』」

「『汝の名を凌ぐ貪欲は無く、汝を越える虚無は無し。柱は満ち、飢餓に狂う汝の腹を今満たさん。我が呼び声に応えよ。汝の偉大なる名をここに。出でよ――、』」



――……アトモス。



 言葉を結んだ途端、ぐらり、と視界が歪んだ。


 見える景色が二重にブレ、手前の側が九十度に回転したような世界の違和感。

 文章に触れていた指先を伝い、俺の中の何かが<賢い本>へと流れていく感覚が確かにあった。

 

 狭い排水溝へと指先から入り込んでいくような気持ちの悪さ。例えは悪いが、たった今の感触を表現するにはこれ以上無い。

 

 片手に持った本は格好の良い詠唱を言い切ると同時に発光をはじめ、今じゃあ俺の手の中で青と黄色をしたリング状の光に覆われ、正直に言ってさっぱり意味の解らん魔法文字の上では光が渦巻いていた。

 

 シャーリーやガフは良く出来たオモチャみたいにビカビカ光る本を見て「お~」「きれーい!」だのと可愛らしい感想を言っちゃあいるが、当の俺は戦々恐々としていた。


 押すなよ押すなよと連呼していた奴の背中を洒落のつもりで押してみたら、相手が奈落の底に落ちて帰らぬ人になっちまったかのような……いや、これは駄目だな。確信犯だし殺人だ。逮捕不可避である。

 

「……何も起こらないのですが」


 本は相変わらず光りまくり、ついでにびりびりと震えちゃいるが魔法が発動したような気配は無かった。


 空は相変わらず快晴のままで、青々とした原っぱは夏の風にそよいでいる。

 この諸々が終わったらシャーリーの弁当を腹に詰めて一杯やりたいね。

 


 なんつーことを考えるとロクなことが起きない。


 

「……来る」


 しめじが1ミクロンばかしの緊張を顔に浮かべ、

 

「――来やがるな。久方ぶりの大物だ。坊主! てめえ、どんな魔力してやがるんだ!? ハハッ! 超魔王のバカと同等じゃねえか!」


 ウルが飛び起き、タバコを咥えながらに口元をニヤリと歪める器用な表情を作った。

 

 しかし当事者の中に事態をさっぱり飲み込めない者が一人ある。

 

 俺だ。

 

 ここで「ああ……来るな」と横髪をかき上げつつ格好つけて言ったら様になったかなとも思うが、次の出来事は俺の脳みそから余裕という言葉を一切合切さらっていっちまった。


 

 青空にヒビが入り、ゆで卵の殻みたいにパラパラと空の破片が(冗談無し。極めてマジな話だ)落下をし始めた。


 およそ一般人の範疇を脱しない俺の感受性もまた一般のそれであり、非常識極まる光景を目にした途端、顎関節がバカになっちまったんじゃないかってぐらいに大口を開いちまった。


 つーか俺の反応が当然のものだろう。

 これに驚かない奴はどうかしてるし、動じずに対処しようとしている奴はもっとどうかしてる。

 

「結界は敷いている。備えは万全」


 しめじの言葉が耳に入るが理解は遅れた。

 結界なんて言葉を大真面目に言われて、了解ッス、などと実はヤリ手の相棒っぽい返事は期待しないで欲しい。

 

 なんやかやの間にとうとう空には丸い穴が開いてしまい、真っ黒い穴から現れたのはどうしようもなく怪物らしい怪物だった。

 

 

 

 そいつはバレーボールを縦に歪めた全体像をしていて、巨大な口が面積の八割を占めている。これだけでも相当気持ちの悪い外見なのだが、よりにもよって人間の歯が生えているというから正視に耐えがたい。

 

 シャーリーにこんなもんは見せちゃいかんと思ったが、肝心の彼女は「すごーい!」などと目を輝かせて空中高くに浮くモンスターボールを――この表現大丈夫なのか?――見上げていた。なんたる豪胆さ。

 

「あなたの魔法の素質は把握した」


 どこからかびゅうびゅうと吹き荒び始めた風を受けながらにしめじが言う。

 

「理解・技能共に未熟だが、魔力量は超魔王に匹敵している。正直、驚嘆に値する。理由を問いたいが今は緊急事態」

「あの気持ちの悪いミートボールは超魔王が造りやがった召喚獣さ。前に一度やり合ったことがあるが、バカデカい口で何もかんもを吸いこんじまうんだ。それこそ街やら国まで何でもありだ。世の中に出しちゃならねえ真性の怪物よ」


 そんなもんを呼び出しちまった俺は罪の意識で一杯である。

 突然のストレスに腹痛さえ覚えるね。

 未だに空で唸ってるあのミートボールが暴れだす前にお帰りを願いたいんだが、どう頼めば消えてくれるんだ?

 

「正規の召喚者でないあなたには召喚を行うことは可能だが、送還の履行は不可能」


 不可能ときたか。


「ならどうやってお帰り願うんでしょうか……」

「帰ってくれと頼み込む必要なんざねえさ」


 隣でちゃり、と時代劇でよく耳にした感じの鍔鳴の音がなった。

 そろりそろりと目を向けると、燕尾服のイケてるオジサマが抜き身の日本刀を携え、狼さながらの獰猛な笑みで頭上のバケモノを睨んでいるではないか。


 カチコミか? カチコミなのか? あるいはケンカか?

 

「召喚獣だろうが魔神だろうが死んじまえば何も変わらねえ。オレは斬れるんなら神様だって相手取るぜ」


 フッとウーデルライトの姿が消えたと思えば、次の瞬間には上空の肉塊に斬りかかっていた。緑色の液体がぼたぼた垂れてきて実に気味が悪い。まさかとは思うが……、


「これは血液」

「ですよね! 誰かーっ! 傘! 傘持ってきて!」

「ウルを連れて来ていて良かった。私の仲間で魔王の召喚獣と単体で戦闘を行えるのは彼と〝山犬〟の二人だけ。見ていて。すぐに終わる」


 何が良いんだか俺にはいまいち解らないし、あまり理解したくもなかったが、しめじはそれ以上何も言わずに頭上の決闘を見上げていた。

 やれやれ……。

 

 

………………

…………

……

 


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