#012 英雄ふたり
これだけ騒げば仕方がない話だが、別室のシャーリーが眠い目をこすって居間に現れてしまった。もう少し寝かせてやりたかったのだが、騒音ノックを聞いてすやすや寝れるようなやつは居ないよな。
地獄の門番を務めて二十年以上のベテランさながらの威容を放つオヤジさんの視線は鋭くっつーか恐ろしく、もしや瞳孔から熱線の一発でも放つんじゃないだろうかというほどである。
そんな物理的に風穴の空きそうな視線を背中に浴びつつ、しめじの連れである燕尾服の男はつらつらと事情を語りはじめた。
「隠してもしょうがねえし、隠すつもりもねえが。オレたちは<明星の鳥>っつう団体所属の人間だ。知ってるか?」
馴染みのない団体名称に思い当たる節はなかった。が、何やら喉に小骨が刺さったままのようなスッキリしない感触がある。
夕飯の残りじゃなけりゃこれはなんだ? もうすぐそこまで出かかっている。
<明星の鳥>。何だったか。
つい最近目にしたような。
「むうっ!? <明星の鳥>!?」
「知っているのか、ガフ!?」
「うむ……! ってあなた、ノリ良いですね。ありがとうございます。<明星の鳥>とは超魔王の討伐を果たした英雄の集団ですよ。戦後には十三人が生き残ったそうですが、目的を果たした彼らは解散。それぞれがてんでバラバラにあちこちへ旅立ちましたが、つい最近に数人が合流して再び旅に出た。……と、別部署の神から聞きました」
「それそれ。天界で未だに話題とは光栄だね」
やったぜ。なんてタバコに火を点けながらにエセ紳士が言う。
物言いたげなシャーリーのしかめっつらはまるで目に入っていないらしく、小型の雲みたいな煙を吐いた。
「超魔王をぶっ倒したまでは良かったんだが、あのバカ、厄介な品を散々遺していきやがってよ。天候を変えちまう壺だとか、地獄と契約した剣だとか流れ星を落とす杖だとか……厄介だろ? 世の中にごまんといる悪い連中やら魔族の大氏族に魔王候補の手に渡っちまったらロクなことにならねえし、下手すりゃ超魔王の二の枚だ」
よくもまあ、色々といるもんだ。
何やら凄まじい。一度は目にしたいもんだな。どこか何も無い原っぱで披露してくれないもんかね。
「やめとけやめとけ。どれもこれもが一級の呪い持ちの代物ばかりだからな。んなわけで厄介な諸々を、人が立ち入らず、ある程度の神気を持つ場所で封印・無力化処理をしちまおうってのが今回の目的だったんだ。なあ?」
「そう」
振られたしめじがコクリとうなずく。
彼女の洞窟みたいな静かで黒い瞳はじっと俺を見たままだ。
「だが儀式は失敗した。どこぞより降ってきた超魔王の魂にうちの剣士は体を乗っ取られてな。超魔王はとんずらついでにとんでもない魔力爆発を起こし、俺としめじにもう一人の連れはどうにかこうにかここまで落ち延びたってわけだ」
「超魔王に体を奪われた剣士――スタンは光の柱と共にどこかへ消えた。復活した際の超魔王の力は決戦時の十分の一以下。恐らくどこかで力を蓄えるはず……再起までの時間はそう長くはかからないと私は見ている。秒読み段階と言ってもいい。私たちが優先すべきは超魔王打破の方法の確立と戦力の回復」
農業家業を送っていた俺にとってはまるで異星の戦争事情にも聞こえるストーリーを二人はつらつら語り、しめじがとどめにこう言った。
「ところでこの家に暖炉、ある?」
「あそこにあります。今は火が消えてますけど……」
「ありがとよ」
ナイスミドルが指をひとつ鳴らす。すると何のマジックか、薪の無い暖炉に火が灯った。
「魔法とはかくも便利なりってな。よっと――」
燕尾服を着込んだ彼はずりずりと重たげな何かを引きずり、暗闇に溶けるそれに目を凝らしているうちに、それを無造作に放り込んだ。
轟々と燃え盛る炎の中に捨てられたそれは人の形に似ていた。
ぐったりと伸びた手と細やかな指先がやけにリアルだ。こちらを向いて白目を剥きだしにしてる顏はまさに気絶した人間にそっくりでいて……、
「紹介が遅れたな。俺はウーデルライト・バール。長いと思ったらウルと呼んでくれて構わない。連れの魔法使いがしめじ。そんでそこで燃えてる女が世界最高の治療術士のアリス」
世界最高の治療術士ときたか。
その人物は現在暖炉の炎に焼かれるがままになっているのだが、悲鳴も熱いの声も何も聞こえない。完全に沈黙している。
「あの……もしかしてなんですが。アリスという方、死んでませんかね」
「そうとも、見事に死んでる。タバコもう一本いいか?」
なんつって既に吸っているミスター・ウーデルライト。
居候の身は置いておいて言わせてもらうがオーディンファイア家は死体処理場ではないし、犯罪の片棒を担ぐ気もさらさら無いのだが。
用件を済ませてぱっぱと出ていって欲しい。ついでに禁煙だ。
「おいおい、何て顔をしてんだ坊主。こいつはこうやっとけば勝手に蘇るから心配すんな」
言ってる意味がよく解らん。死体から蘇るってのはゾンビになるってことか?
「ちいと違う。アリスは不死鳥の類だ。灰から蘇るやつ。だから心配無用だ」
「私たちには時間が無い。女神ガフ。超魔王の討滅方法についての助言をいただきたい」
横から水を差すようで心苦しいのだが、この女神にそういった具体的なアドバイスを求めない方が良いような気がした。
実態をはっきりとは知らないが、少なくとも俺が見てきた限りではろくなことをしていない。
というかガフの顏は氷板みたいに青ざめていた。
それもそうだろう、彼ら<明星の鳥>がようやく討伐した超魔王の魂をみすみす現世へとUターンさせたのはこいつなんだからな。
こいつが犯人です! と俺が言えなかったのはブルーハワイさながらに青くなっているガフの横顔があまりにも気の毒に思えたし、とっくに白旗を振っている敵性勢力のど真ん中に追加の砲弾をぶち込むような大人げないかつ人道を踏み外した行為に思えたからに他ならない。
短く言や、やり過ぎ、だ。
「我々は前回も神々に助言を乞い、言葉の通りに実行をした。結果は成功。今回も助言を求める」
しめじは気付いてか気付かないでか、椅子に座って両手をぶるぶる震わせているガフのつむじの辺りを見下ろして静かに言った。
当の本人はといえば、
「あ、ああ……あああ……!」
まさか叫びだしやしないだろうな。
俺が力技で口元を押さえんと、横っ飛びのダイブへの覚悟を決めた時、
「安心してください、もしもの時にと対処法は聞いてきましたから」
胸を張り、教鞭のように指をぴっと立て、ドヤ顏でガフは言った。
いい根性してんな、こいつ。
さて、ガフが当時の担当者から聞いてきた話によれば。
超魔王という絶対の力を誇る強者に対して、力技で挑むのは下策だという。
確実な対処法は同じ波長の魔力をぶつけること。
しかし(ここんところは俺にはいまいち馴染みがないので解らん話だが)そこんところが相当の難のようで。
聞けば魔力の波長なるものは、人間の指紋と同様で同じ物は世に二つと無いらしい。
「そこで今回は超魔王ゆかりの品々を用います。ウルさんやしめじさんらが封印をしようとしていたあれらです」
とりわけて特殊かつ、他の者とは一線を画す魔力を誇った超魔王。
生前に使用をしていた品々には超魔王本人の魔力が染みついており、それらの物品――剣とか杖の武器の類だな――を用いて戦闘をするのが手っ取り早く、俗に言う特攻効果で倒しやすいんだそうで。
どこのRPGだ。
「そうは言うがな、女神さんよ。超魔王の品を使うったって、野郎は根こそぎ持ち帰るか壊しちまったぞ。こっちの手元にはひとつも残ってやしねえ。どうすんだ?」
「……」
足を組み、だるそうに言うウルとは対照的にしめじは押し黙ったままだ。
彼女の黒い瞳は俺の……俺のどこを見てるんだ?
寝癖か? 寝癖を見てるのか?
そろそろ視線を外してくれると嬉しいんだが、注視の操作を入れっぱなしにしているかのようにぴくりともしない。おーい。
段々と居心地が悪くなってきた俺の真横でアホが言う。
しかし我が罪だというのに、よくもまあ知らぬ顏で語れるもんだと感心するね。
この話しぶりじゃあ、誰もこいつが一度はくたばった超魔王を解放したのだと気付いちゃいないだろう。
「ご安心ください、人界の勇者たちよ。幸いにも運命は私たちに味方をしています。まさかこんな事態になるとは思いもしませんでしたが……」
「今ぼそっと何か言わなかったか?」
「い、いいい、いいえ? さて、よくお聞きなさい! 何とここには超魔王が肌身離さず使用をしていた三種の魔王具……<三王具>があるのですよ! <明けの鳥>のお三方……まあ、一人は意識がありませんが、あなたたちには覚えがあるものばかりのはず。超魔王の振るった光の剣。真に不壊の黄金の鎧。そして叡智の源となった万象の本!」
「剣に鎧に本だと……? なんか聞き覚えがあるような……」
どこで聞いたんだったかな。
と、記憶の引っ掛かりはすぐさまに氷解した。
そうだ。俺が飲み干したガラス瓶のラベルにそれはあった。
光る剣。金ぴか鎧。賢い本。
これらのアイテムを送ってうまいことやってください、と漠然としたメッセージの添えられた品々。
この話の流れ。間違いなくあれら三つがそうなのだろう。
どうにもお膳立てをされていたというか、仕込みがあったというか、出来過ぎな話だとは思っていたのだ。
俺を利用した大いなる陰謀が渦巻いているという疑心暗鬼にも近い予感は中々いい線いっていたようだな。ウラがあるとは思っていたんだ。
知ってか知らないでか、雛壇番組の司会を務めるようにイキイキとした調子でガフが言う。こいつは分かってて俺に曰くつきの代物を渡したのか?
「おハムさん、あなたは既にお気づきでしょう」
気付いているともよ。今はお前の腹の黒さを判断中だ。
「そうです! あなたに贈ったあの品々こそが! 超魔王を打倒しうる、ルヴェリア世界に残された唯一の希望なのです!」
両手をさっと開き、まるで主賓を舞台へ誘うみたいなジェスチャーでガフが俺を向く。自動的に場の全員の視線が俺へと集まり、特にしめじとウルの目は期待に輝いているようにも見えた。
まあそりゃそうだろう。
詳細は知らんが、どうやら相当手強そうな超魔王に対抗出来るっつーアイテムが目の前にあるんだからな。
参ったな。
冷や汗がひどい。手汗がぬめる。
……どう言ったらいいもんか。
いや、どうもこうもないよな。
何せ、現に今、俺の手元にあれらは無い。
無いったら無い。
「おハムさん? ささ、ここは<三王具>を出す場面ですよ」
「ええとだな……」
両手を握りしめて焦燥しきっている俺の顏を見て何を悟ったのか知らんが、ガフの微笑みに陰りが射したような気がする。ここで察してくれりゃあ俺も楽なんだが。
「実を言うと、そういった……超魔王の遺産的な物のほとんどは俺の手元には無い」
「え? すみません。今『手元には無い』って言いました?」
言ったとも。
一度口を閉じればイヤ~な沈黙が流れると思い、こうなりゃ言っちまえと俺は早口で真実を言ってやった。楽になりてえ。
「本ならあるが、剣と鎧はどっかの行商人が持っていった」
「……マジですか」
「……大マジです」
空気が死んだ。
本当、申し訳ない。